お友だち(偽) | ナノ

有澤さんと高牧くん


 

有澤 譲一朗(ありさわ じょういちろう)
高牧 満和(たかまき みわ)
北山(きたやま)





 賑やかな中心部から離れた、郊外。住宅と農地とが半々くらいで住宅、農地、住宅、農地、その間を見通しの良い道が伸び、のんきな音をたてて郵便配達のバイクなどが走っている。バス停がときどきあって、電車の駅は少々離れた場所。それでも下校時間になれば、電車やバスから降りてきた生徒と付近の生徒とか混ざり合ってころころと家に帰る賑やかな声が聞こえる。

 そんな場所にどーんと建っている大きな和風家屋。山門をくぐって続く飛び石に白い玉砂利、植えられた緑が目に優しい。右手側に並ぶ車庫、左手側には山門をくぐってすぐに平屋が建っているけれど、そこに家人は住んでいない。住んでいるのは、真正面に構えているまさに御殿と言うに相応しい建物。瓦屋根の二階建て、部屋数がいくつあるのか表からではわからない。旅館とでも言いたいようなその家には、立派な庭まで備わっている。
 庭では季節の花花、木々が香しく、滝流れおちる橋のかかったお池にはたくさんの鯉がすいすいのどかに泳いでいて、今はぱらぱら落ちてくる餌にばちゃばちゃと口を開けて競い合い。それを橋の上にしゃがんで眺めている男の子がいた。

 傾きかけた太陽、それでもなおつやつや光る手入れされた黒髪は丸いフォルムのショートカット、右わけにされた前髪を耳にかけ、すっと伸びた眉の下に二重のくりくりと大きな黒目がちの目。愛嬌のある鼻に赤い唇。冷たい風が吹いてきて、白いシャツの上に着ているネイビーのカーディガンの前を留める。足元はこげ茶色にチェックのスラックス、鈍い輝きのある黒いローファー。帰宅が少々遅くなったため、制服のジャケットを脱いだだけで、すぐに庭へ出て日課のえさやりを行った。

 日が傾き、薄暗くなってきた。
 立ち上がり、戻ろうと身体の向きを変える。そのときに、初めて気づいた。


「いたなら声を掛けてくれればよかったのに。お帰りなさい、有澤さん」
「ただいま、高牧くん。何かを考えていたみたいだったから、声を掛けるのはやめておいたんだ」


 橋を下り、そこにいたのは熊を彷彿とさせる成人男性。身長が高く身体が大きく、あちこちが太い。黒髪は短く刈られ、一重の、涼しげだが鋭い目。顔のパーツは整っているようなのに妙に迫力がある。眼光の鋭さが明らかに堅気ではないし、身体から漂う雰囲気も普通ではない。あまりじろじろと見られないタイプである。
 その目で、見下ろす。
 見られた少年は変わらない無表情。しかし大きな厚みのある手で撫でて「楽しかったんだな」と言う。こっくり頷いた少年は、鯉のえさが入った缶をカーディガンのポケットに入れて歩きだした。一歩後ろをついて行く。


「有澤さん、またどこかにお出かけするんですか」
「今日はもう何の予定もないよ。高牧くんとお風呂に入って寝るだけだ」
「……寝るだけ?」
「……ああ」


 高さの違う肩が並ぶ。大人のごつごつした手が、二回りは小さくて細い子どもの手を握った。


「……キスくらいは、するかも。抱きしめたりとか」
「無駄な抵抗はやめてください。おとなしく言ってください」
「……いかがわしいことを、するかもしれない。させていただきます」
「わかりました」


 ひょいと肩をすくめた少年が、無表情のままでふうと溜息をつき、見上げる。すると慌てたように、熊のような男が表情を変えた。


「高牧くん、何度も言っているけれど、別に君の身体が目的だとか、君に身体で返してもらおうとか思ってるわけじゃないぞ」
「わかってます。有澤さんは、ぼくのことが好きなんですよね」
「ああ……」


