お友だち(偽) | ナノ

なつ散歩


 
 朝、早く起きたものの特に予定もなく約束もなく、鬼島は仕事で来ない、満和は熱を出して寝込んでいる。他の誰かを探せば会う相手も見つかるだろうが、そういう気分でもなかったので、ひとりでぶらぶらと街に出た。休みを何もなく過ごすのはずいぶん久しぶりのような気がする。

 電車に乗り、やってきたのは割りとにぎやかな通り。古い倉庫や家を改築した店が立ち並ぶ、おしゃれな通りだ。足元は石畳で、古さと新しさが混在する雰囲気が好ましい。

 ゆっくり歩いていると、正面から一際背の高い男性が歩いて来た。見上げるほど大きい。その傍らにはふわふわくるくる丸まった髪の柔らかそうな可愛い人。男性はゆったりした地味な服装、可愛い人は派手な色遣いなのに嫌味がない。手を繋いで寄り添って、とても仲が良さそうに見える。
 すれ違いざまに聞こえたのは「おいしい料理でしたね」という言葉。ぜひどこの料理か教えてもらいたかったけれど、知らない人に話しかける勇気はなかった。

 並ぶ店の一軒に、気に入っているサンドウィッチの店がある。路地を入り込み、大通りの裏手、木目のきれいなログハウス風の小さな店だ。
 自分でパンの種類と大きさ、はさむ野菜やトッピング、ドレッシング、焼き加減などが選べて、安い。接客してくれる人も優しいので、ナツはいつもそこで買っていた。大きめの柔らかなパンに、総ての野菜を多めに挟んでもらってチーズを入れて鶏肉を入れて、さくさくになるように焼いてもらった。
 店の外にある椅子に座り、食感を楽しみつつもぐもぐ。新鮮な野菜の味がする。トマトがとても甘くておいしいので、もっと増やしてもらえばよかった、などと思った。

 暑くなく風があり、爽やかな昼。

 一休みしていたら、お向かいのテーブルに座った人がいた。有澤などとしょっちゅう顔を合わせていなかったら、ちょっと怖い、と思ったかもしれない、いかつい顔の坊主頭。ピアスは耳だけでなく右眉にもあいている。太めの黒縁眼鏡を掛け、分厚い本を開いている。電子回路、という文字がちらりと見えた。その本の奥にはこの店のもうひとつの売りであるクッキーが皿に盛られて置いてある。誰かを待っているようにも見えた。
 ナツが席を立ち、皿を片手に持って店内に入ったとき、ちょうど入ってきたお客さん。焦った様子でも美形で、思わず足を止めて見てしまうくらいの整い方。和風の美形で、周りにはちょっといないタイプだった。肩が触れるほどの近くを通り過ぎて行ったその人からは、お香のようないい匂いがした。


「まさ、待たせてごめん」
「待ってないよ」
「待っただろう。一分」
「待ったうちに入らない」
「お詫びにキスを」
「だから、こういう場所ではやめてってば!」


 真っ赤になった坊主頭にちゅっとキスをする美形。ナツまで恥ずかしくなり、その店をそそくさと離れた。店員は笑っていた。

 さて、大通りに戻ってすぐ。
 雑貨の店で目に付いたポストカードの束を手に取り、絵を見ていたら後ろから声がした。


「清人さま、こんなんどーぉ?」
「地味すぎないかなあ。もっと、こう……」
「柄があるほうがお好き?」
「だと思う。下着もいつもそうだし」
「はれんちー」
「見えるんだもん」


 振り返ると、ストールの前でなにやらお悩み中らしいふたり。片方は紫の短い髪に、白いうなじ、白いコットンシャツに黒いベストとパンツを穿いていて背が高い。片方はその半分ほどしか背がなく、真っ黒の肩につくほどの髪に、私立中学校の制服を着ている。どういう関係なのかはわからないが、顎に手を当てもう片方の手で肘を支えるという同じポーズで悩んでいるらしい。


「あの子は高級なものは見慣れてるからもう、デザイン勝負だと思うんだよね」
「なるほどぉー。お金持ちだものねん」
「うーん……困った」


 あまりの悩みぶりに、店員も気軽に声をかけられないのかちらちら目をやるばかり。
 ナツは心の中で応援して、ポストカードを二枚ほど買った。満和が好きそうな、童話モチーフのポストカード。集めるのが趣味なので、お見舞いに持って行ってやろうと思ったのだ。

 大通りを半ばほど過ぎ、しぼりたてスイカジュースなる看板に惹かれてふらりと喫茶店に入る。スイカジュースはなかなか当たり外れがあり、下手するときゅうり汁でも飲んでいるような気分になるのだが、さてここはどうだろうか、と思いつつ、慎重にMサイズを頼んで席に座る。絞れたら店員さんが運んできてくれるのだそうだ。
 まだきれいな店内で、開店してそれほど経っていないような感じだった。外見は倉庫だったけれど、天井が吹き抜けになっていて豊かな光が取り込まれているので、狭苦しさなどは一切ない。席数はさほどでもないので、混み合っても窮屈にならなさそうなところが良かった。
 ランチらしきパスタやドリアを食べている人もいて、今度誰かと来よう、と、わくわくする。新しい店はこういうのがいい。そして、スイカジュースが運ばれてきた。


