お友だち(偽) | ナノ



「ナツくん、今日、満和くんと仲良くお花見してたって本当?」


 台所に立つナツの後姿を撮影する鬼島。黒いジャケットはハンガーで壁に掛けてあり、白いシャツに黒いスラックス姿でテーブル横にのんびり寝そべって頬杖などをつき片手で写真撮影中。今日は家から持ってきたコンパクトなデジタルカメラ。
 被写体は主に中学時代のひざ丈ハーフパンツから伸びる足。すらりとしていて、何度見ても見飽きること無い脚線美。もちろんそこから上も撮っている。白いTシャツの腰回りがゆるりと余り、いかにも締まっている感じがたまらない。


「よく知ってますね。学校の桜が綺麗だったからしたんです。明日はアイス食べる予定です」


 すでに思いを馳せているらしい。うっとりした口調。アイスは学食あたりで買うのだろうか、それとも大学部の購買か。そういえば学内のカフェのアイスが絶品だと、ナツが去年の夏に話していたような気がする。


「鬼島さんとお花見してくれる予定はないの」
「忙しいでしょうから」


 無音で撮影しながら、まあ確かに、と呟いた。どうも年度末年度初めは忙しくていけない。


「でもナツくんと桜見たい」
「じゃあ、ご飯食べたら近所の公園でも行きますか。あそこ、結構綺麗なんですよ」


 振り返って笑う。その写真も撮影した。すると、なんで撮ってるんですか、と驚いた顔。それももちろん収める。


「ナツくんに会えない時間は写真で埋めるの」
「……じゃあおれも、鬼島さんの写真が欲しいです」


 何その照れ顔可愛い、と、鬼島の指はシャッターボタンを押しっぱなし。


「鬼島さんの写真、撮ればいいじゃない」
「え、でも、なんか恥ずかしいです」
「何が恥ずかしいのよ。今の子はなんでも写真撮るんじゃないの」
「すごい偏見ですね」


 確かにナツが何かの写真を撮っているところを見たことがない。買い与えているスマートフォンの情報を引っ張っても電話もメールも鬼島が把握している内の友人としか使っていないし、こそっとメッセージアプリを開いても健全そのもの。写真は猫の写真や誰からか貰ったらしい犬の写真、満和などの友人の写真しかない。インターネット履歴も料理や美味しいお店のホームページを見ているだけで至ってクリーン。ただ一回だけ「眼鏡 前髪長い 視力 悪化」で検索がかけられていたことがあったけれど。


「いいよ、撮っても。はいどうぞ」


 ごろりと畳へ横になる。何かを煮ているのかいい醤油の匂いが室内に漂っていて、その鍋から離れてナツが近付いてきた。テーブルの上の自分のスマートフォンを手に取る。


「……なんかこれ、すごく恥ずかしいです」
「どうして?」


 整った指がスマートフォンの白いボディを柔らかく握っている。その手つきに若干むらっとした鬼島だったが、なんとか押さえてその向こうのナツを見た。少し離れた場所に膝をつき、構えている。


「撮り、ますよ」
「どうぞ」


 かし、と電子音。しかしそれは一度きりで、やっぱりいいです、と、立ち上がって台所へ戻って行ってしまった。
 鬼島も立ち上がり、後ろからナツの頭へ顎を乗せる。


「何が恥ずかしいの、鬼島さんの写真撮るだけでしょー」
「……別に、なんでもないです」
「ふぅん?」


 耳が赤い。


「そんなに鬼島さん、かっこいい?」


 そこへひっそり囁くと、顔をこちらへ向けた。何か言いたそうに口が動く。顔も真っ赤っか。ナツの身体を抱きしめるのに忙しいので、その顔は頭の中へ残しておくことにした。


「そっかー、画面越しでも照れるほど鬼島さんかっこいいんだ」
「ちが……わないですけど……っ」
「ナツくんかーわーいーいー」
「……っ……」


 まだ何か言い気に、しかしふいっと前を向いて鍋を弄るナツ。ロールキャベツが今日のメインのようだ。ナツのロールキャベツはひき肉ではなく、豚の薄切り肉を二、三枚重ねてキャベツと共に巻いて胡椒多めのコンソメで煮る。鬼島が好きな味。


