お友だち(偽) | ナノ

無題の関係 2


 
北川 蓬莱(きたがわ ほうらい)
相羽 談(あいば だん)





 大好きな幼馴染みの談くんが急に家を出て行ってしまって、そのとき俺は二度と会えないような気がして泣いた。お隣の、談くんの家だった一軒家を見ただけで泣いてしまう。あまりに泣くものだから、ある日母さんが俺に言ったんだ。


「あの中に入れば、談ちゃんが見てくれるかもしれないね」


 指差した先は、テレビ。様々な番組が見られて、いろんな世界が広がる平面体。


「はいったら、談くんに、会える?」
「んー、わかんないけど。やってみるだけやってみる?」


 俺は即座に頷いた。児童劇団に入れてもらってオーディションを受けて、俳優としての一歩が始まったのだ。それが、大体小学校高学年くらいのとき。テレビにいっぱい出られるようになったのは中学校に上がってからで、家族が引っ越しても俺はひとりであの、談くんの家だったところの隣に住み続けた。いつか、談くんが会いに来てくれるかもしれないと思って。
 しかしそんなことはなくて、テレビよりもっと大きなスクリーンに出るようになっても、雑誌に載っても、音沙汰は一切なかった。やがて成人して、たくさん仕事をして、ちょっと名前が知られて、それでも談くんは会いに来てくれない。


「蓬莱、会えた? 幼馴染み」


 俳優仲間で親友の筒井八重蔵に問われ、首を横に振る。
 労働者が多い街の焼鳥屋でジョッキ片手に酒を煽る俺たちに気付く人は誰もいない。いたとしても話しかけてこないのかもしれなかった。ありがたいことだ。
 焼き鳥を食べ、飲み、談くんのことを想う。考えてみれば、家を出て行った談くんより年上になってしまった。今はどんな風なのだろう。どこかでスーツを着ているのか、それとも以前みたいに割と派手目な恰好でどこかで働いているのか。なんでもいいから会いたい。
 イメージさえできなくなってしまったのに大好きなままの人。考えただけで視界がぼやける。


「談くん……」
「お前ね、思い出すたび泣くの、いい加減やめなよ」
「らってぇぇ」
「はいはい忘れられない初恋の人ね。もう何遍も聞いてるから」
「だんくん、だんくん」


 涙をぬぐいながら、ぐすぐす鼻をすする。差し出された八重蔵のハンカチを借り、目元をぬぐう。ふわふわいい匂いがした。でもこれじゃない。もっといい匂いをさせた細い腕に抱きしめられたい。


「その談さん? 相羽談、だっけ。どんな人なの?」
「どんなひと……」


 きれいでやさしくてほそくて、えがおがかわいくてくちょうがちょっとらんぼうだけどいいひと。
 きょろきょろ、店の外を探す。それっぽい人が歩いているかもしれないからだ。


「えっと、あんなひと」


 ちょうどよく、ホストみたいな恰好のお兄さんが歩いてきた。隣の背の高い男性に向かって楽しげに笑いかけ、なにやら話をしている。
 ワックスで整えられた金髪ショートカット、整った横顔、ピアスだらけの耳、細い腰、派手な柄シャツにタイトなデニム。
 笑うと幼い顔になってとってもかわいいひと、で、ひくりとしゃくりあげつつ目で追った。


「……んん?」


 あれ?
 あれあれ?


「だんくん……?」


 八重蔵が何か言っていたのも構わず、店を飛び出す。背中を追いかけ、後ろから腕を掴んだ。


「談くん!」
「ん? おー、蓬莱か。でっかくなったなー!」


 談くんはまるで十年以上離れていたことなど無かったかのように笑って、俺の頭をぐしゃぐしゃ撫でまわした。
 その顔はあまり変わらない。けれど、あんなに大きかった談くんが今は俺より小さく華奢なことに気付いてしまって、たまらない気持ちになる。それだけではなく、あの頃は知らなかった渇きと疼きにも、気付いた。純粋無垢な気持ちで談くんを追いかけていた子どもはもういない。


「誰?」


 隣にいた男の人が談くんの後ろに回り、頭に顎を置くようにして尋ねる。


「あ、幼馴染みです。十年くらい会ってなかった」
「あー、噂のね。北川蓬莱だっけ、俳優」
「はい」
「……ゴールデンレトリバーっぽいよね」
「わかります。昔からそうなんです」


 にこにこしながら談くんが話している。背が高くて服も眼鏡も髪も黒くて天パなのかふわふわで、レンズの向こうからじっとこちらを見る。その目は冷ややか、明らかに普通の人ではない。


「……談くん……も、もしかして」
「ん?」
「家出して食うに困ってやくざやさんの愛人になったんじゃ……!」
「だとしたらどうするの」


 黒づくめの男の人が、口元だけを笑みの形にして談くんの肩を抱いて引き寄せる。や、やっぱりそうなんだきっと。この人が談くんの身体を好き放題あれやこれや……!
 ワナワナしていると、談くんが俺を見上げて首を傾げた。


「嫌いになるか」
「……嫌いになんかなんないよぉぉぉ」


 会えてよかった、とほっとしたら涙が溢れた。


「相変わらず泣き虫なんだな、お前。変わらない」
「変わったもん」


 頬を伝う涙を拭う指。温かくて、以前とは異なる香水の香りがふわりと漂う。


「はいはい」
「談、そろそろ行くよ」
「あ、はい。悪い蓬莱、今から仕事なんだ」
「ふぁっ!? ええええっちなしごと!?」
「なんでだよ。違うって。ほら携帯出せ携帯電話。番号入れてやる」


 器用に操作してさっさと入力し、少し先の黒づくめのもとへ走って行く。
 そして、そこから、俺は再び談くんに会えるようになった。ずっと見ていてくれて、雑誌も読んで丁寧に集めてくれていて、ということを知った。
 そして、別に愛人業をやっているわけではないことも。

 変わらずに大好きな談くん。
 スキンシップ過多で、昔はしないようなえっちなこともするようになった。大好きなだいすきな、談くん。

 けれど俺たちの関係は幼馴染みではなくなり友人でもなく、ましてや恋人でもない。まだ名前をつけられないまま、だ。



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