お友だち(偽) | ナノ

52


 満和が有澤邸に戻り、北山の自室を訪れると既に鬼島が言う『ナオライ』の姿はなかった。車の音がしたので出て行った直後なのかもしれない。
 がらんとした部屋の中で、いつもここに来れば必ず北山がいたのにな、と思う。
 すぐにこちらを見て「どうしましたか、満和さん」と言ってくれた。少しだけ微笑んで。
 恰好が良く、いつも大人な北山のことが大好きだ。今も、昔も、ずっと味方でいてくれている北山。きっとこれからも。

 はっ、警察に連れていかれてしまったのかも。

 それをようやく思いつき、玄関に急ぐ。それは誤解なんですって言わないと。
 あせあせする満和の後ろから、声がした。

「満和さん?」

 どちらへ、と聞きなれた声。振り返るとそこに、北山が立っていた。

「先程、峰太さんがお帰りになったのでお湯呑みを洗っていて」
「……北山さん」
「はい」

 まるで何事もなかったかのような北山の態度に、むんっ、と満和の頬が膨らむ。

「だましましたね」
「騙したつもりは。真実をお話ししましたよ」
「でも事実じゃなかったでしょう」
「……優志朗に何か吹き込まれましたか」

 困ったな、と全然困っていない風に言う。まさに鬼島優志朗の『兄貴分』にふさわしいその飄々たる口ぶりは貫禄と年季を感じた。

「ぼくみたいな単純な子どもはだましやすいですかっ」
「素直で大変結構かと」
「ぼくのこと、一生だましておくつもりだったんですか」
「騙したつもりはないのですが、いずれ裏側はお話しするつもりでしたよ」

 軽やかに反論され、言うことがなくなってしまって「もう、もう!」としか出なくなってしまった満和の肩を撫でる優しい大きな手。

「結果的にそうなってしまったのは申し訳ありませんでした。ただ、あの場面ではああ言うのが正解だったんです」
「せいかい……?」

 北山が左手側のスラックスのポケットを探る。

「……とうちょうき?」

 有澤が満和の部屋に仕掛けたそれを北山が発見して踏み潰している姿を何度も何度も目にしているので、わかった。四角い、手のひらどころか指先に乗ってしまうほど小さな黒い物体。ぴょこんと短いアンテナが飛び出している。

「こちらが、自分の部屋に仕掛けられていたものですから。もう用済みになりましたので見ての通り回収しましたけれど」
「じゃあお父さまとの会話も」
「全て演出……と言いましょうか、即興芝居のようなものですね。峰太さんは全てわかった状態で乗ってくれたんですが、まあ芸が細かい。手袋まで用意していただいて」

 さすがです。と笑う北山に、しゅるしゅると満和の頬から空気が抜けた。

「用が済んだってどういうことでしょうか」
「峰太さんとお話して、直来さんが――直来さんは警察の方なんですが、気付いたようです」

 隠語というのは便利ですねえ、と言ってのける。満和としては納得いかない思いが強い。

「おやどうしました満和さん、頬がまたぷくぷくしてきましたが」
「北山さんの口から、一から十まで全部説明してください!」
「わかりました。それならば有澤さんのところへ行きませんか。有澤さん自身も今回の顛末を聞きたいはずですので」

 有澤のところへ向かうこととなった満和は着替えをして、よそ行きの着物になった。お似合いですよ、といつものように北山に褒められたが、ぷんっと無視をする。のしのしと車に乗り込み、動き出した車窓をずっと眺めている。無言で。それを時折ルームミラーで見ながら苦笑い。

「さ、着きましたよ」

 ちんまりとした外観の個人病院へ連れてこられ、ほう、となった満和、北山に先導されて正面玄関から入る。名札のない病室のひとつのドアを手慣れた様子で開け、満和に入るよう促した。

「み、満和くん……来たのか」
「来ましたが、何か?」

 いけませんか、と虫の居所が悪い満和が冷ややかに言う。八つ当たりよくないと思いながら椅子に座るがぷんこぷんこと怒りが止められない。嘘をついた有澤も、真実を話さない北山も、どちらにも腹が立って仕方がなかった。
 まあいいか、子どもだもの。
 そう決着することにして、ぎろりと大きな目で有澤をにらみつける。有澤はたじろぎ、北山に目をやったが「今日の満和さんは止められませんよ」とあっさり返されてしまった。

「そもそも有澤さんが撃たれるのがいけないんです!」
「えっ」
「てい!」

 満和の精一杯の攻撃が有澤を襲う。そよ風に撫でられる程度の手の甲へのつねり加減だったが、今までこのようなことをしてこなかった満和からされた、ということで有澤のショックは強い。

「有澤さん、なんで撃たれたんです?」
「心配はしてくれないのか……?」
「嘘をついたことも許せません! それで心配してくれなんて都合がよすぎると思いませんか」
「それはそうだが」
「有澤さんも北山さんもひどいです! ぼくをだまして!」

 ふんだ! と病室を飛び出した満和。全てを聞かなくていいんだろうかと思いつつ北山はその小さな背中を見送った。今頃、たぶん澤本医師あたりにぶつかっているだろう。そんな想像をしながら有澤を見る。

「北山さんもなんかしたんですか」
「ええ。ひどく怒らせてしまったようで」

 穏やかに笑いながら言い、椅子に座る北山。
 長い足を組み、有澤に「痛いですか」と聞く。珍しく心配してくれているのか、と思いながら「今は大したことないです」と告げると、北山があっさり言った。

「撃ったの俺だ。すまんな」

 おそらく過去を振り返ってもこんなに色々な思いが詰まった「は?」を発したことはなかっただろう。困惑や、戸惑いや、謎や、言っている意味がわからない――様々な思いが詰まったそれを聞いたくせに、北山は

「しかし譲一朗が頑丈でよかった」

 とさらりと言う。

「おま……は?」
「謝っただろう」
「いや、え?」
「謝ったからチャラだな」
「は? いや、そんなわけないです」

 俺、腹に風穴あくところだったんですよ。
 あいてないだろ。

 そんなやり取りをしている最中も有澤の頭の中は今回の件をフル回転で考えていた。けれど当然答えが出るはずもなく。
 有澤も決して頭が悪いわけではないが、北山の思ってもみなかった自白についていけないのである。哀れな有澤は、澤本医師の自己紹介を受けつつお茶を淹れてもらっている満和が戻るまで今回の件の事実はおあずけなのであった。


[*prev] [next#]
 


お友だち(偽)TOPへ戻る

-----
よかったボタン
誤字報告所



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -