お友だち(偽) | ナノ

学校ぱろ。


 思わず口を開けて見上げる。敷地もだけれど校舎もおおきくて驚いた。手元の学校紹介パンフレットには『こぢんまりとしたアットホームな学校です』と書いてある。どこがこぢんまりとしているのだろうか。それとも都会の学校はこれが当たり前なのか。
 恐る恐る門の向こうへと足を踏み入れる。ふかっとした芝生、たくさんの生徒が通るだろうに乱れている部分はない。これは間違いなくお金持ち学校だ、と思い、心細くなる。一般庶民である自分がやっていけるだろうか、という恐れ。


「おとーさん、なんでこの学校選んだんだろ……」


 怯え怯え、足を進める。とりあえず職員室まで辿り着かねば。パンフレットに記載された見取り図を頼りに、来賓玄関なる場所を見つけた。窓口で「明日からお世話になります」と小声で告げる。すると親切そうな若いお兄さんが「こちらですよ」と先に立ってくれた。靴を脱いでスリッパを履き、背中に着いていく。
 きらきらした金髪に、派手な柄シャツ、細身のダメージデニム。学校の職員にしては派手だが、そんなことを気にする余裕もなく。豪華な細工が施されたドア枠やら窓枠やらを落ち着きなく眺める。


「大丈夫ですか」
「あっ、平気、です。すみません」


 前を歩いていたお兄さんが振り返る。輝くような笑顔に真っ赤になった。かっこいい人を前にするとついつい赤面してしまうのだ。


「素直で可愛らしい方ですね」
「えっ」
「素敵です」


 さらりと言われてぶわりと色を濃くした頬、はわ、と声にならない声が出る。動揺しているのを見てお兄さんはにっこにこ、楽しげに笑いながら先を歩いた。
 階段を上がって、歩いて。
 まだ授業中なのか、人とすれ違うことはない。と、思ったのに。


「待て鬼島先輩!」


 どたどた、走る音。


「やーいあーりんのどすけべー! どへんたーい!」


 よくわからない、罵り声らしきもの。
 目を白黒させていたら、お兄さんが立ち止まった。倣って、足を止める。


「ちょっとこちらへ」


 そっと肩を抱かれ、ばふんと頬が再び熱を持つ。広い廊下の端に連れて行かれる。朗らかな笑みのお兄さん――首から下げたネームカードには相羽談と書かれていた――が、しー、と言葉を飲み込ませる。そんな仕草も格好良く、どきどきしながら口を手で覆った。
 ばたばた、足音が近づいてきた。


「あーりんのスプレー缶野郎! ばーかばーか」
「鬼島先輩っ! 黙って立ち止まって下さい!」


 目の前を通過する、白いシャツに黒いジャケット、暗いチェックのスラックス。それを追いかける白いシャツにネイビーのネクタイ、暗いチェックのスラックス。辛うじてわかった追いかけられている黒眼鏡、追いかけているのは丸坊主。


「先輩方は騒がしくていけませんね」
「あ、先輩なんですね」
「高等部ですよ。中等部と高等部は校舎を共有していますから、先輩方の姿はしょっちゅう見られます」


 賑やかな先輩方がいるんだな、と少々気を惹かれた。行きましょうか、と促されて歩き出しかけたときに、またばたばたと足音。


「談、なにしてんの」


 低い声。振り返ると、そこに先程通過していった先輩の姿があった。あんなに走っていたのに息一つ乱していない。


「明日からの転入生をご案内している最中です」
「転入生? 高? 中?」
「中等部です」
「あらそう。ふーんふーん」


 黒縁眼鏡と前髪の下から透かして見てくる高校生。先を歩く談より背が高い。制服を着ているのが不思議なくらいに完成された身体付き。威圧感を覚えて数歩後退る。


「鬼島さん、怯えさせたらいけませんよ」
「勝手に怯えてるだけじゃないの」
「……」


 じーろじろ。遠慮のない視線が襲う。談の後ろに隠れるようにさささとさらに後退り。


「……名前は?」
「鬼島さん」


 談のたしなめるような声。


「いいじゃない、名前くらい」
「夏輔、です」
「なつすけ?」


 首を傾げた先輩。何かを考え、ふぅん、と呟く。


「鬼島さん、だよ」
「へあ?」
「鬼島優志朗」
「きしまゆうしろう」
「……鬼島さん、って呼んでね。ナツくん」
「きしまさん……?」


 ナツが怯え怯え口にすると、満足したように笑う。ただ、目は笑っていないことにナツは気付いてしまった。うねうねと波打つ黒髪の狭間から見つめる目は、冷ややかでとても熱い。


「職員室だったらあっち。もうすぐだね」
「そうですか……」
「なんで談、遠回りしたの。ナツくんがかわいかったから?」
「……とおまわり……?」


 談を見上げる。にっこり、不思議な笑顔。


「行きましょうか、ナツさん」


 ナツ呼びが定着してしまった。が、前の学校でもそう呼ばれていたのでよしとする。

 連れて行ってもらった職員室の前で丁寧に礼を述べ、談とお別れ。「困ったことがあったらいつでも呼んでくださいね」と、頭を撫でられた。


「先生、こんにちは」
「はいこんにちは。編入試験ぶり」


 加賀陵司という名の、優しい笑みを浮かべた先生。端正な顔立ちに黒い豊かな髪、地味だけれど高そうなスーツがよく似合っている。


「加賀先生、今日は制服の受け取り、と……えっと」
「学校の案内ね。明日から同じクラスになる子にお願いしたから、なんでも聞くといいよ。寮には入らないってことでいいんだよね?」
「あ、はい。あの、お家が近いので」
「そう……寮に空きがあるっていうのも珍しいんだけど、ね」
「お高いんでしょう」
「納谷くんは成績いいから、入寮しても寮費は免除だよ。学費と一緒」
「ふああ、さすがお金持ち学校」


