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無題の関係 5


 

談(だん)
蓬莱(ほうらい)





「今日は、映画『水の街』主演の俳優、北川蓬莱さんに来ていただきましたー」


 華やかなアナウンサーの声と拍手に呼びこまれ、どこかのホテルの一室のような場所によく見知った男が入ってくる。長身を折り曲げ、頭をあちこちに下げた後にインタビュアーのアナウンサーにもぺこりと頭を下げた。


「初めまして、北川です」
「初めまして。本日はよろしくお願いします。あの……本当に大きいんですねえ」
「そうですね。結構身長、高いほうですね」


 どうぞ、と促され、柔らかそうな一人掛けのソファに腰を下ろす。だいぶ緊張しているだろうことがその硬い笑顔から伝わってきた。やはり口元のあたりに手をやって「あー、緊張する」と呟く。


「北川さんは子役時代からもう何回もこういう場に出ていらっしゃいますから、慣れていますよね。どっしりしてらっしゃる」
「それでも、やっぱりこういう単独のインタビューは緊張します……」
「意外な一面ですね。普段は結構ゆったりされてると、情報が入ってきていますが。今回共演の……」


 画面の向こうにいる蓬莱はやはり整った顔に礼儀正しい受け答え、さわやかな笑顔を持った俳優。いつもこの狭い部屋でへらへらしているのとは別人のようだ。にんにくを剥いたり野菜の皮を剥いたりしながらインタビューに耳を傾ける。


「今回の映画では十八歳から五十歳までを演じられたそうですが、なにかご苦労などはありましたか」


 尋ねられた蓬莱はするすると答えていたけれど、台本を見ながらそこのベッドでウンウン唸りながら「五十歳って何!? どんな心境なの!?」と言っていたのを思い出す。考えてもイメージがつかめなかったようで、知り合いの俳優に片っ端から電話をかけていた。
 俳優という職業は板の上だけでなく、こういうインタビューや雑誌などでもまんべんなく演技をしなければならないらしく、苦労が多いんだなと思う。この部屋にいるときはふにゃふにゃしているけれど、外に出ればやっぱり違う。一緒に買い物へ行く時も「俳優・北川蓬莱」の顔になる。


「談くん! 玉ねぎにやられた! 涙が止まらない!」
「おーおー、大変だな」


 昨日はそんな会話をしていた。この狭い台所で長身を丸めるようにして、泣きながら玉ねぎを刻んで炒めて、ハンバーグづくりをしていたのである。


「初恋も題材のひとつだそうですが、北川さんの初恋、の思い出などはなにかありますか」
「初恋ですか……そうですね、こういうこと言うとなんか事務所に怒られてしまいそうなんですが、大丈夫かな……あ、マネージャーがにやにやしているのでたぶん大丈夫ですね。初恋、は、今もずーっと引きずってますよ。思い出に、まだなってないんです」
「そうなんですか。ということは、恋愛中……?」
「恋愛中、まあ片思い中ですね」
「そうなんですか。そのお相手と何か、印象に深いことなどありましたら教えてください」
「印象……あ、初キスの相手もその人なんですけど、すごく覚えてます。春に、桜いっぱいの川べりを散歩しているときにちゅってされたんです」
「それはいくつくらいの……?」
「何歳だろう……たぶん小学校……?」
「ファーストキスはレモン味、と言いますが、そのときは」
「……できすぎなんですけど、お互いにレモンの飴食べてたので、そういう味がしましたね。正確にはなんて言うんでしょう、香料? の味ですけど」
「素敵な思い出ですねー」


 そんなことあっただろうか。思い出そうとしても朧げではっきりしない。蓬莱とはよく一緒に散歩をしていたけれど、そんなきれいな場所でキスをしたことがあったか。それとも撮影用の作り話なのか。
 鷹の目を刻みながら首をひねる。けれど思い出すことができない。

 とりあえず今度、レモン味の飴でも舐めながら蓬莱にキスをかましてやろうと思った。そしたら記憶が引っ張り出されそうな気がしたからだ。
 リビングのテレビを覗き込むと、蓬莱が穏やかに笑って映画の告知などをしていた。

 こんな画面の中で、ではなく、面と向かって好きと言ってくれたなら、すぐにでも頷くのに。



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