お友だち(偽) | ナノ

山賊と鬼と天使の共同生活 夏祭り


 
然(ぜん)
真遠(まとい)
睡(ねむり)


***


 珍しく蓮が休みを取った。
 診療所のドアの貼り紙にはこんな文面がしたためられている。
『今日は夏輔と夏祭りに行きます。だから休診。夏輔が悲しむため、みんなも羽目を外さないように』
 このように書かれては、誰も文句は言えない。その日の弁天町は珍しく静かだったそうな。

「夏輔、浴衣着られたか」
「きられた!」

 アパートの二階に住むおねーさんが作ってくれて着つけて貰った浴衣をくるくる回って自慢そうに見せながら蓮を見上げる。ふんす、と嬉しそうな夏輔を見て、蓮は可愛さ過多で倒れそうだ。

「んんーエンジェルベイビーちゃんが今日も可愛いぜえ」
「むふ」
「エンジェルにちゅー」

 もさもさと髭を蓄えた蓮に抱っこされ頬にキスをされて夏輔はきゃーと歓声をあげた。

 蓮と優志朗も甚平を仕立ててもらったので、それぞれ夏輔と同じ柄で違う色のものを着ている。蓮は白、優志朗は藍色、夏輔は青だ。花の絵も入っていて、まるで親子三人といった様子。

「優志朗は行くとこねぇのかよ。俺ぁエンジェルとふたりきりで行くつもりだったんだが」
「蓮さんと夏輔さんの写真係ってことで連れて行ってよ」
「仕方ねぇな」

 そう言いながらも、優志朗も一緒に行くことができて嬉しそうな蓮に、優志朗は眼鏡を押し上げる。夏輔が優志朗の絵を描きながら、優志朗くんは目がちょっと怖いからあ、と言っていたのが気になって掛け始めた伊達眼鏡である。夏輔のためならえんやこら、なんでもする勢いの優志朗。

 弁天町の夏祭りは、各協賛店舗が露店を出す。
 なので知っている顔ばかりが屋台を開いていた。かなりの数の店舗が協賛しているので屋台の数も多い。そして夏輔のことを知っている人間ばかりなので声を掛けられることもしょっちゅうだった。あっちこっちから「蓮先生! 夏輔! 寄って行きなよー!」と声を掛けられた。
 大通りの一本裏手でやっているので車は入らず、街灯の代わりに今日は提灯がぶら下げられている。空気は、昼間の暑さも些か残っていてたまに吹く風が涼しい。夏祭りの雰囲気満載だ。浴衣を着て歩いている人たちも弁天町の人が多く、やはり顔見知りが多い。

「蓮先生、夏輔、お好み焼き食え!」

 にこにこと話しかけてきたのは、普段和菓子屋で働いている然だった。眼鏡で短髪、今日は明るい赤色のはっぴを着てお好み焼き屋に変身していた。喧嘩で運ばれてきて蓮が説教しながら助けた患者のひとりだ。今は爽やかな眼鏡の似合うお兄さんで、夏輔もよくなついている相手だ。

「然くん、一枚くーださーいなー」
「おう。夏輔用に小さいの焼いてやるからな。蓮先生、お代はいらねぇよ。端っこみたいなでかさだし」
「そういうわけにはいかねぇだろ」
「いーって。その代わり今度喧嘩したら診察代ただにしてよ」
「そっちのが高いわ」
「はは、嘘だよ」

 ナツが一番仲良しの真遠は射的屋をやっていて、蓮に抱っこされて的を狙うがなかなか当たらない。真遠が場所を移してくれたが当たらない。

「むむ……おとーさん、どうぞ」
「責任重大だな」
「じゅうだいですぞ」
「蓮先生だからちょっと遠目にしようかな。腕長いもんね」
「おいおい真遠」
「嘘だよーこのまんまにしておいてあげる」

 この時に取ったこげ茶色のくまちゃんのぬいぐるみは長い間、夏輔の相方だった。片手に抱いて歩く姿に弁天町の人間及び蓮、優志朗は可愛いと胸がきゅんきゅんしっぱなし。

「蓮センセー、夏輔、寄っていけ」

 ひっそりと声を掛けられた。ささっと夏輔が蓮の後ろに隠れる。

「睡、珍しいなお前が夏祭りに出てくるのは」
「初めてだ。蓮センセーたちが来ると聞いてなあ。たまには出てやろうかと」
「こりゃ何屋だ」
「骨董品屋だ。うちにあった適当な古いものを出している。フリーマーケットだと思えばいい」

