お友だち(偽) | ナノ

無題の関係 11 過去の話


「蓬莱ってさ」
「うん? なぁに」


 台所で野菜を刻む談くん、部屋で台本を読む俺。この日常的な中に、談くんがとんだ爆弾を放り込んだ。


「オレと再会するまで童貞だったの?」
「……ふぁ?」
「だーかーら、抱いたり抱かれたりした経験はなかったのかって聞いてんの」


 急に言われて頭がついて行かなかった。だいたりだかれたり? どーてい? 頭の上にしばらく浮かんでいたそれらの言葉。ようやく意味を飲み込み、はぁ!? と大きな声を出すと、今更かよ、と笑った。


「で、どうなの実際んとこ」
「も、黙秘します」
「黙秘権はありません」


 ばっさり言われて頭を抱える。なぜ今そんなことを聞くんだろうか。


「なんで聞くの」
「んー、知りたくなったから?」


 刻んだ何かを鍋に入れ、火を調節してこちらにやってくる。向かい合うようにして座った。その顔はにやにやしていて、明らかに楽しんでいるようだ。


「どうなの、蓬莱」
「過去にいたよって言ったら?」
「嫉妬するかな」


 どうしよっかな、と言う談くんは楽しげで、俺の過去はどちらでも良さそうだった。だからついついいたずらごころが湧いて、ちょこっと突っついてみようなどと思ったりして。


「談くんの前にもいたよ。五人くらいだけど」
「一般人?」
「同じ業界の人。だったから楽だった。秘密厳守だし、どっかで会おうって決められるし」
「そうか」
「だから談くんとお付き合いし始めてあっち行ったりこっち行ったりって新鮮だよ。今までやってこなかったから。えっちなことも、積極的な人がいなかったから談くんみたいな人、初めて」
「抱いた? 抱かれた?」
「どっちも、かな」
「ふーん」


 談くんの目が細くなる。笑っているわけではない。何かを狙うような、猛禽類さながらの獰猛なそれ。急な変化に戸惑っていると、まさかの返答がやってきた。


「オレにも抱かせてよ、蓬莱」
「へぁっ!?」
「抱かれたことあるんだろ」
「ちょ、談くん! 目が怖い!」
「幾つんとき? どんな奴?」


 何が談くんのスイッチを入れたのかよくわからなくて後退り。するとその分にじり寄ってくる。深い襟ぐりから乳首が見えても、そこのピアスのきらめきよりもぎらぎらとした談くんの目が怖すぎてそれどころではなかった。


「談くんちょっと待って! 何が気に入らないの」
「別に気に入らなくねぇよ」
「そんな顔してるのに!」
「あ? どんな顔だよ」


 怖い顔! と言うとようやく腰を下ろし、そんな顔してっかな、と頬に手を当てた。そこでようやく目のぎらぎらがとれ、見知った顔になって安心する。


「気になるだろ」
「うん?」
「蓬莱の見たことねぇもん。抱かれて喘ぐ顔とか。知らねぇの、嫌じゃん」
「談くん、それは嫉妬だよね……?」
「意外としちまったな、嫉妬」


 ふふ、と笑う談くんはいつもみたいに可愛くて、俺といえば少し嬉しかった。普段嫉妬心を見せない談くんがこうはっきりと妬いてくれて嬉しかったからだ。……かなり怖かったけれど。なので、真実を口にする勇気が湧いた。


「本当はないよ」
「ないって」
「談くんに再会するまで、そういう経験なかった」


 本当だよ、と告げると談くんは驚いたような顔をして、それから少し笑った。


「なのにあんな手慣れてたのか。怖いなお前」
「手慣れてないよ、毎回心臓飛び出しそうだったんだからっ。今でもそうだけどっ」
「そうかそうか。談くんのためにとっといたのか」
「……そうだよ」


 いつか会えるかもしれない、いつか叶うかもしれない。そう思うほどに、抱いたり抱かれたりを経験する気にはなれなかった。どちらにせよ初めては談くんが良かったのだ。


「気持ち悪い?」


 尋ねると談くんは、首を横に振る。


「いや、嬉しい。そこまで思われて悪い気はしねぇだろ誰だって」
「そうかな。会えるかもわからない相手に執着しすぎじゃない?」
「その執着心が、オレには心地いいよ」
「だったら、よかったけど」


 探るように見ると、本当だって、と俺の髪を両手で撫でてくれた。


「談くんが恋人になってくれたこと、未だに信じられないんだよ」
「信じろよ」
「だってずっと片想いして来た」
「両想いがすれ違ってな」
「談くん、好きだよ」
「オレは愛してるよ」


 愛してるよ、ともう一回繰り返してくれて、キスをしてくれた。触れるだけの甘いキスを何度か。ちゅっちゅ、と音をたてて離れたそれ、こつんとぶつけられた額。


「蓬莱に出会えてよかった」
「うん。俺も」
「……お前は聞かないんだな」
「なに?」
「オレの過去の話」


 聞きたいような、聞きたくないような。だって談くんの過去にはきっといろんなことがある。嬉しかったこと辛かったこと、それこそ俺の比にならないくらい色んなことがあっただろう。それを思うと。


「……ごめんね。自分勝手なんだけど、俺、まだ談くんの過去に向き合う準備ができてないと思う。準備ができたら聞くから」
「聞かれたときは何も隠さねぇから」
「うん。ごめんね談くん」
「謝るな。無駄に厚い過去持ってるオレが相手なんだから仕方ねぇよ」
「うん」
「でも一つだけ、言っておく」
「なに?」


 談くんのいたずらっぽい目が、俺の目を覗き込む。


「好きな奴に抱かれたのはお前が初めて。だから最高に気持ちいいセックスってやつも、お前が初めてだから。そこだけは知っといてな」


 ぼふん! と音が出そうなくらい真っ赤になっただろう俺の、後頭部のあたりを撫でて談くんが笑う。よく笑う談くんの顔がこんな間近にあって、赤面をこんな近くで見られて嬉しくて恥ずかしい。


「蓬莱真っ赤」
「見ないで……」
「可愛いな、本当にお前は。たまらん」


 抱きしめられ、抱き返す。最高に気持ちがいい、と言うならこの行為だってそうだ。談くんに抱きしめられて初めて俺は人の温もりがこんなにいいものだと知った。今までどんな役柄で誰を抱きしめても、無機質な何かを抱きしめているようで全くなんの感情も起こらなかった。それが、談くんに抱きしめてもらうだけで全然違う。どきどきしたり、安心したり、昂ぶったりするのだ。


「談くんのこと、ずっと好きでよかった」
「それはオレも同じ。蓬莱を好きでよかったよ」
「いつから好きでいてくれたの」
「気付いたのは最近だけど、多分ずっと前から」


 ずっと前から、その言葉だけで嬉しい。曖昧だけれどそう気付いてくれただけで充分だ。談くんの細い腰を抱き寄せて、今度は俺からキスを送る。


「談くんが好きすぎてどうしよう」
「どうしようか。そのままでいてくれるとオレは嬉しいんだけど」
「じゃあこのままでいる」
「ぜひ」


 くつくつ煮えた豆のスープがいい香りを放つ頃、ようやく俺たちは離れて談くんは料理に、俺は台本読みに戻った。それでもまだどきどきしていて、内容なんかちっとも入ってこなかったけれど。



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