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鬼島のネクタイについて



「……ナツくん、どうかした?」


 会員制かつ一日数組限定の、幻と言われる中華料理に夢中になっていたはずのナツが急に箸を止めて鬼島を見つめた。タレでも零したかと下を見るが、いつものように真っ白のシャツと黒いジャケット、黒いベルト、黒いスラックスが見えただけで異常はない。
 改めてナツのほうに目をやれば、数回瞬きしたあとに首を傾げた。そのいかにも不思議そうなきょとん顔がまた可愛らしい。


「鬼島さんって、いつもネクタイしてないですよね」
「ん? ああ、そうねえ」


 大きな手のひらで自らの胸のあたりや首を触る。そこには何もない。確かにいつもスーツなのにノーネクタイなのは不自然なのかもしれなかった。


「できないわけじゃないんだけど、首周りが詰まるとどうも落ち着かなくってだめなんだよね」
「そうなんですか」
「うん。昔遊んだ女の子に逆恨みされて首締められたせいかな」


 ナツの箸の間から、揚げられた魚の白身が落ちた。口に入らず皿に戻る。


「……そんなこと、あったんですか」 
「昔はやんちゃだったからね。今は真面目にナツくん一筋だよ」


 にっこり、口元が笑う。長い前髪と黒縁眼鏡に覆われてかすかに見える目は今日も変わらずに鋭く、あまり動かない。
 ナツは鬼島の首元をまじまじ見つめた。白い、滑らかな肌、はだけたシャツから覗く鎖骨の線。美しい。


「……ナツくん? そんな目で見られたら、鬼島さん興奮しちゃう」


 言いながら視線を、ナツの手首へ。まるで物理的に触れられ、撫でられているような気分になって慌てて箸を離し、机の下に隠す。その頬はかすかに赤い。


「ふふ、綺麗な手首にネクタイが絡んだら素敵だろうね。動けないナツくんと仲良くするのもいいな」


 仲良く、を強調する鬼島の甘ったるい低音。それを聞いて困ったように俯く。


「……いやです、手首縛られるの」
「そう? 新しい世界が見えるかもよ」
「鬼島さんにぎゅってできません」


 赤い顔をしたナツがちらり、鬼島を上目遣いに伺った。


「ぎゅってできないと……こわい、から……」
「……そう」


 鬼島は笑いながら、杏露酒をちびちびやる。まったくナツには敵わない。



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