 適当な、とは言うが、高価そうなものばかりが並んでいた。
 遥か昔からやっていた妓楼に残っていたものとなれば値打ち物が多いだろう。それが500円均一でたたき売りされている。はあ、と蓮は溜息。もじもじしている夏輔がちらりと覗いて、睡と目が合い微笑まれるとまたささっと隠れてしまった。

「夏輔、ほらきれいなものがたくさんあるぞ。一個やろう」

 甘やかなかすれ声で話しかけられて、すす、と出てきた夏輔。睡と目を合わせないようにしながら並んでいる品物を見る。この町の人間は夏輔から金を取る気はねぇなと諦めモードの蓮、一個選ぶ夏輔を見守る。

「これにする……麦わらぼうしにつけるの」

 蝶々を模った小さなブローチ。

「なかなかお目が高いな、夏輔。それは昔、うちで一番だった者が客から送られたものだと伝えられている。出すところに出せばそれなりの価値がつくぞ。蓮センセー、金に困ったら売ると良い」

 ぎざぎざの歯を見せて妖しく笑う睡に、ネムちゃんありがとうまたね、と夏輔がまた隠れてしまった。

「おとーさん、はなびだからだっこ」
「おう。エンジェルベイビーちゃんには一番良席で見てもらわなくちゃな」

 花火の時間になり、打ち上げ場所になっている橋の傍までやってきた。夏輔は蓮に肩車をしてもらってきゃっきゃと喜び、そんな嬉しそうな姿を見て蓮も満足げである。
 打ち上げ花火は何発もあり、色々な色に光る夜空を親子はおおーと同じ反応で見ていた。

「エンジェル、今日は楽しかったか」
「たのしかったー!」

 帰りの人込みの中で、肩車をされたまま夏輔はにこにこ。
 その日の寝る前、夏輔の日記にはこう記されていた。

「おとーさんとゆうしろくんといっぱいいっしょにいてたのしかった」

 色とりどりの人間らしきものが余白に描いてある。大きい丸が多分蓮で、花火を見ているところを描いてあるのだろう、と蓮は推察。一緒に寝ながら「来年も一緒に行こうな」と約束をした。夏輔は元気いっぱい頷いた。

 弁天町では空気扱いの優志朗は本当に写真係になっていた。いろんなシーンを収めた写真たちは数多く。手をつないで歩く後ろ姿、お好み焼きを食べる夏輔、かき氷を親子揃って大口で食べる姿、花火を見上げる蓮と夏輔の横顔。他にもたくさん。





「おあ、ナツくーん。懐かしい写真と物が出てきたよ」

 書斎から声を掛けると、なんですかあ、とナツが小走りにやってきた。

「夏祭りの写真と、蝶々のブローチ。蓮さんが箱に一緒に入れて取っておいたみたい」
「はわー! おとーさんがいっぱい!」

 嬉しそうに写真を眺めるナツを見て、写真係に徹していて正解だったな、と鬼島は思った。記憶も大事だが、形に残しておかなければならない瞬間もあるということだ。

「あ、この浴衣って絵が描いてあったんですね。気付かなかったな」

 きれいな花です! とナツが笑う隣で、それぞれの浴衣や甚平に小さく描かれた花を鬼島は検索してみた。それはサネカズラの実と花のようで、花言葉を調べてそうなればいい。と思った。
 この夏祭りに行った年、蓮は亡くなった。
 なのでまた来年行こうという約束は果たされないまま。ナツはそれから何回も真遠やマスターに連れられて行っただろうが、鬼島とは行ったことがない。
 ナツが顔を上げ、鬼島を見てにこにこ笑う。

「今年は優志朗くん、一緒に行きましょう。夏祭り」
「……そうだね。そうしようか。談も連れて」
「行きましょう!」

 ちなみに蝶々のブローチを試しに鑑定に出してみた。
 すると名のある巨匠が作ったものだとわかり、とんでもなく高額の値がついた。ナツの目玉が飛び出したほどの高額である。

「ねねねねネムちゃんに返しましょう」
「貰ったものだし、いいんじゃない? もし路頭に迷ったら売ろうよ」
「いいのかなあ」
「いいんじゃない」
 


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