「春だねえ」
「春ですよ……っ」


 びくりとナツが肩を震わせた。ぎゅうと抱きしめてくる腕、背後でごりごり存在をアピールしてくる硬い物体。心なしか、Tシャツから伝わる体温が高いような気がする。


「……春だからね、簡単に発情しちゃうんだよね」


 鬼島の手が、火を止めた。首筋に唇が触れ、また身体が震えてしまう。


「ね、ナツくん、ちょっとだけ付き合って。きちんとご飯も食べるから」
「お、お腹すきました」
「鳴っても気にしないから」


 ずるずる居間へと引っ張っていかれた。玄関には鍵が掛っているが、鬼島は台所と居間とを区切る硝子戸を閉める。それから開けっぱなしだった庭に面したサッシも。そしてまだ明るいのに、カーテンを閉めてしまった。
 薄暗い室内で鬼島が眼鏡を外す。それは、もう逃げられない合図。


「ほら、可愛い顔見せて」
「や、です……っ」
「鬼島さんにぐっちゃぐちゃにされて悦んでる顔、見たいなあ」


 身体の中に入りこまれ、揺さぶられながら鬼島の視線を感じる。それから、無機質なレンズが向けられている気配も。両腕で顔を覆っていて、背中が痛い。


「仕方ないなーナツくんは恥ずかしがり屋さんだもんね」


 テーブルに置く音がした。やっとレンズから解放された。


「背中痛いでしょ。おいで」


 よっこいしょ、と抱き上げられて立ち膝のようになっている鬼島の膝に乗せられ、抱きしめられる。繋がりが深くなって一瞬息を詰めたが、鬼島のシャツ越しにも体温は伝わってきて、温かさに落ち着いた。首へ腕を回し、肩に顎を乗せて首に擦り寄る。そうすると腕が、両足を抱えた。快感と恥ずかしさといろいろで涙がこぼれる。ふ、ふ、と短く息を吐き、ゆるやかに揺られる。
 いつの間にか一番気持ちよくなってしまった奥の方を押し込まれると勝手に声が出て腰が戦慄いた。底が知れないような感覚が怖くてシャツにしがみつく。
 また、視線を感じた。
 固く閉じていた目を開けると、不自然な角度でこちらを向くカメラと目が合った。レンズの横で、オレンジ色が一定の間隔で点滅している。


「……きしま、さ、かめらが」
「うん? うん。可愛いナツくんの姿、撮ってるからね」


 楽しそうにさえ聞こえる声。次の言葉を口から出す前に、突き上げられて声にならない。やかましいほどの自分の喘ぎ声、だらしない顔を、撮られている。ぎゅうと身体を強張らせると、内部の鬼島を強く感じてしまった。


「や、やです、きしまさ、」
「ごめんね」


 突き上げられ、変な声を漏らして、身体から芯が抜けた。お腹の辺りが濡れて気持ち悪い。ふうふう言っているこのあられもない姿も撮られていると思うと、ぎゅうと腹が動いた。


「あら、ナツくんまだやる気だね」
「ちが、」


 ちゅっと耳に口づけられた。
 カメラはまだ点滅している。


「あと少し録画時間あるから、今度は前から撮ろうか」
「いやです」
「そんなこと言わないで」


 楽しげな鬼島の声に、涙声が被さる。


 後日、鬼島はそのとき撮った写真をあの壁に貼りつけていた。暗視モード搭載のカメラを買ってよかった。動画の中で喘ぎ乱れるナツの写真を抽出して写真としてプリントアウトしたものも貼りつけて行く。
 ちなみに花見は叶わなかった。その代わり、自分以外愛でることのできない花を見たから良しとする。

 鬼島は実に楽しそうに、笑った。



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