 照れ笑いする顔を見て、ちっとも変らなかった顔をようやく、ほんの少し和らげた。家の方から漏れている灯りに照らされた顔は可愛くて、つい足を止め、身体を腕に収める。


「……有澤さんは、おっきいですね。筋肉もたくさんついてるし」
「まあ、一応鍛えてるから」
「ぼくはちいさくて、ちょいむっちりです」
「かわいい」
「うらやましい」
「かわいい、高牧くん」


 そのとき、腕の中でくちゅんと小さくくしゃみをした。続けて咳。さっと顔色を変えた男が、そのまま抱き上げ、腕に抱いて大股に歩きだす。むくむくとダークスーツに包まれた上質な手触りの肩につかまり、平気です、と言う少年。


「大丈夫です、ただ少し、くしゃみが出ただけで」
「そう言っていつも熱を出すだろう。北山! 上着用意しとけ!」


 低い声がはっきり通り、静かな庭を破る。家の、庭に出られる廊下に膝をついて待機していた影がすぐに立ち去った。


「……平気なのに……」
「心配だからだ。高牧くんが」
「心配し過ぎです」
「しすぎる心配なんかない」


 明るい廊下におろし、跪いて靴を脱がせる。すぐに厚手の上着を肩にかけて、すぐそこの部屋で温められていた炬燵へ足を入れさせた。少年はむっと唇を突き出し、しかしそれからすぐに無表情へと戻って天板へ、こてん、と、顎を乗せた。
 その後ろで靴を脱ぎ、のすのすと自室へと廊下を歩いて行く男。


「北山、頼むぞ」
「はい」


 自室に足を踏み入れるとすでに待機していた若衆がスーツを脱がせ、部屋着である和服を着つける。若手の手際が悪いとすぐに、古参の人間から叱咤が飛んだ。その中で涼しい顔をして立っている。


「おやじ、明日は龍行組さん、馬場組さんとの会合予定です。場所はいつものホテルで、朝九時より開始となっています」
「ああ」
「その後、鬼雅組の鬼島組長が話したいとのことですので、昼食の準備をしておきました」
「明日の昼は別の用事があったはずだろう」
「そちらは、鬼島組長が調整したと」
「……あの人は、また何かしたな。先方に詫び入れといてくれ」
「わかりました。うかがっておきます。午後は先日行われた各金融の報告会をまとめたものが届きますので」
「わかった」


 スーツを回収した若衆が頭を下げて出て行き、予定を確認していた若衆頭もすぐに下がった。自室に残されたのは熊のような男ただひとり。

 部屋を出かけてふと、立派な樫の木造り、黒塗りのテーブルの上、唯一置かれた写真立てを手に取る。
 そこにおさまっているのは怯えた目をして、薄汚れた服と長く伸びた黒髪の隙間から威嚇するようにカメラを見上げている子どもの写真だ。
 肌は荒れ放題。あちこちから血と分泌液が滲み、服まで汚している。撮ったのは冬だというのに半そでに短いズボン、足元は裸足。持病が悪化して呼吸が上手にできなかったので、唇の色が変わりかけている。
 この写真の子どもと、今頃炬燵に入ってねこのようにおとなしくしているだろう上等な少年が同一人物だとは、きっとだれも思わないに違いない。

 あのゴミ溜めのような部屋から子どもを連れ去ったことが、つい先日の事のようだ。
 傷ついた身体を癒せるよう手配し、生まれてから八年間ほとんど何の教育も躾も受けていなかった子どもに必要なことを教え、身なりを整えてやり、それから心を開かせるまでに六年かかった。最初のうちはあの無表情に阻まれてなにもわからなかったけれど、今はそれなりに理解できる。口数が少なくても、判断がつく。ただぼうっとしているときと熱があってぼうっとしているときの区別がつく。


「またその写真をご覧になっているんですか」


 低い、美声。
 顔を上げるとそこにいたのは、黒々した豊かな髪を後ろに流した渋い中年の男前。色気漂う顔に微笑みを浮かべ、障子を閉める。有澤と並ぶとどちらも背が高く威圧感があり、ますます目を合わせたくなくなる雰囲気だ。

