お友だち(偽) | ナノ

53 有澤譲一朗狙撃事件 完


「残念だ」

 悲しそうに上弦が言った。
 目の前にいるのは、長年『東道会』の役に立ってくれた人間だ。今は水若によって後ろ手に縛られている。証拠になるライフルも既に上弦の隣に置いてあり、押収済み。
 じいと上弦に見つめられ、ふい、と視線を逸らすその人物。
 その態度は水若の気に入らなかったようだ。特に表情は変わらないものの、素早くライフルを手に取り弾をこめる。更に照準をまだそっぽを向いている男のこめかみに合わせようとするのを、落ち着きなさい、とたしなめられた。

「水若、殺してしまってはいけない」
「しかし」
「部屋が汚れるからよしなさい」

 いい子。と言われ、ようやくもう一度、同じ場所にライフルを下ろした。水若としても部屋が汚れるのを嫌がる上弦にのちのち「こら」と叱られるのは嫌なことである。しかし不満そうな横顔を見て、上弦はわずかに苦笑した。
 そして改めて、男を見る。

「どうして裏切ったのかな? とても悲しい」
「……総長が」
「うん」
「水若が来てから、そいつばっかり傍に置くから」
「そう」
「どうして俺を見てくれないんですか。あんなに一緒にいたのに」
「それはね、社。残念ながら水若のほうが優秀だから、だよ」

 男は――社は、呆然としたように瞬きをする。上弦は残酷なまでに優しく笑った。

「水若はお前みたいに愚かではないしね」

 壁を、家を、撃って回るような真似は絶対にしないよ。と笑う。

「もし憎くなったら、水若、どうする?」
「――総長を殺害して、私も死にます」
「百点だね。花丸あげよう」
「ありがとうございます」

 褒められて嬉しそうな水若は可愛らしい。そちらを見てまたにこにこして、それから二度と社の方を見ることはなかった。

「あとはよろしくね」

 と言っていなくなってしまったからだ。それからすぐに直来を含めた警察がやってきて、社は連行されることとなる。

「もし有澤さんを殺害していた場合、総長はどうなさったのですか」

 全てのことが済んだ後、上弦に尋ねた。

「どうしただろう。譲一朗の代わりはあまりいないから……大至急、誰を次に立てるか考えたかもしれない」

 悲しむ、でも、怒る、でもなく次を考える。
 では自分が殺害されてもそうなのだろうか、と水若は考え、少し悲しい気持になりながらそうですかと答えた。上弦ならばきっとそう答えるに違いない。

「……今回、どうして社さんは私を狙わなかったのでしょうか」
「わかってたからだよ。お前には敵わない、自分では代わりにならないってね。憂さ晴らしにあちこち撃ってみたけど、ますますストレスは溜まっていったんじゃないかな」

 なるほど、と頷いて空になった湯呑みにお茶を注ぐ。
 いやーよかったねえ、と椅子に座っている上弦が水若を見上げて笑った。

「もしこれで水若が殺されてしまっていたら、逆上してすぐに社を裏の滝にでも沈めていたかもしれない」

 そんなことにならないでよかった。そんなことを言うので、珍しく水若の頬が真っ赤に染まった。可愛らしい反応に、上弦の笑みも深くなる。



「……いや、ちょっと待ってくれ北山。ますますなんで俺が撃たれたんだ」
「有澤さんが死ねば東道会は混乱に陥るでしょう。あちこちが小競り合いしながらも争いにまでならないのは、有澤さんの監視と鶴治組あってこそですからね。誰が撃ったかわからない状況は混乱と無秩序を引き起こします。誰がやった、お前がやった、とね」

 なるほど、と澤本松弥医師が頷く。

「社さんの目的は混乱に乗じてもう一度自分を傍に置かせることだった?」
「そうかもしれませんし、ただ混乱を収められない総長を見て笑いたかったのかもしれません」

 満和は、社さん……と思い出そうとしたが無駄だった。虎谷邸に遊びに行くときはいつも夜山がいて、他のお兄さんたちには出会ったことがない。ただ夕飯の時間に、上弦と水若が同席していたことはあったので、その二人の顔はすぐに浮かんだ。ぼんやりと「ナツは会ったことあるのかなあ」と考える。確か鬼島がそのように言っていた。「ナツが悲しまないといいな」とも、少し思った。

「で? 俺の頭を狙った弾を逸らして、わざわざ俺の腹に穴をあけた理由は」
「どこかに当たらないと不自然かなと思いまして。あと日頃の恨みも少々」
「恨みがあるのか」
「ぼくはあります」
「満和きゅん……ひどいじゃないか満和きゅん……」

 泣きだしそうな熊を横目に、北山が説明を続ける。
 盗聴器をつけたのは、自分を通して有澤の動向を探るため。
 自分が自白のような芝居を打ったのは、社を混乱させて動きを止めるため。

「しかし峰太はよく気付いたな……芝居だって」
「峰太さんは、俺をよく見ていてくれていますから。普段と少し違う様子を見せればわかってくれると信じていました。どこかの誰かさんは素直すぎて無理だと思います」
「北山、今日は妙に棘があるじゃないか」
「そうでしょうか」

 そんなやり取りを見ながら、ようやく怒りが収まった満和はふうと息を吐いた。
 なんにせよ、有澤と北山が無事ならばそれでいいか、と思えるようになってきたからだ。二人が軽妙に話す様子を見て、なんだかようやく日常が戻ってきたようだ、とも思え、ほっとする。
 長いようで短いような、この数日間。
 有澤は元気そうだし、北山は無事そうだし。
 しかし、そこで満和ははっとする。

「北山さんは、有澤さんを撃ったことで何か罰を受けなければならないのでしょうか」

 北山が微笑う。

「何のために有澤さんの身体から弾丸を摘出させたでしょうか」
「えと……たまたま残ったんじゃなく?」
「わざわざ社の倍以上の狙撃距離を取って有澤さんを撃ちました。身体を貫通しないように」
「うーん……あ、弾丸を摘出させて証拠にするため?」
「正解です」

 澤本医師が笑う。

「お預けした直後に、これ警察に渡しといてねまつぴ、と同じシャーレに違う弾丸を入れて寄越してきました。どうやって有澤さんの微物やなんかを移したか、今までの狙撃と同じ弾を手に入れたのかわかりませんが……鬼島さんは追及しても『内緒』としか言わないでしょうからね」
「俺に不可能はないのだ、とか言いそうだよなあの人……」

 確かに、と満和も思ってしまった。
 不思議なほど暗躍するのが上手な人だ。鬼島ならば国一つ滅ぼせるのではないかと思うほど、陰に日向に移るのがうまい。そして自分が絡んでいる可能性は一切残さない辺り、さすがである。

「昔からそうなんだよな、鬼島優志朗は」

 有澤の呟きを聞き、あんな人がお友だちにいたら嫌だな、などと思いつつお茶を飲む。
 松弥が淹れてくれた緑茶は透き通っていておいしく、香りが良かった。北山や有澤とはまた異なる、飲みやすい温度のおいしいお茶であった。





「あーりん、退院おめでと。お花いる?」
「いりません」
「あららー。せっかく退院祝いに来てあげたのにその態度?」

 退院してからもしばらくは安静にしているように言われたので、布団にもぐり、読書をしていた有澤のもとに現れた鬼島。へらへらといつものように笑っている。勝手に畳の上に座り、お茶はまだかしらーなどと言ってリラックスモードだ。

「鬼島先輩、今回おとなしかったですね」
「心外。要所要所で骨折ったつもりだけど?」
「失礼しました。よく手を出す気になりましたね。警察のお手並み拝見、とか言っていたはずでは」

 まあねえ、と読めないいつもの表情で、若衆が運んできたお茶を飲む。あちち、と言いながら湯呑み越しに有澤をちろりと見た。その視線の冷ややかなこと。

「一応俺の中にもお気に入り枠があるからね。お気に入りの熊さんに手ぇ出されたら黙ってるわけにもいかないでしょ。一応お役に立っておこうと思うじゃないの」

 俺も人間なんでねとへらへら言って見せる。本当にそう思っているのか否かは鬼島本人にしかわからない。けれどその視線にぞわりとしてしまった有澤はただ「そうですか」とだけ返しておいた。

「もし、社が虎谷上弦を殺していたら?」

 それが一番早いはずなのにそうしなかったのは、社の情が深いわけでもなんでもない。狙うに狙えなかっただけのことだろうと有澤は読んでいる。まるで警戒心を持っていないのは上弦だけであり、その傍にいる水若は常に気を張っているし、事あるごとに夜山も周りをうろついている。案外とひとりになることも、少人数になることも少ない。
 何より水若や夜山が傍にいる際に仕損じれば、上弦に何をされるかわかったものではない。そのことを知り尽くしている恐怖が却って社の足を止めさせたに違いなかった。

 全てを踏まえて、もし社が上弦を殺していたら。
 何の気なしに問いかけた有澤だったが、一瞬鬼島の顔に浮かんだ表情に戦慄する。

「さてねえ。どうしただろう」

 全く思い浮かばないなあと嘯く鬼島に、それ以上もう聞く気にはなれなかった。

「あれ、今日満和くんは?」
「いますよ。北山と一緒におかゆを作るんだーと頑張っています」
「あら可愛い。覗きに行こうかしら」
「鬼島先輩は嫌われてるから行かないほうがいいです」
「嫌われてる……本当にねえ。なんであんな俺のこと嫌いなのかな」

 鬼島の前に鏡でも引きずってきてやろうか、と思う有澤であった。

「あ、そういえばこれ、請求書」

 内ポケットからぺろんと出てきた請求書。そこには

「相談代として……なんですかこれ!」
「相談代だけど。満和くんがあーりんからもらってねって言ったもんね」

 きちんと『Kホールディングス』と社名と社判まで押してある、正式な請求書。法外な値段に目を白黒させている有澤のところへ「できました!」と満和がぱたぱたやってくるまでもう少し。
 今日も無事、平和な有澤家なのであった。


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