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もし蓮さんがずっといたら


 

もし蓮さんがずっと居たら……?
鬼島さんとナツくんの関係が微妙に変わるだろうと予想して。





「夏輔、どこ行くんだこんな時間に」


 おとーさんの声を玄関で聞きながら、靴を履いてドアノブに手を掛ける。


「優志朗くんのところ! 泊まって来る」
「何!」
「行ってきまーす」


 まだ何か言いたそうだったけれど、夜の外に飛び出す。明日は学校休みだし、優志朗くんも一日オフ。ご飯食べたらおいで、と言われていたから約束の時間に駆け出した。

 家は、ここから歩いて十分。外灯の下をまっすぐ歩いていけば間もなく、小さな平屋が見える。ひとりふたりで暮らすならこのくらいでいいと、四部屋あってキッチン、お風呂、トイレとあるような古い造りの家を買って家から出て行ってしまった。ずっといればよかったのに、と思ったけれど、近場だからいいとする。

 貰った合い鍵で引き戸を開け、中に入る。特徴的ながらがらという音で来たことに気付いた優志朗くんが、すぐそこの部屋から顔を出した。


「いらっしゃい、夏輔さん」


 黒縁眼鏡、短い黒髪、色が白いのは室内でずっと仕事をしているせいだと言っていた。夏になるとおれと優志朗くんは人種が違うみたいになる。部活でサッカーを始めてあっという間に色が黒くなったからだ。


「こんばんは。お邪魔します」
「はい」


 居間に入ると、テーブルに置いたパソコンで何やらしていた。


「仕事?」
「いえ、ただの趣味です」


 覗き込む前に閉じられてしまう。見せたくないなら仕方ない。隣へ腰を下ろし、肩へ寄りかかる。


「お疲れですね」
「んー」
「部活疲れですか」
「うん」


 大きな手のひらに肩を抱き寄せられ、頭のてっぺん辺りに口づけられる。お風呂に入って来たからいいのだけどなんだか恥ずかしい。体温を感じると急に眠気を感じた。


「もう寝てしまいそうですか。夜はこれからなのに」


 低い低い声が直接耳をくすぐる。


「……おれに何するつもり? やらしいことするとおとーさんに怒られるよ」


 意味ありげに首筋を撫で、頬を持ち上げる指に逆らわず顔を上げた。すぐそこから覗きこんでくる鋭い目。眼鏡の奥はいつだって冷ややかで、でもそれがおれに向くときだけは柔らかくなることをよく知っている。もう十年以上一緒にいるのだから。
 その奥にゆらゆら光が灯るとき、優志朗くんはおれの身体を欲しがる。


「何を今更。さんざんやらしいこと、したでしょう。俺と」


 ゆっくり口づけられ、柔らかな唇の感触に目を閉じた。何度も、何度も口付けられて下唇を軽く吸い上げられて、僅かに離れた唇が笑みの形に動く。隙間でひそひそ話をするように声をひそめる。


「……夏輔さんが欲しいです。ください」


 欲情したように掠れた声。笑ってもう一度キスをして、優志朗くんの手がパーカーの裾から忍んで来て――携帯電話が、鳴った。優志朗くんのもので、なぜだかとても激しい音がする。聞いたことがあるようなないような。


「……蓮さんだ」


 おれを左腕に抱き、右手で携帯電話を取る。


「もしもし」
「こら小僧、うちの可愛いカワイイ天使に不埒なことしてんじゃねぇだろうなこのスケベ」
「……まだ何もしてないです」
「ウソつけ声聞けばわかる。オメェの世話何年してると思ってるんだよ!」


 スピーカーの向こうから野太い声。笑ってしまって、優志朗くんに軽く口元を覆われた。おとーさんには何でもお見通しだ。


「くそ、今からそっち行く」
「今からですか」
「むしろもうあと三分で着くからな。やらしいことすんなよ! 俺のプリティーエンジェルの服装がちょっとでも乱れてたらケツキックだぞ」
「えええ」
「えーじゃねぇわ、じゃあな」


 ぶつりと切れた。優志朗くんの指をはぐはぐして遊んでいたけれど取り去られてしまって、きちんと座らされて髪を撫で梳かれ、服を正される。


「ごめんね?」
「いいえ。もう慣れてますから、蓮さんには」


 仕上げのように額に口づけられ、立ち上がる。お茶入れますね、と、隣の台所へ行ってしまった。


「邪魔するぞ」


 溌剌とした声が玄関から聞こえる。おれと優志朗くんは目を合わせて、笑った。



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