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満和の夜


 その日は、夕方から冷たい雨が降っていた。
 満和の部屋は庭に張り出しており、二階部分がないので直接屋根に雨粒が当たる。なので、雨戸を閉めた夜になってもまだ降り続いていることがわかった。
 ぱたぱた、雨の音。
 目を覚ました満和は、暗い部屋の中でぼんやりと身を起こした。加湿器とヒーターで適温になった室内に響く雨音は不安を呼び覚まし、寒くもないのにぶるりと震えてみる。トイレ、と呟いて、白い足を布団の中から出してみた。畳のざらりとした質感、上着を肩に羽織り、浴衣姿のまま、そっと障子を開けた。
 真っ暗な廊下が伸びている。
 日中は明るい日差しがあり、清潔感に溢れた廊下。しかし今はカーテンが引かれ雨戸が閉められ、頑丈な暗闇がすっかり覆っている。恐ろしいほどの黒に、足を踏み出すのを躊躇った。北山に言えばついてきてくれそうだが、なんだか恥ずかしい。昼間、書庫で読んだ暗い中の鬼の話が思い出されて余計に、だなんて言えない。

 しばらく様子を見て、蠢くものがないのを確認する。

 そして漸く、歩き始めた。
 ひたひた、足音だけがある。トイレまでこんなに遠かったろうか。暗いと感覚が狂ってしまう。幾つかの部屋の前、そして玄関の前を通り過ぎ、左に折れてトイレへ。明るさにほっとしつつ用を足して、はぁ、と溜息。また、来た道を戻らねばならない。明るさに目が慣れたから、闇の中を行くのが嫌だった。

 備え付けの洗い場で手を洗い、拭いてからドアを開ける。


「満和くん」


 叫ばなかったのは、声が出なかったからだ。多少の変な音は喉から出たけれど。
 夜に蠢いたのは鬼ではなく、有澤だった。
 トイレの灯りに照らされ、困ったような顔をしている。固まってしまった満和をどう溶かそうかと思案しているようにも思えた。


「み、満和くん」


 かろうじて、頷く。まだどきどきと心臓が激しく動いていて、話したら飛び出してしまいそうな気がして。
 有澤はどうやら風呂上がりのようで、寝間着の浴衣姿だった。


「さっき帰ってきたばかりだ。満和くんがトイレに来たような気がして待っていたんだが……驚かせてすまなかった」


 またまた、頷く。


「……トイレに入ったあとでよかった、です」


 大惨事になるところだった。想像された事態が実現したら恥ずかしすぎる。ドアを閉めて灯りを消すと、またも真っ暗になった。
 黙って有澤の腕にしがみつく。太くて温かくて、安心する。


「何も飛び出してきたりしないぞ……多分」
「万が一に備えて、です。お部屋まで一緒に来てくれますか」
「ああ」


 明るければ、怖がる満和を見て有澤の顔がだらしなくゆるゆると緩みきったのがわかったのに、残念ながら周りは真っ暗。満和はきょろきょろしている。

 行きは長かったが、帰りはあっという間だった。
 枕元の小さなランプを点け、布団へ包まった。ランプは、別邸にあるものと同じだ。満和が気に入っていることを知り、同じものを探して取り寄せてくれた。わざわざ電気式にして。それでも変わらない色とりどりの柔らかな光が、満和はとても好きだった。


「眠れそうか」


 傍らに座り、尋ねながら有澤が掛け布団と毛布を顎の下まで引き上げてくれ、上着を丁寧に畳んでくれた。


「有澤さん、寝ないんですか」
「ああ。まだ眠れないな」
「一緒に寝てくれないんですか」
「……ゆっくり寝なさい。夜はまだ長い」


 額の辺りを撫でられて、心地よさにうとうとする。しかし満和はがんばった。


「一緒に寝てほしいです」


 きらきらお目目に有澤はそう長く抗えない。はいはい、と、ヒーターの温度を下げ、さっさと布団へ潜り込む。満和の体温でほかほかとした布団の中で抱き寄せると、腕の中にすっぽり収まった。


「有澤さんの有澤さん、今日は静かですね」
「たまにはそういう日もある」


 有澤の足に、満和の足が絡む。
 今度は有澤が固まった。


「み、満和くん」
「なんでもありません」


 しらっとした態度ながら、足がすすと妖しげな動き。今度は有澤の喉からおかしな音。


「満和くん」
「なんでもありませんってば」


 最近構ってくれないこと、全然気にしてないですから。
 それは仕事が。

 もそもそとやり取り。
 有澤の袷を、満和が乱す。手が滑り込む。


「やめなさい」
「やめません。ぼく、今日は珍しく元気なんです」


 あまつさえ、よいしょと腹の上に乗ってくる。
 満和が、薄暗い中で微笑んだ。


「有澤さん、遊びましょう」
「遊ばない」


 寝なさい、と、転がされてしまう。むっと頬を膨らませるが、やはり簡単に腕の中へ捉えられてしまった。じたばたするも効果がない。


「……有澤さんのばか」
「明日になったら後悔するぞ。熱が少しあるだろう」


 満和の抵抗がぴたりと止んだ。


「……ありません」
「そうか」


 よしよしと頭を撫でられ、ぷっと膨らんだ頬がしぼむ。はだけた胸元に顔が寄せられ、ようやく落ち着く。
 少し強くなった雨音が忍び込み、部屋に響いた。


「雨音が怖いなら部屋を移そうか」
「お庭が近いのでこっちのほうがいいです」
「いいのか」
「いいです」


 有澤の書斎も近い、ということは言わなかった。


「満和くん、眠れそうか」
「はい」
「うん。じゃあ、おやすみ」
「おやすみなさい」


 鬼は来なかったが、眠気は来た。


「有澤さん」
「うん」
「明日、お休みですか」
「ああ」
「ぼくと、お話してくださいね」
「わかった」


 有澤に撫でられている間に眠ってしまう。
 翌朝、雨は上がっていた。


「……有澤さんが何かしたんじゃないですよね、満和さんに」
「してない」
「そうですか」


 本格的に熱を出した満和を看護する有澤。一緒に寝ていたからと、あらぬ疑いを北山にかけられた。解消は一瞬だったのでよかったが。

 熱も午後にはなんとか下がり、二人並んで庭に咲いた冬花を見ながらお茶などをした。


「今日の夜は怖くないかな」
「たぶん」
「一緒に寝るか」
「寝ます」



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