お友だち(偽) | ナノ

ナツしゅん 1



ナツが幼児退行しています。



*** 



 ナツが落ち込むことはときどきあった。よく寝たり、たくさんおいしいものを食べたら大体次の日には元気になっているのだが、今回は少し様子が違う。朝起きたときからぼんやりしていて、仕草が幼い頃のナツを見ているような気持ちになる。
 朝食を食べた後、うつらうつらと炬燵に入ったまま、また寝てしまったナツ。それを覗き込む鬼島のところに、食器を片づけにいっていた談が戻ってきた。

「どうしたんですか、鬼島社長」
「うーん……なんだか、ナツくんの様子が違う気がして」

 そうですね、と談が頷く。どうやら同じことを感じていたらしい。
 甘え直しかな、鬼島が呟いた。
 父親である蓮を早くに亡くしたナツは弁天町の人々から溢れんばかりの愛情と共に育てて貰ったけれど、それでも埋まらない『悲しみ』を背負っている。それで甘え直しかな、と鬼島は呟いたのだけれど、そうだとしても寝ている時間が長いし、だるそうだ。

「身体が辛そうだから、お医者さんに来てもらおうかしらね」
「嫌がりそうですけど……」

 談の言葉に「いけめんなら大丈夫でしょ」と言って、携帯電話を持ち上げた。ナツのいけめん好きは筋金入りなので、どんな状態でも拒みはしないだろうという気がする。眉間にわずかに皺を寄せて眠るナツを心配そうに見ている談。
 そして間もなくして、深山と連絡が取れた。と鬼島が電話を切った。

「すぐ来るってさ。何もないならないでよし、なにかあれば早期発見。嫌われようとナツくんの健康は俺が守る」
「歪なナツさんを好むかと」

 弱っているナツにつけこむようなことくらいはしそうだ。鬼島優志朗という人は。しかし意外にも、鬼島は首を横に振った。

「俺はどんなナツくんも好きよ。でも、俺じゃないことで苦しむ姿はあんまり好きじゃないかな」

 ――ナツの意識は深いところにあった。薄暗い中で浅く眠っているような感覚が続いている。鬼島や談の声はときどき、とぎれとぎれに聞こえてきた。動いている意識もあるのだが、どこか遠くてはっきりしない。自分が何を言っているのか、言葉を紡いでいるのはわかるが意味がよくわからなかった。ただ眠りたい。それが一番で、今はただここにいたいだけ、であった。

 さて、深山がやってきた。談から見れば鬼島のお友だち、と言いたいところだが深山本人がひどく嫌がるので知り合いということにしている。

「深山、朝早くからすまんね」

 玄関で出迎えた鬼島をじろりと見る、大きな目。

「気にするな。その分金取るから」
「しっかりしてらっしゃる」
「安い金しか取れねぇなら来ねぇし。お前またあの子になんかしたのか」
「いや? 心当たりはない」
「ふーん。まずは様子を見させてもらうから、普通にしててくれ」
「わかったー。談が適役かな」

 ちょうど二人で居間にいるから、と言って深山を案内する。障子を少し開けると、目を覚ましたナツが談にべったりになっているところだった。後ろから抱きつき、オレンジ系のブラウンに染められた髪にすりすりしている。

「いいにおい」
「そうですか?」
「うん」

 幼い様子で頷いたナツはふんふんと談のうなじあたりにすりついていた。可愛い、ナツくん。と思うが、深山が隣でじっと見つめているので口にはしなかった。

「だんくん、おとーさんは?」
「お父さんですか。まだちょっとお仕事で帰ってこられないみたいですね」
「しょんぼり」
「談くんがそれまで一緒にいますから、待ちましょう」
「んー……がんばるう……」

 お父さん、というワードに深山が反応した。鬼島を見る。

「本当は、対面で診断したほうがいいんだけどな。引っ込んじまう可能性もあるし、余計かたくなになる可能性もあるから今日のところは会わないでおく」
「深山がそれでいいならいいよ」
「あの様子だと、何かを目にしてそれに対する防御反応で退行を起こしてるかもしれない。余計なことは言わずに話聞いてやれ。焦るな。あの子自身の中であの子本来の人格が寝てる。もしかしたらあの状態の時の記憶が抜けてるかもしれねぇからうまーくフォローしてやれよ」
「難しいこと言うわね」
「できるだろ。嘘つくの得意だし」
「まあ、心外」

 薬、睡眠薬とか安定剤出しておくからあとで取りに来な。と深山が言う。それからまじまじと鬼島の顔を見て、深いため息をついた。

「なに?」
「朝一からお前の顔見ると胃腸の調子が悪くなる気がするんだ」
「あら失礼。他にしたほうがいいことある?」
「談でもいいし、お前でもいいけど。なるべく傍にいてやれ。強い孤独感がありそうだ」

 帰り際、今日の診断料はあとで薬取りに来たときに清算してもらう。としっかり言っていった深山。しっかりしてるわね、と鬼島が言うと「訪問してやるだけ親切だろうが。いつでも呼んでくれ、金づる」とにやり。しかしすぐ真面目な顔になり

「長く続いたり、回数が増えるようなら早めにかかれ。俺のところに」

 と言う。

「安くしてよね」
「気持ち次第だな」

 何の。お前の。
 そんな会話を鬼島と深山が繰り広げている頃、くいくいと談の腕をナツが引っ張っていた。

「どうしました」
「おそとにいきたい」
「寒いですよ」
「いきたい……」
「じゃあ、上着を着て行きましょうか」
「鬼島社長じゃなくていいんですか」
「だんくんがいい」

 ナツから談くんと呼ばれるのは新鮮だ。普段のナツと今のナツと、全然違って見えるから不思議である。どこかぼんやりした頼りない眼差しと不安そうな顔をいつもしていて、くっついてくることがとても多い。何かを求めるように。

「鬼島社長、お散歩行ってきます」
「ああ、うん。行ってらっしゃい。俺仕事に行くから、また夜ねナツくん」

 鬼島がナツの頭を撫でようとすると、いやっと談の後ろに隠れてしまった。鬼島は少しショックを受けた風によろりとする。

「いやってナツくん……そんな、ナツくん……小さいころはあんなになついてくれたのにナツくん……」
「鬼島社長、気を付けて行って帰ってきてくださいね」
「うん……」

 早く、とナツがせかすので、談は家を出た。

「風が強いですね」

 外はもう秋の風が吹いており、少し冷える。日光が暖かいとはいえ、もう汗をかくほどの気温にはならなさそうだな、と考えていた。ナツがゆっくり歩くので、歩幅を合わせながら。

「ナツさん、手を繋いでもいいですか」
「うん」

 手を繋ぐと、ナツの手はやはりとても冷えていた。家の中では温かかったのだけれど、手袋もさせたほうが良かったかな。ナツの目が見上げてきたので、目が合った。

「だんくん」
「はい」
「あきだね」
「そうですね。ナツさんは秋がお好きですか」
「すき」
「どうしてです?」
「どうして……くり、かぼちゃ、りんごとか、みかん」

 食べ物好きなのは健在か、と思いながら微笑む。そうですね、と相槌を打ち「おいしいものがたくさんですもんね」と受ける。ナツはこっくりと頷いた。

「だんくんは」
「オレですか。秋冬は好きですね。木の葉っぱが色を変えていくでしょう。それに寒くなってきた朝晩に毛布にくるまるのが好きですね」
「おとーさんがぎゅってしてくれる」
「そうですか」
「うれしい」

 はやくかえってこないかな、と言うナツが痛々しくて悲しい。談はなんとなくそうだろうと察している。今、目の前にいるナツはきっとその頃のナツなのだと。静かになってしまったナツに、談は何を言うこともできなかった。

 家に帰り、ナツの上着を預かる。手を洗ってうがいをして、ナツはまた炬燵で眠ってしまった。鬼島から深山が言っていたこと、とメッセージが来ていたので返信をしつつお茶を飲む。
 やはりそうだった、と思い、寝顔を見る。なんとなくあどけない、そんな寝顔だった。

