魔法のフレンチトースト
夏輔(なつすけ)
鬼島 優志朗(きしま ゆうしろう)
蓮(はちす)
『お友だち(偽)』未読の方はお先にそちらからどうぞです。
*
「おとーさん」
「お? どした夏輔、腹でも痛いか」
「ううん」
「何泣いてんだ。お父さんが抱っこしてやる」
「うう……こわいゆめみた」
「そうか」
ぐすぐす泣く夏輔を膝に座らせ抱きしめた蓮は、小さくて薄い背中をゆっくり撫でた。ときどき悪夢を見るのは、ひとりにしているからだろうか。
ごめんな、と謝ると、涙を浮かべて真っ赤な目で見上げてきて、首を傾げる。頭を撫で、額にキス。また抱きしめた。
「夏輔に、怖さが吹っ飛ぶ魔法のフレンチトーストを作ってやろう」
途端に、濡れた目が輝いた。
冷蔵庫から食パンとたまごとヨーグルトを出し、ちょこちょこついてきた夏輔にパンを四つに切るよう言う。慎重な手つきで切っているのを横目に微笑みながら、大きなバットに卵を割りはちみつとヨーグルトを入れてかき混ぜる。ある程度混ざってからレモン汁を投入した。そして再び混ぜ混ぜ。牛乳よりも少々重たい液になる。
「できた」
「おう。夏輔えらいなーきれいにできたなーさすが俺のベイビーちゃんだわー」
よしよしと撫で回し頬擦りをし、パンを卵液に浸す、という次の指令を。両面につけている様子を眺めてからフライパンをコンロの火にかけ、バターを温める。
夏輔から、黄色の海に白いふわふわがぷわぷわ浮かぶバットを受け取り一枚ずつバターの上へ。いい音がしてすぐに甘い香りが漂った。傍で見ている夏輔の目はすでにきらきら。蓮は箸で裏返したり戻したり。
出してくれた白い皿に焼けたフレンチトーストを少し重なるように並べていく。余った卵液はフライパンに落としてスクランブルエッグにし、空いた場所に添える。
「粉砂糖は?」
甘い甘い魔法のフレンチトーストに釘付けの夏輔はぷるぷる首を横に振る。
「じゃあ皿を運んでくださーい。お父さんはお茶を淹れまーす」
とは言え、冷茶を冷蔵庫から出すだけなのだが。
夏輔のカップと自分のとを片手に器用に持ち、かわいいこどもがいい子で待っている小さな居間へ。
怖い夢を見たとき、お使いに失敗したとき、かばんにつけて大切にしていたキーホルダーをなくしたとき、なかなか蓮が帰ってこなくてさみいしい日々が続いたあと。
さまざまな場面で出てきた魔法のフレンチトースト。
やがて、そのフレンチトーストを食べる人間が、ひとり増えた。
「おうお前、何先に食ってんだよ」
「いって! 背中蹴るなよ」
「こういうのは揃って食うんだよ。それがうちのルールだ」
「うまい」
「だから食うなって言ってんだろ」
「いって」
「優志朗くん、フレンチトースト、すき?」
「好きですよ。おいしいです」
「おれも、すき」
「あはー天使だわー夏輔まじ天使だわーその笑顔ほんと……天使だわー」
そしてその作り方と味は、
「夏輔が悲しい感じのときに作ってやれよ」
「えー」
「えーじゃねぇよ」
「蓮さんがいるじゃん」
「何があるかわかんねぇだろ。覚えとけ」
「はぁい」
「頼むぞ」
いつになく真剣に蓮が言うから、思わず真剣になって覚えた作り方。夏輔も作ることができるが、人に作ってもらうのと自分で作るのとでは違う、と、蓮は言った。
何日か作って覚えて、うまいな、と蓮が笑った。照れると背中を叩かれた。大きな、大きな手で。
「ナツくん、どうしたの」
「怖い夢見ました」
居間にいて本を読んでいた鬼島の隣に座ったナツの顔は冴えない。頭を撫で、立ち上がって冷蔵庫を覗く。ナツの家にはいつも、パンとヨーグルトと卵とはちみつが必ずある。癖なのだろうか。
大きなバットに卵を割ると、ナツがとことこやってきた。手元を覗き込み、わずかに目を輝かせる。鬼島はそれを横目に見て、笑った。
「ナツくんに魔法のフレンチトースト作ってあげる。愛情がたっぷり詰まってるやつ」
「……ありがとうございます。パン、切りますね」
けれどまだどこか悲しそうなナツ。でもこれを食べて元気にならないはずがない。何と言っても、二人分の愛情が詰まっているのだから。
なぜだろう、作っていたら、隣にもうひとりいるような気がした。
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