 ここへ来るまでに見た数々の備品、校内の装飾などですっかりそう断定したナツ、待遇の厚さに感動しつつ、寮のことも考えてみます。と伝えた。


「加賀先生」
「あ、出元くん。ごめんね、よろしく」
「はい」


 さらさらつやつや、癖のない黒髪ストレート。天使の輪っかまで見える。きゅっと吊り上がった二重の目元、通った鼻筋、柔らかそうな唇。姿勢がよく、臙脂色と藍色の制服がよく似合っている。どこかのアイドルのようだと思った。


「こちら、明日からクラスに来る納谷夏輔くん。案内してあげてね」
「わかりました」
「こちら、出元右京くん。この学校には幼稚部のときからいるから、安心してなんでも聞いてください」
「はいっ」
「では、一通り廻ったらまた来てね。その時に制服、渡すから」
「はい」


 お見送りされて廊下に出る。
 右京の横顔は叩けばきんと鳴りそうだった。硬質な、侵しがたい雰囲気が漂っている。


「あっち、中等部の教室棟。こっち、高等部の教室棟」
「うん」


 パンフレットと見比べつつ、案内を受ける。


「覚えなくていいよ。広いから、一回じゃ無理だと思う。明日から、ぼくが手伝うから」


 うん、と返事をしながら、意外だと思った。右京のひんやりした雰囲気から出るとは思えない言葉だったからだ。それが伝わったのか、ちらりとこちらを見る。


「ぼくは、かわいいと思ったこには優しい」
「かわいい」
「なつはかわいい。なつって呼んでいい」
「いい、けど」
「なつ、かわいいね」


 気づけば廊下の柱の陰に追い詰められていた。はわわ、と慌てるももう遅い。顔の隣に手が突かれ、逃げられるような場所がない。きれいな猫を思わせる顔が近づいてくる。


「なつ、すき」


 ひああ、と呟いて、胸を押すかどうしようか迷った。でも右京がけがをしたら困る。迷っているうちに、顔は近付いてくる。


「はいすとーっぷ」


 にゅっと出てきた手が、顔と顔とを遮る。その声は先ほど聞いたばかりの先輩のもの。


「ナツくんにちゅーしようなんて千年早いよ仔猫ちゃん」


 にこ、と笑った鬼島。はいどいてどいて、と手際よく引きはがす。


「あんたには関係ない」
「関係あるんだなこれが。仔猫ちゃんより早くナツくんに出会っちゃったんでね」


 身体を滑り込ませるように、ナツの前に立つ。


「ナツくん、鬼島さんのものにするつもりだから。仔猫ちゃんは指銜えて見てるといいよ」
「……まさか」
「そう。ナツくんは明日から鬼島さんのものになります残念! ナツくんは嫌って言わないよね」


 迫力に負けて思わず「はい」の返事。何が嫌になるのか、話が全く見えなかったけれど頷いてしまった。にこにこの鬼島、ナツくんはいい子だな、と頭を撫で撫でしてきた。


「ナツくん、危なっかしい雰囲気だから。鬼島さんが守ってあげるから安心してね」
「守る……?」
「明日説明してあげる。仔猫ちゃん、ナツくんに手ぇ出したら陵司くんにチクるから」


 加賀先生にチクってどうするんだろう。思いつつ、立ち去る鬼島の後姿を見送った。

 その後は普通に案内をしてくれて、制服を受け取りお家に帰宅。とっとこ歩いて十分ほどのアパートがナツの住まい。


「お帰り夏輔ー!」


 玄関のドアを開けると、丸太のように太い腕に即抱きしめられた。すりすり頬擦りしてくる髭もじゃの顎。


「ただいまおとーさん」
「学校はどうだった?」
「広くて大きかった……あといけめんが多かった……」
「眼福だな」


 にかりと明るく笑う父親に、笑顔を返す。


「さ、飯にしよう。手ぇ洗って来い」
「ご飯!」
「今日はハンバーグとグリルチキンとパスタとパエリアだぞー」
「おいしそう!」


 制服を壁にかけ、跳ねるように狭い台所で手を洗う。玄関を入ってすぐ右手が板張りの台所、左手にトイレと脱衣場、お風呂がある。正面に居間、隣に続きの部屋。小さな、何の変哲もない古いアパートの一室。しかしナツにとっては最高の帰る場所。大好きな父親と暮らす新しい場所だ。


「寮、空きあるんだって」
「お、入りたきゃ入ってもいいぞ。社会勉強だ」
「ちょっと考える……」
「おう。悩め悩め」


 今日会った事務員さんがかっこよかったとか、同じクラスになる子が親切だったとか。それから先輩に会った。そんな話をすると父親の眉が跳ねた。


「鬼島?」
「うん。優志朗さんだって」
「ふーん……そうかそうか。賑やかな先輩に会ってよかったな」
「うん」
「楽しく過ごせそうか」
「わかんない。けど、たぶん大丈夫だと思う」
「ならよかった。困ったことあったらすぐ言えな」
「うん」


 お風呂に入って出てくると、父親が家を出るところだった。


「おとーさん、仕事?」
「仕事。ごめんなああ夏輔。ちゃんとドアの鍵かけて寝るんだぞ」
「わかった。気を付けてね」
「夏輔」
「ん?」
「愛してる」
「おれもおとーさん大好き!」


 はぐっと別れの挨拶をし、見送ってお布団へイン。壁に掛けた制服を見て、明日への期待と不安を入り混じらせながら、そっと目を閉じた。



お友だち(偽)TOPへ戻る

-----
よかったボタン
誤字報告所



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -