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学校ぱろ。 4


「この空席の持ち主、どんなひと?」
「あだ名は氷姫」
「こおりひめ」
「あんまり笑ったり話したりしないから、氷姫。初等部のときから有名だよ」


 幼稚部、初等部、中等部、高等部、大学、大学院から成る学校法人黒吊学園。自由豊富な科目編成と、何を基準に選抜されたのかよくわからない個性豊かな在校生とが持ち味の私立校だ。
 そこに名を連ねたナツ、転入日から一週間が経ちようやく制服が届いた。紺の襟にチェック模様が入った臙脂のジャケットに、襟と同じ色合いのスラックス。ネクタイは学年色がぴーっと縦に一本入った黒いもので、ナツの学年は緑色だった。


「ところでなつ、制服可愛いね。よく似合う」


 微笑った右京に褒められ、頬を赤くする。その姿も余すところなく右京のスマートフォンに収められた。解像度の高いなつ、とにこにこの右京。同じ制服姿でも右京はアイドル、自分は一般市民。そう思いながら、あ、と更に気になっていたことを尋ねる。


「鬼島さんが言ってたの、どういう意味?」
「なにが?」
「『仔猫ちゃん不可侵協定』って」
「その話はしたくない」


 つん、と、急に真顔になり、ぷいっと横を向いてしまう。えー、とナツが言っても話してくれる気配はなかった。あとで鬼島さんに聞いてみよう。思いながら、一時間目の授業の準備をする。
 結局科目は右京とほぼ同じ時間割で取ることにした。ほぼ同じ、とは、週五日の授業の中で午後に数度、補習という名目があり、前の学校とのギャップを埋めるための授業が行われる。ありがたいことに先生が一対一でついて教えてくれるそうで、日々の授業で問題点を洗い出さねば、と鼻息荒く考えている。
 予習したノートをぱらぱらしていたら、何かが滑り出してひらりと舞った。それはいつも寝ている赤っぽいブラウンの髪の生徒の足元へ。今日のシャツはピンクだ。
 手を伸ばしても届かない、絶妙の位置。
 どうしたものか、ナツが考えていたら右京が動いた。


「鈴ちゃん」


 なんと、通路を挟んで隣のその生徒をがくがく揺さぶる。割りと強めに。はわわ、と慌てたナツだったが、声をかけるより先に揺さぶられつつ身を起こした。


「……なんだよ」


 ハスキーな声が、刺さる。明らかに不機嫌だ。耳にきらきら光るピアスまでがこちらを威嚇しているようで、ナツがあわわ、となる。しかし右京は気にした様子もなく、足元を指差して、それ取って、とあっさり告げた。


