お友だち(偽) | ナノ

虎谷上弦の懐かしい話


 蓮さんは、一言で言えば謎の人だった。
 大柄でどこもかしこも厚みがあり、顔中で笑い、怒り、泣き、喜ぶ。一見わかりやすい人のようだが、その真意や心の中は何もわからない。
 繁華街の片隅で小さな診療所をやっていて、あらゆる人の診察をし、金がないと言われたら無償で構わないと言う。そうできる背後があったようで、実際に小さな診療所にはとても縁がなさそうな高級車に乗った人間や、一目でそちらの世界の人だとわかるような人が訪れていたことがある。

 蓮さんはときどき人を拾っていた。行き場がなさそうな人を見かけると放っておけないのだそうだ。
 そういう俺も、拾われたひとり。家について悩み、何もかもが嫌になって飛び出して、けれど行くところがなくてふらふらしていたら拾われた。まだ若い、自分とそう変わらない年齢の蓮さんに。
 養われ、しばらく家に置いてもらったことがある。狭いアパートに男二人、窮屈だったが妙に居心地がよくて、そこを離れたくないと思っていた。


「上弦は可愛いなあ」


 酔っ払うとそう言ってにこにこ。頭を撫でてもらえてうれしくて、髪に触るといつも同じことを言っていた。


「髪がきれいでいい。触り心地も、好きだ」


 俺は蓮さんに恋をしていた。間違いなく。傍にいて、姿を見て、話せるだけで幸せに感じた。だから言わなかった。
 蓮さんと一緒にいる時間は長く、でも実際、さほどではなかったようだ。

 拾ってもらったのは、雨が降る季節。夏の手前。
 家を出たのは、雪が解ける時期。

 それからしばらくして、俺は東道会将門組五代目組長を襲名。蓮さんは診療所を開所した。
 迷惑をかけたくなかったから接点は限りなくゼロにした。若衆を走らせ、診療所の様子をときどき窺わせるくらい。周りを探ったりは一切しない。

 やがて診療所に夏輔という赤ちゃんがやってきた。幸せそうに笑う蓮さんの腕に抱かれた写真を見て、俺も幸せだった。どこかの誰か愛する人と成した子ども、蓮さんに幸せが訪れているのだと、思ったから。
 もう、大丈夫。
 その様子を見て俺も自分の世界へ戻った。俺は俺の周りを、良くしなければ。やがて東道会を継いでやっていかなければならない。それも遠くない、話。


「蓮さんが死にました」


 伝えに来たのは無愛想な少年だった。まだ二十歳そこそこくらいの、眼光だけは妙に鋭い少年。一瞬夏輔くんかと思ったが、彼は「鬼島優志朗」と名乗った。
 蓮さんと出会った時と同じ、雨が降る季節。いつになく激しい勢いで降りしきっており、座敷の窓を叩いて騒がしい。
 そんな中、俺の目の前で正座をしている鬼島優志朗が何か覚悟を持っているのを、感じ取っていた。


「……なんで死んだの」
「夏輔さんを攫い、蓮さんを脅していた奴らが、蓮さんを車で轢き殺したんです。夏輔さんの目の前で」


 その目に青白い炎が宿るのを、見た。迫力を増し、とても常人ではないような目つきで俺を見る。


「それは、あの土地を欲しがっている暴力団です。関西系の、傘下の三次団体まで含めるとそれなりに大きい」


 名前を聞けばわかるような、それなりに歴史のある団体。うちよりは規模が小さいが、最近あちこちからちょっかいを掛けられているという愚痴を聞くようになっていた時期。
 鬼島は静かな声で言う。


「土地が欲しかった、というのは建前です。本当はあんたと関係があったから潰しに来たんだよ、虎谷上弦」
「そう思うか」
「あいつらは東道会と張り合ってる。しかも最近は外国人系とつるんで抗争の準備をしてるらしい。そのきっかけに、蓮さんを利用してるんだ。あんたが昔のお友だちの仇を取りに来ることを期待して」
「……そうか」


