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無題の関係 3


 

談(だん)
蓬莱(ほうらい)





 蓬莱は昔から可愛かった。泣き虫で表情豊か、なんでもかんでもはっきり口にすることができ、表情にも言動にも愛嬌がある。少し年上のオレの後ろをずっとついてきて、だんくんだんくん、といつもくっついてきた。
 家を出るとき、蓬莱のことを気にしなかった、わけではない。毎日一緒だったから。でも、オレは家を出た。きっとすぐに忘れるだろう。そう思って。


「談くん!」


 オレの名前を呼んだ見知らぬ低い声。知らない声だったのに、その響きにはなんとなく覚えがあった。甘えたがりの子どもの、あどけない呼び方。知っているけれど知らない長身のイケメン俳優が、オレの前に立ってぼろぼろと泣く。テレビで、映画で、雑誌で、様々なところで、蓬莱の成長した姿を見続けていた。まさかそれがオレに会うためだったとは、まったく気がつかなかったけれど。


 再会したあとからずっと、毎日連絡を取っている。
 そして向こうに休みが入ると飛ぶようにオレの、狭いワンルームのアパートにやってくる。


「これ、赤と青とどっちがいー?」


 明日が休みだからと仕事帰りにそのままやってきた蓬莱はシャワーを浴びて、この家に置いている寝間着を着てベッドに座ってかばんから同じ箱を出した。中に入っていたのは色鮮やかで丸っこいフォルムの大きなカップ。


「たまたま見かけて、可愛くて買っちゃった」
「赤がいい」
「じゃ、俺、青にする」


 赤をガラステーブルの上に置き、青いほうを再び箱にしまう。


「なんでしまうんだよ」
「え、持って帰ろうと思って」
「なんで? ここに置いて一緒に使えばいいだろ」


 蓬莱は、少し驚いたような顔をした。犬っぽい顔がすぐに笑みに染まる。


「うんっ!」


 尻尾がついていたら、ばばばっと勢いよく振れていただろう。


「せっかくだから洗って、何か飲むか」
「飲むー!」


 狭い廊下に備え付けられたキッチンに立ち、湯を沸かしながらカップを洗う。


「蓬莱、これ拭いて――って、どこ見てんだよ」


 斜め上、明らかに天井へ顔を向けた不自然な角度。そのまま立ち上がり近寄ってきて、食器を拭くためのタオルを取り出して拭く。こちらを一切見ない。
 なんとなくわかるので、わざと身体を密着させる。しっかりした腰に腕を絡ませ、ぎゅうと抱きしめてみた。カップを落としかけ、しかしきちんとキャッチする。


「だだだっ、談くん!」
「なーんだよ」
「あのう、あのう! やめてくれませんか!」
「何を?」
「せくはら!」


 蓬莱は強く意識している。オレがシャツに下着姿でいるのを叱ったり、こうやって真っ赤になったり。まるでオレに性的な思いを抱くのを拒否しているかのよう。けれど身体は正直で、はっきりと変化する。そこを手のひらで撫でると泣きそうな顔で、すぐ後ろにあるトイレに入って鍵をかけてしまった。
 別に、そういう目で見ればいいのに。

 蓬莱とするセックスは気持ちいい。優しくて穏やかで、無理強いをしない。痛いこともない。ひたすら快楽に漂って、愛される。でも終った後で必ず悲しそうな顔をする。それを見るのは少し、胸が痛んだ。

 恋人でもなく、正直に気持ちを確認したことも無い。オレも蓬莱も曖昧なまま、一緒にいる。恋人ごっこ。この関係に名前をつけることはできなくて、どっちつかずの状態が蓬莱にはきっととても苦しい。

 オレの目を見て「優しくしてくれた幼馴染」に執着しているのではなく、「今のオレ」を愛してると言ってくれたら、オレも開放されるのに。


「ほうらーい。ごめんなー」
「ううう」
「……一発抜いてすっきりしたら出て来いよ? お茶入ってるから、冷める前に」
「ううう」
「手ぇ貸してやろうか。足でも太ももでもいいけど」
「ご親切にどうもでも結構です! ぐすん」


 ドアの前で苦笑いし、熱い液体をなみなみ注いだカップを小さなテーブルへ。ベッドに座り、壁にかけた蓬莱の服を見た。オレよりずっと大きなサイズの、年下の男。誰からも愛されるいい男。


「……早く言えよ」


 そうしないとまた逃げちまうぞ。
 



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