「あれ、夏輔だ。久しぶりー」
「……あ」


 運んできた店員は、小学校中学校と同級生でほとんど同じクラスだった子だ。すっきりした顔立ちは相変わらず、以前はかっこよかったが、今はかわいい印象の蜂蜜系男子。前髪を上げてピンで留め、白いシャツに黒いギャルソンエプロンを掛けている。細い腰が強調されてなんだか艶かしい。


「変わんないねー夏輔は。なんか、小学校のまんまって感じ」
「そうかな」
「うん、一目でわかった。あ、スイカジュース、おいしいから飲んで。お代わり一杯なら無料でプレゼントするよ」
「ありがとう。……さっきから、すごい視線を感じるんだけど、あの人から……」


 ナツが目をやると、彼も振り返る。二人の視線の先には、カウンター席からじっとこちらを見ている男性。大柄で黒髪、おとなしそうな目は黒い毛並みの大型犬を彷彿とさせる。


「ごめん、知り合い。あとで叱っておく」
「う、うん」


 ごゆっくり、と笑って、大型犬男性に近付き「なんなの」と言う声が聞こえた。「だってハニーちゃん、あの人誰ですか」と、落ち着いた低い声ながらなんだか泣きそうな声。それから声を落としたのでなんと言っていたかはわからないが、ハニーちゃんというあだ名はぴったりだと思った。かわいい。
 スイカジュースはきちんとスイカの甘さがあり、とても美味しくいただけた。当たりだったな、と心の中でメモをして、お言葉に甘えて一杯貰って持ち帰りにしてもらい、店を出た。

 スイカジュースを片手に、残りを歩く。
 このあとは満和のお見舞いに行くつもりで、メッセージを送る。


「聖さん、あそこにおいしいケーキがあるんだけど、食わねぇ?」
「甘いものは好きじゃない」
「うそつきー。去年のクリスマスにおいしそうにケーキ食べてたじゃん」
「それは、酔ってたから」
「この前チョコレートあげたときも、実は喜んでただろ」
「うっ……」
「嘘なんかつかなくていいんだってば。おれたちの前では何でも言っていいんだよ」


 にぎやかな声と、落ち着いた声と、うろたえたような声。隣を通り過ぎていった、三人組の声。おそろいで色違いの服を着た、同じような顔のふたりに挟まれた男性が困ったような顔をしていたのは、ナツは見なかった。おいしいケーキとやらには惹かれたけれど。

 メッセージの返事が来て「熱は引いた。待ってるよ」とのこと。ならばおいしいものでも買っていってやろうかと、店を物色して和風カフェでテイクアウトの大学芋を少し多めに包んでもらった。満和が好きなものだ。ふんわりと甘い匂いが漂い、お腹が鳴る。冷えてもおいしいですよ、と店員が言っていたので、焦らなくても良さそうだ。

 満和がいる有澤の家まで、大通りを通り抜けた場所にあるバスターミナルから出ているうちの一本に乗れば行くことができる。時刻表を見て、まだ少しあるからベンチへ腰掛けた。


「は? わかんねーし。もうバス乗り場なんだけど」


 どかっと隣へ座った、赤みがかった茶色のツーブロックヘアに鋭い眼差しの、いかにも怖そうな男の子。同い年くらいだろうが、声に重みがあって少し距離をとりたくなる。


「なんで戻らなきゃなんねーの。直が来いよ。別に悪くねーもん。悪いのはそっちだろ。謝る気があるなら来いよ」


 ふん! と言って電話を切る。仲間内の喧嘩だろうか、ここになんか怖い人が来たらどうしよう。大学芋が。
 少々怯え気味なナツに気付くことなく、ポケットから出した棒つきの飴を口に入れる男の子。しかしそれをすぐに噛んでしまい、がりがりがりがり、音がした。


「……」


 早くバスよ来い。
 そんな風に思っていたナツの前に、息を切らして現れた男性。スーツ姿で隣の男の子の肩に手を置く。


「仕事は」
「三十分だけ抜けてきた。スピード違反で捕まるかと思ったよ」


 ちょっと待ってね、と、息を整える男性。乱れたグレーの髪さえ色っぽい、柔和な顔立ちの男前は改めて彼を見る。


「ごめんね、今日、やっぱり一緒にいられないんだ。約束破ってばっかりでごめんなさい」
「……」
「いつも本当に、一緒にいたいと思ってるんだよ。鈴彦くんと。軽い気持ちで約束したり、したことないから」
「ふん」
「来週は絶対休み取れるから。ゆっくり過ごそうね。一緒にお休み、過ごしてくれる?」
「……本当かよ」
「本当。来週は何が何でも休みます」
「次破ったらどうする?」
「鈴彦くんの一日奴隷になります」
「それじゃあいつもとかわんねーな」
「えっ、そんな風に思ってたの」
「嘘だよ。別に、何もしてもらわなくていー」
「……じゃあ、お家帰ろう?」
「仕方ねーな。帰ってやるよ」


 つんつんしながらも男の子と男性は、手を繋いで一緒に歩いていった。隣でなるべく空気と化していたナツに、男性が「すみません、お騒がせして」と申し訳なさそうに言った。ダンディな男前に話しかけられ、ぼっと頬を赤くして首を振ったナツ。隣の男の子に「ちっ」と舌打ちされた。やっぱり怖い。

 バスに乗り込み、空いていた一番後ろの席に座る。
 満和へのお土産、無事に届けられそうだ。なかなか楽しい街歩きだった。また来よう。



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