 ふ、と笑みを浮かべると、鬼島の目がより鋭くなった。


「あんたのせいで蓮さんが死んだ」
「そうかもしれないな」
「俺はあいつらもあんたも潰す。だから、あんたのところに入れてくれ」
「……なに?」
「損は絶対にさせない」


 鬼島優志朗、という名前を思い出した。
 繁華街にいるギャングやら暴走族やら半グレやらガキの王様。半端者中の半端者故に筋が無く、限度を知らない。そう言われていたから、この目の前の人間と結びつかなかったのだ。
 筋が無いとは思えない。わかっていて、それをやすやすと踏み越える。それは筋を知らない人間よりもよほど性質が悪い。こちらとあちらを行き来して、自分の都合の良いように立ちまわる。


「余所の方が都合がいいんじゃないのか」
「それじゃ意味がない」


 鬼島の中にどんな絵図が書かれているのか、想像はできない。が、俺にとっていい物ではないに違いない。それでも首を縦に振ってしまったのは、蓮さんの件があったからだろう。
 いずれ後ろから狩られる。そう思えば、気楽でもある。どこから来るか考えるよりも、後ろからだとわかっていれば。



「……別に、嫌なことをするつもりはなかったんだけどな」


 暗い自室で独り言。窓の外には丸くて白い月が浮かんでいる。
 夏輔くんが、全てを忘れていたとは。普通に暮らしていたと報告を受けていたし、様子も変わらなかったから、解っていて生活をしているのだと思っていた。
 おそらくその生活の裏にも、鬼島の手があるのだろう。
 五年前にいきなり、自分の後輩にやらせている会社のひとつで学校法人を一つまるごと買い取ったと聞いたときは何をしたのかと思ったけれど――それも夏輔くん繋がりだったようだ。まったく底知れない。蓮さんのよう。

 ふうと息を吐く。


「そんなところに立っていないで、こっちに来たらどう? 優志朗」


 暗い部屋の、闇が動いた。
 蓮さんだけではなく、夏輔くんにまで危害を及ぼしたと認識されているのだろう。向かいに座った鬼島は目元を険しくして、今にも飛びかかってきそうな獣の雰囲気。それをどうにか抑えられるくらいには大人になったようだ。


「ごめんね、夏輔くんを苦しめて」
「あんたにしては迂闊だな、あの子の周りについて知らないなんて。情報が全てだろ」
「……情報を抑え込んでいたのも、お前だろ? 優志朗」
「さあ」
「そうできるのはお前か、有澤くらいだ」
「有澤かもな」
「そうだとしてもお前だな」
「どっちにしろあの子に手を出すなって言った」
「どうしても気になったから。息子まで、夏輔くんの話をするし」
「……チッ」


 鬼島の目が、改めて俺を見る。


「本当は、あんたをどうにかしてやろうと思った。夏輔さんが攫われたってわかって」
「今、すればいい」
「できるわけない。そこに誰かいるんでしょう、俺に物騒なモン向けてるの、わかってる」


 そこ、と示されたのは、襖で区切られた続きの間。


「それに……夏輔さんが、悲しむかもしれない」
「は?」
「俺がいなくなったら、夏輔さん、泣く」


 そのときに鬼島が浮かべた笑みは、なんとも気味が悪いものだった。子どものように邪気がなく、けれど妙に気持ちが悪い――もの。


「今回の件で、夏輔さんは間違いなく俺に寄る。俺しか頼れる人は無いって……そうすればもう二度と離れないはずだ」
「……お前、もう少し純粋に恋しなよ。俺が蓮さんにしたみたいな、恋」


 ふん、と、鼻で笑う鬼島。立ちあがり、見下ろす。


「次はねえぞ、上弦」


 襖が閉まった。息を吐くと、するりと肩に腕が回る。


「あんなの、生かしておいていいんでしょうか」
「構わない。恋に必死で可愛いからね」
「引き続き、監視します」
「ああ。一応頼む」


 体温はすぐに離れて行った。
 



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