**

「ただいまー。談ちゃん、何してるの」
「夕ご飯を食べたナツさんが再びお散歩に行きたいそうで、支度をして今から出るところです」
「鬼島さんも行こうかなー」
「いやっ」
「おお……嫌われている……」

 自分で言いながらダメージを受けたらしく、朝と同じようによろりとする。このナツはどうやら鬼島のことがお気に召さないようだ。徹底的に避けている。嫌がっているというよりは嫌っている、という表現が正しそうである。

「ナツさんは鬼島社長が苦手ですか」

 吐く息が白くなる夜道、ほわほわと立ち上がるそれを眺めつつ、ナツにたずねる。手を繋いで歩くナツははっきりと言い切った。

「きらい」
「どうしてですか」
「……ナツを、置いていくから」

 なるほど、と言ってしまいそうだった。幼いナツの前からもいなくなり、大きくなったナツの前からもいなくなった。本人にとって『いなくなる』『失う』ということがとても恐ろしいのだろう。そうなると、激しく拒否する姿も自然なように見える。また置いていくんでしょう、そんな気持ちがナツのどこかにあるのかもしれない。
 なんとなく元気がなくなってしまったような気がするナツに話しかける。

「ナツさん、星がきれいですよ」
「うん」

 見上げたナツの目に、きらきらと夜空にまたたく星が見えた。きれい、と言うナツに微笑った談。

「ナツさん、ひとつ取ってあげましょうか」
「え?」

 ぴょん、とジャンプして空中に手を伸ばした談が、掴む。

「はい、どうぞ。食べるとおいしい星ですよ」

 見せられた談の手のひらには、ころりと可愛らしい金平糖。ナツが驚いたように目をぱちぱちさせ「どうやったの」と聞く。談は内緒ですと笑うだけ。

「まだまだたくさんありますからね。食べてください。元気が出ますよ」

 ぱらりとナツの手に落とされる星のかけら。ひとつつまんでナツが口に入れた。ぽり、と噛んで「おいしい」と笑う。ナツの笑顔は相変わらず可愛らしくて、今のナツはより無邪気な笑顔のように見えた。
 ぐるりと近所を一周して家に帰り、一緒にお風呂に入って寝る前の薬を飲むときにナツが少しぐずった。薬が嫌だったようだ。ふむ、と考えた談はそうだとひらめく。

「じゃあ、オレも一緒にお薬飲みますから。ナツさんも飲みましょう」
「いっしょに?」
「ええ、一緒に」

 引き出しから出した錠剤をぱちりとPTPから取り出して、先に飲んで見せた。

「さ、ナツさんもどうぞ。薬を飲んだらもれなくオレの添い寝がついてきますよ」
「いっしょにねてくれる?」
「もちろんです」

 うぐぐ、となりながら薬を飲んだ。えらいですねと頭を撫でられ、むふんと達成感のある顔をする。可愛い。
 安定剤と睡眠薬が効いてきたのか、ナツは早い時間に眠った。
 様子をしばらく見てから隣を抜け出す。居間で鬼島がちびちびと酒を飲んでいた。テレビも消えていてナツもいない、静かな空間で。

「ナツくん、寝た?」
「寝ました」
「そう」

 眼鏡を外して完全オフ、といった様子の鬼島の冷たい目が談を見る。

「どう?」
「そうですね……幼いナツさんは寂しんぼ、という感じです。全然離れたがらないし、甘えたがりで」
「ふーむ、ナツくんが小さいときに本当はそうしたかったのかもしれないね」

 鬼島が思い出すのは、いつも絵を描いたり絵本を読んだりしていたナツ。鬼島が出掛けようとすると先回りして「ますたーと遊んでくる」と家を出て斜め前のバーに行ってしまった。聡い子だった。父親の蓮がいなくてもあまり「寂しい」とも「つらい」とも言わない。しかし、あの頃の聞き分けが良すぎただけで本来ならば今のナツが自然なのではないか。と考える。甘えたいだけ甘えて、嫌なことには嫌だと言って、べったりと人に懐く。
 鬼島は談を見た。

「しばらくよろしく頼むね」
「お任せください」
 


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