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学校ぱろ。 5


「あ、『氷姫』」
「え?」


 昼時、右京が教室の前側の戸を見た。一緒に顔を上げたナツ。今日の昼は教室で食べよう、と提案したのは鈴彦で、二人はそれに従った。全員お弁当持参、わざわざ混んでいる学食へ行くこともない。
 それで、見ることができた。
 有澤に抱っこされて現れた小柄な生徒。つるつるした黒髪にくりくりした目、色が白く、しかし首や手首など肌のあちこちに陰りが見えた。黒ずんだり灰色だったり。唇の輪郭もぼんやりと淡い。
 教室に残っていた少ない生徒がざわざわする。「『猛獣』と『氷姫』だ」「さすが『猛獣遣い』の『氷姫』」と、口々に言い合った。当の本人はつんと澄ましたもの、抱っこされたまま、ナツの隣の席へ来た。


「満和くん、久しぶり」


 右京が言う。


「相変わらずの『猛獣遣い』っぷりだな、満和」


 鈴彦が言った。


「別に『猛獣遣い』じゃないもん」


 ぷっと頬を膨らませ、満和が言う。
 有澤は満和を下し、ナツに向き直った。


「ナツさん、弟の満和をよろしくお願いしますね」
「有澤さんの弟さん!」


 ぽわっと、ナツの顔が輝く。


「お隣の席がずうっと寂しかったから、会えて嬉しい」


 頬を赤く染め、嬉しそうなナツ。ありのままの素直な表情を見て、満和の表情も緩む。ふわりと微笑ったのを見て、有澤がいささか面白くなさそうな顔をした。ナツはもちろん気付いていない。


「高牧満和だよ」
「納谷夏輔。ナツって呼んでね」
「うん、ナツ」
「満和でいい?」
「いいよ」


 ぽわぽわと笑い合う二人。そのうち有澤の毒気も抜け、満和の友人が増えたことを喜ぶつもりになった。


「あら満和くん、珍しいねぇ」
「鬼島さん、こんにちは」


 さっそうと現れ、さらりとナツを退けて椅子に座り、膝にのせるという技を披露してみせた鬼島。ナツを撫で回しながら満和を見る。


「うちのナツくんと仲良くしてね」


 うちの、というあたりを殊更に強調してみせる。有澤は苦い顔、満和は相変わらずの氷姫フェイス、右京はぎりぎりしていて、鈴彦はふああ、とあくび。膝にのりつつお弁当をもぐもぐしているナツはあまり深く考えていない。仲良くしてもらえたら嬉しいなあ、くらいなものである。
 満和が取り出したお弁当はふたつ、ひとつは有澤のもので大きなお弁当箱、ひとつは満和のもので小さな小さなお弁当箱。それを見たナツが驚く。


「満和、それで足りるの」
「多いくらいだけど」
「て、低燃費」


 いただきます、と手を合わせ、まったりまったり箸を動かす満和。それを見てから、満和の前の席を借りて椅子へ座り、お弁当箱を開ける有澤。二人のお弁当の中身はほぼ同じで、それを見た鬼島がからかう。


「お揃いかあ。仲のよろしいことで。ま、当たり前か。一緒に住んでるんだから」
「一緒に住んでるんですか」


 びっくりして思わず大きな声が出た。どうやら右京も鈴彦も知らなかったらしく、同じように目を丸くしている。鬼島は、あれ知らない? と首を傾げる。ナツの太腿を撫で回しながら。


「あーりんちが満和くんち。ひとつ屋根の下らぶらぶ同棲生活中」
「変な言い方しないでください」


 ぱきんと硬質な声で満和が言う。さすが『氷姫』と思うような冷ややかな声だった。吹雪が見える絶対零度。しかし鬼島はへらへらしながら「ほんとのことじゃない」と続ける。


「あーりんが満和くん大好きすぎてなんき……傍に置いておきたいんだって」
「……今、軟禁って言いかけた?」
「なんのこと?」


 右京の言葉をしらっと受け流す鬼島。もぐもぐしているナツのお腹を撫で回す。ナツはというと、鬼島の膝へのせられたり撫でられたりすることは嫌ではなかった。むしろ、とても自然なことのようだった。


「ナツさん、鬼島先輩にははっきり拒否しないとだめですよ」
「え、何がですか」
「……色々と」


 有澤の言葉にきょとん。ナツの表情に曇りがないことを見て取った有澤は笑った。案外、ふたりの馬は合うらしい。強引に頷かせたかと思った『兄弟制度』の成り立ちかと思ったら、意外とぴったりきている。それならそれで構わない。鬼島が幸せだと思うなら。


「有澤さんと鬼島さんは長いんですか」
「長いっちゃ長いけど……いや、長いのかな」
「初等部三年のときに蛙放り投げられて以来の下僕です俺は」
「今は満和くんの下僕でしょ。坊主のほうが似合うからって言われて次の日即丸刈りにするくらいの下僕っぷり」
「えっ」


 ナツ、右京、鈴彦に見つめられて何故か照れる有澤。いや、照れるような箇所があっただろうか。満和はもくもくと、ゆっくりとお弁当を食べ進めている。


「有澤さん、ほんとに満和に言われて」
「ああ。似合うって言われたらするしかない」


 曇りなき眼に何も言えなくなる。満和を本当に愛しているんだな、とそのときわかった。なので鈴彦が漏らした「怖」という一言は聞かないふりをすることで済ませた。
 『兄弟制度』の絆が強いのか、それとも有澤が特別なのか。鬼島を振り返る。


「怖い話聞いて怖くなっちゃった?」
「おれが丸刈りにしてくださいって言ったらしてくれますか」
「やぶさかではないね」
「ないんだ……」


 やっぱり『兄弟制度』が強いのかなあ。
 考えるナツに、右京が読み取ったように「違うと思う」と、小声で突っ込んだ。


「鈴彦くんは、お兄さんいないの」


 ナツに聞かれ、お弁当箱をかばんへしまいながら頷いた。


「めんどくせー」
「右京くんと同じ返答」
「そういうところ、気が合う」


 ね。と目を合わせる二人。仲良しだなあ、と微笑ましい気持ちになる。
 満和も食事を終え、袋に箱をしまいながら


「鈴彦くんは『兄弟制度』でお兄さん持つよりもっと心強い味方がいるから」


 と、意味の有りそうなことを言う。ナツも包みながら目をやった。


「どういうこと?」
「鈴彦くん、実のお兄さんがこの学校にいるんだよ」
「そういうこと」


 なるほど。と納得する。しかし鈴彦はむっとした表情をしていた。


「あんなん役に立たねーから」
「そう?」
「立たねー立たねー。ろくなことねー」
「どんなお兄さんなの」
「胡散臭い・得体がしれない・かったるい」
「かったるいお兄さん……?」


 不思議そうなナツに、満和が苦笑い。


「廊下歩いてたらすぐ会えると思うよ。校舎内よく歩いてる」
「ふらっふらふらっふらしてるからな。気持ち悪い」


 鈴彦はなかなか辛辣だ。


「鈴彦くん、お兄さん嫌いなの?」
「別に普通」
「大好き」


 右京の声と重なる。軽く睨みつけた鈴彦に涼しい顔で「本当のこと」と言った。


「さて、教室戻りますよ鬼島先輩」
「嫌だ。まだナツくんといる」


 ひし、と抱きしめる腕を強引に引き剥がす有澤。やだやだと繰り返す鬼島を引きずるようにして教室を出ていった。


「……高等部ってみんなあんなに個性的なの」
「いや、あの人たちが特別だと思う」
「右に同じ」


 ナツの呟きに、鈴彦、右京が続いた。満和はすでに寝そうだ。日当たりのいい席でうつらうつらする姿を、和みつつ見守る三人だった。



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