お友だち(偽) | ナノ

無題の関係 7−1


 

相羽 談(あいば だん)
北川 蓬莱(きたがわ ほうらい)





 十一月二日、談の誕生日当日。
 二日になったばかりの深夜、談は自分の部屋でひとり、いつものテーブルとベッドの間に挟まるように座り、蓬莱から貰ったカップに注いだ酒を飲んでいた。

 去年の誕生日から今日まで、時間が経つのは本当に早い。前回誕生日がつい先日のことのようだ。
 去年は確か仕事を終えて、友人や蓬莱、蓬莱の友人などと一緒に、蓬莱の家で賑やかに過ごした。最終的には蓬莱とふたりきりになって、だらだらと飲み過ごしていたはずだ。
 蓬莱はドラマの撮影、雑誌の取材、打ち合わせ、顔合わせとめまぐるしく仕事をしていて休みもろくにないほど忙しいのだから、わざわざ誕生日など祝ってくれなくても、と口にしたら泣きそうな顔で「そんなこと言わないで。大切な日だよ」と言われてしまった。だから今年も、何をしてくれると言っても拒否をしないつもりでいるけれど、今のところその様子はなかった。去年は事前通告があったのだが、それがないということはきっと忙しいのだ。

 ここ数週間、蓬莱から連絡もなければ家に来ることもない。映画の宣伝でバラエティに出たりあちこちを回って舞台あいさつをしたり、相当忙しく働いているらしい様子がニュース番組などから伝わって来る。
 いないからどうということもない。仕事や生活に必要なわけでもないから、何も変わらず日々は重なって行く。けれどなんだか少し物足りなさを感じる。あの尻尾を振って耳をぴんと立てた大きな犬がご主人様のところへ来るように、実に嬉しそうに部屋に入って来る姿がないというのは、寂しい。

 最初は普通のベッドで寝ていたのに、蓬莱が来るようになって新しく買ったベッドのせいで部屋が狭くなったことに、気付いているのだろうか。蓬莱は肉が好きだからしょっちゅう肉料理を作っていることに気付いているのだろうか。
 セックスをするときに悲しそうな顔をするのを見るのが辛いと思っていて、あまりじっくり顔を見ないようにしているということにはどうだろう。蓬莱の抱える思いに気付いていて、でもわざと知らないふりをしているということには? 年下の幼馴染み。大人になってから再会しても相変わらず素直でわかりやすい子だったから、考えていることはすぐにわかった。

 蓬莱が言ってくれないなら、こちらから言うか。でも蓬莱に言われたい。あまりもじもじしているならいっそ、もう一度姿を消してみようか。そんなばかなことを思ったけれど、もういなくならないでと泣いて言うので、嘘でも口に出せない。そこまで酷い性格ではない。

 仕事を終えて家に帰る際、鬼島が持たせてくれた酒をカップに注ぎ足す。地方から送られてきた地酒らしく、酒の良し悪しがよくわからない談の舌にもうまいと思う。深い緑の瓶に入った、少し辛目で一口目は眉をひそめたくなるような味だったが、二口目からはまろやかで飲みやすい甘さに気付くようになる。そしてついつい三口四口と重ねてしまうのである。
 蓬莱がいたら喜んで飲んだだろう。談よりも舌の感覚が鋭い。あまり細かい性格ではないからあれこれと口には出さないけれど、美味しいとか不味いということを、かなりしっかり感じているらしい。

 気付けば、こうして考えている。まるで恋をしているかのように。
 初恋、初恋の相手は、多分。

 つらつら考えていたら、テーブルの上で携帯電話が震えた。それから賑やかな音。蓬莱の愉快な仲間のひとりである森が所属しているバンドの曲だ。気付いたらダウンロードされていて着信音に設定されていた。不都合はないのでそのままにしている。


「もしもし」
「あっ、談くん、寝てた?」
「いや、酒飲んでた」
「早く寝なきゃだめだよ。疲れちゃうよ」
「だーいじょーうぶ。お前、撮影は?」
「今、休憩。あの、談くん、お誕生日おめでとう」


 なんだか少し緊張した声で言う。それからすぐ、犬が困っているときのような悲しいときのようなきゅーん、という声が重なりそうな雰囲気で、ごめんね、と聞こえた。


「どうした?」
「ううん、一緒にいたかったんだけど……」
「仕方ないだろ、仕事なんだから。電話くれただけでも嬉しい。ありがと」
「今年もお祝いできて、俺も嬉しい。また祝えてよかった。ありがとう」
「お前が礼を言うようなことじゃないだろ?」
「……談くんに出会えてよかった。俺の人生きらきらしてる」
「それはよかった」
「談くん、これからもそばにいてくれる?」
「気が向いたらな」
「えっ」
「飽きたら……」
「ええっ」
「お前が俺に飽きても、いてやる」
「談くんに飽きるなんてぜっっっっっ対にないからぁっ!」
「そうか、見ものだな」
「絶対ない! ふんっ」


 鼻息が荒い。人気俳優の鼻息が聞けるチャンスなどそうそうないはずだ。ラッキーといえばラッキーなのだろう。仔犬のような声、嬉しそうな声、わたわたと焦った声、自信のある声、次々と移り変わるきれいな声は聞いていて全く飽きない。談はベッドへ寄りかかり、天井を見上げた。真っ白い天井。蓬莱の性格のようだ。


「絶対ないのか」
「ぜっっっったいにない。あ、もうすぐプレゼント、届くからね」
「もうすぐって、今、真夜中……」


 ぴーんぽーん
 談の言葉を遮ったのは、間の抜けた電子音。


「プレゼントが到着したよー開けてー」


 ドアを開けると、電話を耳に当てて満面の笑みを浮かべた久しぶりの蓬莱の姿。同じように耳に電話をあてた談は上から下まで蓬莱を見て、笑顔を隠してわざとらしく目を細めた。


「……お前まさか……自分がプレゼントとか……自意識……が……その、言い辛いんだけど……」
「なっ! 違いますっ! プレゼントはこっち! 俺は宅配便のお兄ちゃん的存在だからっ!」
「そうか、安心したわ。よしよし。あがってくか」
「あ、まだ撮影……だから、帰らないと」


 はい、おめでとう。
 随分おざなりに談へ、包装紙に包まれた箱を押し付ける。焦っている様子なので、時間がよほど差し迫っているようだ、と思った談。しかし溜息をつき、見上げて悲しそうな表情を作ってみせる。


「お前、中途半端に焦らされる辛さ、知ってるか? 知らねぇだろ。今度そのでかい身体にじっくりおしえてやっからな?」
「ごめんね。談くん。撮影終わったら連絡するね」
「ああ。身体大事にな」
「ありがと」


 ちゅっとキスをし、ばたばたと去って行った蓬莱。しばらくぶりに会ったというのに随分つれない。中途半端に顔を見ると余計に寂しくなってしまう。それでも誕生日の最初に顔を見せてくれただけ喜ぼう。談はそう納得するつもりで頷いてドアを閉め、ベッドにあぐらをかいて座った。


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