「なんだこりゃ」
「なつの紙」
「なつって誰だ」
「転入生」


 ぎろり、鋭い目がこちらを見た。ぴゃあ、と跳ねたナツは隠れたいような気持ちだ。とても中学生とは思えない、威嚇し慣れた視線が射られて刺さってとても痛い。


「自分で言えよな」


 ほら、と渡される。びくぶるしながら受け取り、礼を言うときょとん顔。そうなると少し可愛らしかった。


「なつはちゃんとお礼が言えるいい子」


 右京が言う。何故か誇らしげに。


「この学校、お坊っちゃんばっかりだからか礼も言えねー奴多いんだよな」
「鈴ちゃん、そういう人好きじゃないから」
「あー。好かねーな」


 お礼言える子でよかった。おとーさんありがとう。大好きな父親を思い出し、ほわほわ笑顔になる。


「……鈴ちゃん、なつは僕のだからね」
「は? いらねーから」
「笑顔見てぐっときた」
「きてねー」


 右京の牽制に苦笑いしてから


「俺、鈴彦。十里木鈴彦」


 と名乗った。


「あ、納谷夏輔です」
「おう。よろしく夏輔」


 いい人そうだ、と頭の中の情報を修正する。十里木鈴彦くん、と名前も添えて。ちなみにノートから滑り落ちた紙は父親手書きのレシピだった。


「鈴ちゃん、一時間目、行く」
「今日は行く」


 どうやら同じ授業を取っているらしい。確か先週は姿がなかった。首を傾げると「いつも寝てる」と返される。


「鈴ちゃん、最高の寝場所があるから。面倒くさいといつもそこでごろごろする」
「最高の寝場所?」
「今度夏輔も連れてってやる。うまいココアあるぞ」


 ココア! 目を輝かせた夏輔に、鈴彦はにんまり。右京は小さくため息をつく。


「なつに悪いこと教えないでね」
「息抜きは大事だろ」


 なんだかお母さんと子どもみたいだ。
 思ったナツの耳に、からんからんと始業の鐘が聞こえた。





 始業の鐘が鳴り響き、数十分後。
 一台の車が、正門から滑り込んできた。静かなモーター音はハイブリッド車の証だ。後部座席から、小柄な生徒が降りてくる。


「お帰りの際はご連絡くださいね」
「はい。ありがとうございました」


 玄関に入ったのを見届け、車は静かに走り去った。
 その生徒はまっすぐ医務室へ向かう。


「おはようございます、談先生」
「おはようございます、満和さん」


 高牧満和はすっかり指定席のようになった椅子を引き、腰を下ろす。家で時間をかけてやってきた課題の束を取り出し、談に渡して新しい束を受け取った。
 そのときだった。がらりと戸が開いたのは。


「満和くん、調子はどうだ」
「まあまあ、です。有澤さん」


 ごつごつとした厚みのある手のひらがそっと、黒い艶々の髪を撫でる。満和はしんと冷えた表情のまま、有澤を見上げた。


「有澤さん、授業は?」
「ああ、今日は二時間目からだから」
「そうですか」
「ここにいてもいいか」
「どうぞ」


 満和の許可を得て、嬉しそうに隣へ座る。その目はずっと満和を見つめていた。


「有澤さん」
「ん?」
「見られているとやりにくいです」


 きんと凍った可愛らしい声に言われ、有澤は笑いながら「さすが氷姫」と言う。そのとき初めて満和が表情を動かした。


「そのあだ名、有澤さんが言い出したんですか」
「え? まさか」
「恥ずかしくって嫌なんです、それ」
「興奮するんじゃない。熱が出る」


 よしよしと有澤に宥められ、高ぶった感情を宥める。生まれたときから、泣くたびに高熱を出す体質だった。成長すると治る、と思われていたようだが周りの期待には添えず、感情が高まると熱を出し、環境のちょっとした変わりに耐えられなくて熱を出したり喘息の発作に襲われたり。それを疎ましがられて家を放り出された。嫌な体質だ、と本人は思っている。だからなるべく感情を動かさないように、と努めていたら学校で『氷姫』のあだ名がついた。


「俺は可愛いと思うが。嫌なのか『氷姫』」
「有澤さんは『猛獣』じゃないですか」
「……あまり気に入ってないが」
「それと一緒です」


 ふん、と鼻を鳴らして課題の一ページ目を開く。
 有澤は前のめりになり、取り組む満和のお手伝いをする構え。


「……だから、やりにくいです」
「ああ、そうか。すまない」


 しかしすぐにまた、同じような姿勢に。そのたびに満和に言われて坊主頭を掻く姿を、談が微笑ましく見守っていた。


「今日の食事はどうするんだ、満和くん」
「持ってきました。久しぶりに教室で食べたいな、と思っています」
「そうか……俺も一緒にいいか。どうせ鬼島先輩も満和くんの教室に行く」
「え、どうして鬼島さんが」
「満和くんのクラスに入った転入生を、鬼島先輩が弟に指名したんだ。毎日時間が空けば通っている」
「そう、なんですか」


 ふぅん、と、満和は多少なりとも興味を惹かれたらしかった。それに有澤はむっとする。


「満和くん、気になるのか」
「クラスメイトのことですから」
「気に入らない」
「そうですか」
「ああ。気に入らないな」
「難しいですね、お兄さまのご機嫌は」


 お兄さま、と呼ばれた途端に有澤の顔が緩んだ。満和は「やっぱり難しい」と、ぽつんと呟く。



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