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鬼島の秘密部屋とカメラ


 黒塗りで光を弾く急な階段を上がる。ナツくんには、この階段から二階へ行くなと言っている。この階段が本当に滑りやすくて危ないのと、二階にナツくんが見て得するようなものはひとつもないからだ。

 直線の狭い階段を上がりきると二階の廊下に出る。下と同じで階段から左右に部屋が配置されており、天井が少々低い。山奥の豪農の家だったものを解体に際して買い上げ移築したもので、二階にはもともと何もなかった。蚕を飼うための広い空間だったのだ。現在ではそんな様子は全くない。移築して最も変化させたのが二階だった。

 一番右の部屋の障子を開け、中に入る。この部屋は奇怪な造りになっていて、部屋の中にもう一つ部屋がある。しかも隠し部屋。二階の改装を頼んだ変わり者の建築家が勝手にこのようにしたのだ。
 奥の襖を開けると上下二段に分かれているだけの単純な物入れ。けれど下のほう、身を屈めて壁を押すとそこが開く。四畳半ほどの狭い部屋だが、そんな部屋の使い道はひとつしかない。

 壁にところ狭しと貼りつけられたナツくんの写真。
 我ながら気味が悪いと思うけれど、ナツくんが小さい頃から今まで集めた写真でアルバムに入らなかったものを捨てるのももったいなくて、この部屋にコレクションし始めた。会わなかった期間の写真もあるし、ちょっと他の人には見せられないような写真もある。最近は携帯電話のカメラも高機能でありがたい。

 写真というのは不思議なもので、そのときには気付かなかったような物が見えることがある。ついこの間、俺がいなくなる前までのナツくんはいつも不安そうな顔をしている。いない間は、表情がない。今は、割と明るい。いつも明るい子だと思っていたし、良く笑ってもいたからそんなに変わらないと思ったら大間違いだったようだ。
 食べている顔も、大好きなものとそうでない普通のものと、目の輝きが違う。なんでも同じように美味しいわけではないようだ。まずいものはなさそうだけれど。

 すべてに共通するのは、とりあえずナツくん可愛いということ。

 最近妙に色んな人間から好かれているようなので気になるが、やっぱり俺の隣にいるときのナツくんが一番素敵に見える――というのは、完全に欲目。それでもそう思えるくらいに笑顔の割合が高いから嬉しい。

 ナツくんがもしこの部屋に気付いたら何て言うだろう。気持ち悪いと思うだろうか、嫌だと思うだろうか。嫌ったり――するだろうか。俺を罵るナツくんを想像しても、悲しくはならずに胸がときめいてしまう。ナツくんの全てがこちらに向いていれば俺は嬉しい。怒りでも喜びでも恐怖でも。

 ポケットから取り出した新しい写真を、もともとある上に貼りつける。恥ずかしがるナツくんの丸くて可愛いお尻。普段隠れているせいか他の肌よりやや白く、筋肉と脂肪の具合が適度で触り心地がいい。

 今晩はナツくんの家に行く予定だ。また新たな写真が撮れるといいのだけど。


――その頃、階下では。


「……」


 いつものように庭から入って来た有澤が、スマートフォンを片手になんとも言えない顔をしていた。有澤と鬼島の機種は全く同じで、画面も全て初期設定のまま。しかも鬼島は覚えられないからと一切ロックを掛けない。有澤も面倒だから掛けない。
 先日送られてきたとある失踪多重債務者の捜索を鬼島にも協力してもらおうと思い、顔写真を確認しようと手にとった。何も気にせずドキュメントをタップして――現れたのは、ナツのとんでもない写真。普段の健やかで明るい笑みとは異なる艶っぽい夜の顔としなやかな肢体。動画もあるようだ。スクロールしてもスクロールしても出てくるのはナツの写真。普通の写真とそうじゃないものと。

 鬼島先輩、何やってんですか。

 しかし人の事は言えない身。しばらく固まった後、そっと見なかったことにしてテーブルに戻した。



「……はっ」
「どうしたの、満和」


 こちらは、お花見に勤しむ満和とナツ。
 世間はすっかり暖かくなり桜が咲いた。
 二人が通う学校は小学校と高校、大学院が同じ敷地内にあるのだが、その広大な土地に咲く花の美しさで有名である。しかし関係者以外立ち入り禁止。並木のベンチへ座り二人の間に和菓子を並べて桜に目を細めていたところ、急に満和が険しい顔をした。


「ナツにいやらしい手が伸びそうな予感」
「何それ?」
「わかんないけど。気を付けてね」


 ベンチの上に置かれたナツの右手に、満和の左手が重なった。満和のかわいらしい顔に微笑まれて頬を染め、左手に持ったみたらし団子をもぐもぐする。満和はすあまを手に取った。


「この和菓子おいしい」
「ね。有澤さんに貰ったんだ」


 ふたり仲良く、甘さをもっちもち咀嚼する。上からひらひら、桜の花びらが舞い降りてきた。


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