 有澤は、写真を戻して男――北山を見た。


「北山、高牧くんを頼むと言ったはずだが」
「満和さんは夢の中ですよ。夕飯まで起こさないことにしました。今日は随分お疲れだったみたいですから」
「さっき、庭でくしゃみと咳をしていた。熱が出るかもしれない」
「……一応、準備はしておきます」
「そうしてくれ。今日は離れで休むつもりだったがやめにして、いつも通り寝室に布団を」
「はい」


 今頃、炬燵に足を入れてすやすやしているだろう少年を浮かべて真剣な顔。その様子を見て、ふっと笑った。


「なんだ」
「……有澤譲一朗が、本気で年下の子どもを愛するとは夢にも思わなかったので」
「悪いか」
「満和さんの年齢はさておき、たいへんよろしいと思います。人を愛するということはなんであれ、魂を救いますよ」


 肩をすくめた熊のような男。有澤譲一朗といい、金融会社をはじめとして何軒かの会社を営む社長としての面もありつつ、十代の頃から国指定の巨大任侠団体・東道会古参の鶴治組に籍を置く。現在は若頭・組長代理として高齢の組長に代わってほとんどを取り仕切っており、来るべき時期に組長となるだろうと目されているのだ。
 冷静沈着、他の組同士の抗争において手打ちの調停を行うほどに公正で誠実、信頼厚く交友関係も幅広い、跡目候補にはぴったりの男。

 その有澤が目に入れても痛くない、むしろ痛くても良いから入れて持ち運びたいとまで思っている相手。好きすぎてグレーゾーンどころか完全にアウトゾーンのあれこれまでしている相手が、先ほどの少年・高牧満和。八歳までネグレクトを受け、有澤に引き取られてようやく人らしい生活を覚えた。今は音楽と写真と読書を愛し、私立中学に通う二年生、図書委員会所属。
 肌と呼吸器に疾患を持ち、身体が弱くてすぐに熱を出したり寝込んだりする。一週間、一か月のほとんどを布団で過ごすときもあり、辛そうにしていると有澤はたまらない。大きな身体を縮こまらせ、忙しい合間を縫って傍にいる。


 満和のところへ行くとすでに目を覚ましていた。ぽやんとした目、頬が赤い。隣へ座ると腕に頬を擦り付けてきたので、手のひらで触れてみた。柔らかい。そして、僅かに熱い。


「熱を出してるんじゃないか」
「……いいえ」
「北山、体温計」
「はい」


 どこからともなく取り出し、手渡された水銀体温計。シャツのボタンをいくつか外し、満和の脇の下に差し入れる。明らかにだるそうで可哀想だ。


「食事は?」
「食べます……」
「食べたらすぐに寝なさい」
「……はい」
「今日はいつもの寝室に布団を敷かせた。心配するな」
「いっしょに、寝てくれますか」
「ああ」
「じゃあ、食べて、寝ます」


 正座している有澤の膝へ頭を置いた満和は再び目を閉じてうつらうつらと眠りに入った。しばらくして体温計を取り出してみると、三十八度を少し超えたところ。


「……やっぱりな」
「食事をお持ちしました」


 北山が持ってきたのは消化にいいものだった。手際良く並べられた、当初の献立と全く違う内容の夕食を見て、少し離れて障子の前に正座した北山を見る。年齢より若い男くさい顔を笑みに和らげた、よくできる男。


「満和さんの体調が悪いとのことでしたので、違う物をすぐに作らせました」
「……お前も大概だな」
「有澤さんには負けますが」
「もし高牧くんが攫われたら俺たちは手も足も出せないな」
「そのような状況にならないよう、しっかり守りますよ」


 もう一段笑みを深め、にっこりした北山。
 有澤は頷き、のろのろと箸を持った満和を見つつ、自分も箸を取った。



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