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山賊と鬼と天使の共同生活 2


 

夏輔(なつすけ)
蓮(はちす)
優志朗(ゆうしろう)





 夏輔が目覚めると、優志朗の姿もなかった。普段一緒にいてくれることが多いが、ときどき「仕事」に出掛けることがある。そういうときは帰りが遅かったり早かったりばらばら。「仕事に行ってきます」と、ちゃぶ台の上の置手紙に書いてあった。夏輔は音読してから頷いて。蓮が用意してくれたのだろう朝食を食べ、庭の草むしりをする。小さな庭であるが、隅っこで紫蘇や花を育てたりもしていて、その世話も夏輔の仕事だ。
 さわさわと、秋を感じる風が吹いてくる。空の色も変わった。暑いのは日中だけで、朝晩はずいぶん寒い。七分袖のTシャツを着て青いデニムを穿いた夏輔はむちむちぷちぷちと雑草を抜いていた。一応帽子をかぶっている。

 そろそろお昼になろうかという頃、ドアが開く音がした。続けてすぐに「ただいまー」という太い声。ぴょんと跳ねるように立ち上がった夏輔は目を輝かせながら「おとーさん!」と玄関を見る。靴を脱いでのっそり部屋に入ってきたのは、もじゃもじゃとした髪と髭、夜道で遭遇したら熊にでも間違われるだろう巨体の父親。


「おおう久しぶりだなーマイエンジェルぅぅただいまー!」
「おかえりなさいっ」


 縁側まで来て夏輔を抱きあげ、ちゅっちゅとキスをする。髭がもじゃもじゃとしてくすぐったい。繁華街の隅っこにある小さな診療所で朝晩問わずに患者を診ている蓮。寂しく思うことも多いが、帰ってくるとこういう風に触れて言葉をたくさんかけてくれるので、一気に吹き飛んでしまう。
 すっかりねこのようになった夏輔、すりすりと父親の厚い胸や腕に頬を擦り付けて甘える。その様子にでれでれと頬を緩ませる蓮。


「まずは手を洗おうな」


 抱っこしたまま靴を脱がせ、洗面台へと連れて行く。自分の足で歩くより、蓮が歩くほうがずっと早い。いつもより高い場所から見る家の中もお気に入り。父親に見守られて丁寧に手を洗い、タオルで手を拭ってもらう。


「夏輔の手はちいちゃいなーかわいいなあー」


 ぐふふと、まるで山賊が悪巧みでもしていそうな笑い方。夏輔は大きくて厚い父親の手を取り、比べてみた。


「おっきい」
「夏輔もいつか、たぶん、大きくなるぞ」
「おとーさんみたいに?」
「お父さんみたいになったら大男すぎだ」
「でもおっきくなりたいよ」
「せいぜい優志朗くらいで我慢しろな」


 頭を撫でられると首がぐいんぐいんと左右に揺れる。


「一緒に風呂でも入るかー」
「はいるっ。おれおゆためるー」
「よし、頼んだぞ夏輔。お父さんは出てすぐ食べられるよう夕飯の準備しちまうから。って、そういや優志朗はどうした」
「おでかけです。そこにおてがみ」
「おー、あいつも忙しいな」


 蓮の歌声を聞きながら、水道から勢いよく出てどぼどぼと湯船に溜まるお湯を見つめる。今日は昼から大好きな父親とお風呂に入って、ご飯を食べられる。なんて幸せなんだろう。自然に顔がほころぶ夏輔。


「夏輔と風呂はしばらくなかったなー」
「うん。いつも優志朗くんといっしょだった」
「なぁにぃ……あの野郎プリティーエンジェルと一緒に風呂まで」
「あたまもからだもあらってくれるよ」
「さらにお触りまでだと……くそっ、優志朗め……将来の脅威になるな、今のうちに消しておくか……」
「おとーさんのあたまをあらってあげましょう」
「お願いします」


 むちむちとした身体を悠々と湯船に浸けている蓮の後ろに立ち、小さな手でもじゃもじゃ髪にシャンプーを付け、泡立てる。


「あーいいですね」
「いいですか」
「いいですよー幸せ幸せ」


 一生懸命洗ってくれる夏輔の手は、前より大きくなった。成長しているんだなあとしみじみ思いながら、それを日々見守ってやれないことが申し訳ない。でも夏輔は、面と向かって文句を言ったり悲しんだりはしない。してくれてもいいのに。


「おとーさん、ながしますよー」
「はいはいー」


 よいしょ、と、浴槽の外に頭を出す。シャワーを出して流してくれるが、あいにくと顔面にもかかって鼻から大量に水を吸い込み、せき込む。きょとん顔の夏輔の前でくるりと反転。げほげほしながらうつむく。流してもらい、次は夏輔の髪と身体を洗ってやる。洗い場の椅子に座らせ、浴槽から身を乗り出して、髪を洗って身体を泡立てたタオルでごしごし。


「なぁ夏輔」
「なぁに」
「寂しくさせてごめんな」
「うーん、いまは優志朗くんもいるし、だいじょうぶ」
「……いいんだぞ、さみしいときは、さみしいって言っても」
「うん」


 にこにこと夏輔は笑う。こうして、絶対に言わない。
 ぎゅうっと、切ない気持ちになった蓮。それを振り切るように身体を流して、お湯に入ろうと湯船の縁に座った夏輔の足を捉まえた。


「夏輔」
「ん?」
「おっきくなったな」
「そうかなぁ」
「でもここが弱いのは変わらねぇ予感ー」
「あ、おとーさん!」


 足の裏をくすぐると、笑い声をあげる。ばたばたと片足を動かすので、水を叩いてばしゃばしゃと跳ねた。足首を掴んでこしょこしょ続ける蓮。小さな足の裏に、口づける。ふふふと唇を動かすとその振動もくすぐったいのか、きゃっきゃと笑った。


「おとーさん、くすぐったい!」
「エンジェルは足の裏までつるっつるなんだなあ」
「しゃべっちゃだめ!」


 足の裏に唇がつけられもそもそされて、夏輔はぐったりとお湯に浸かった。小さな身体を抱きしめる。
 こうして触れられるのは、どのくらいだろうか。
 一緒にいられるのは、どのくらいだろうか。


「ただーいまー昼間っからお風呂ですか夏輔さ……おいこらおっさん! 夏輔さんに何したんだゴラァ」


 がらりと音をたて、ドアを勢い良く開けたのは優志朗。笑いすぎて真っ赤な顔ではふはふしている夏輔を腕に収めた蓮を見、鼻息荒くする。


「親子のスキンシップだ」
「やらしーことしたんじゃ」
「するわけねぇだろこの淫乱小僧。お前じゃねぇんだからよ」
「俺だってさすがに子どもには何もしませんーあと十年は待ちますぅ」
「俺の目が黒いうちぁ何もさせねぇぞ」


 蓮の言葉に、ふんっと鼻を鳴らし、がらがらとドアを閉める。眼鏡のレンズが湯気で白くなっていたが、そういえばいつから眼鏡をかけるようになったのだろう。確か目は悪くなかったと思うのだが。なんにせよ、胡散臭さが倍増したような気がする。


「夏輔ぇ、あんなのと結婚しちゃだめだぞ」
「?」
「お父さんは心配だよ……」
「しんぱい?」
「いや、夏輔が決めたことならいい」
「? うん」


 髪に唇を落とし、ふうと息をつく。


「おとーさん」
「ん?」
「しんぱいしないで」
「はい」


 見上げてきた夏輔の目はきらきらとして、きれいだった。



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