お友だち(偽) | ナノ

北山と旅行へ行く……!


 有澤不在の休日。
 目覚めた満和は着替えをし、少ない朝食をゆっくり食べて部屋を片付けた。はたきや箒で掃いてくれるのはそういう役目の人がいる。整頓だけが満和の仕事である。
 今日は何をしようか。考えて、のんびりと撮りためた写真の整理を始めた。種類別にアルバムへ収めるためだ。ナツや友だちと撮った写真、有澤や北山など家の写真、鬼島や佐々木などが写っている写真。ばらばらとしたそれを集めて分けて、貼り付ける。いい写真は複数プリントしてあり、渡したりもしている。
 考えてみればかなりの枚数集まった。アルバムも結構な厚さのものが幾冊もある。いろんな人と出会い、時間を過ごしているらしいことが客観的にわかって嬉しくなる。ろくに学校に行けていないような気がするけれど、それでも人とは交流できているし、体調がいいときには遊びにも出かけている。勉強もそれなりにこなしているし、少し違うかもしれないけれど学校生活を満和なりに謳歌しているのだ。

 足音が聞こえた。
 有澤のように重たいものではなく、限りなく無音に近い、擦れるような音。その音はひとりだけなので、写真を持つ手を止めて障子を見た。


「満和さん、入ってもよろしいですか」
「どうぞ」


 丁寧に開けて入ってきたのは北山。今日もやはり黒いワイシャツに黒いスラックス、靴下。黒い髪を撫でつけて、きれいな目が印象的な男前。黒鷲のようだ。畳の上に座り、写真を貼り付ける満和のことをしばらく見ていた。


「たくさんですね」


 凛とした低い声。大きい声を出してもよく響く、美しい音。


「はい。気づいたら、溜まっていました」
「満和さんが人のいいところをたくさんご存知だから、いい顔の写真がたくさん撮れるのでしょうね」
「そんなことありません。周りの人がいい人だから、です」
「そうおっしゃる満和さんもいい人、ですよ」


 笑った顔を見て、頬を僅かに赤く染める。満和のわかりやすさがとても好きだ。本人はお人形(市松人形)フェイスだと言っているし、そう思っている人間も確かにいる。けれど有澤や自分の前では結構表情豊かだと思う。


「ところで北山さん、なにかご用でしょうか」


 ひと段落付いた満和はそちらへ向き直り、尋ねた。さらさらの黒髪が、動くたびに揺れる。大きな瞳で西洋人形に近いような気がするけれど、全体的な雰囲気としては日本人形である。


「あ、そうでした。満和さんが真剣に整理している姿が素敵で忘れるところでした」


 恥ずかしげもなくそんなことを言うので、余計真っ赤になる満和。冗談だとわかっていてもなってしまう。


「満和さん、温泉行きましょう」
「温泉」
「満和さんも入れそうな温泉、見つけました。有澤は明後日まで帰りませんし、たまには二人でのんびりするのもいいかと思うのですがいかがでしょうか」
「行きます」


 満和の着替えを持ち、北山の着替えを持ち。小さな鞄一つで出かけた二人。ゆっくり走る車の助手席は、普段乗り物が苦手な満和でも快適な居心地だった。北山が安心できる存在だからかもしれない。休み休み二時間ほど、途中、有名なサービスエリアで評判のおにぎりを買って食べたりして小旅行気分で辿り着いたのは山の中の小さな旅館。古びた、時代小説にでも出てきそうな佇まいで思わず写真を一枚。鬱蒼とした森の中、お化けでも出そうである。
 中は暗い赤色のじゅうたんが敷かれ、白い土壁に何十年経っているのかわからないような梁や柱が通っている。半纏姿の若い男性が荷物を持ってくれ、靴を脱いでスリッパに履き替え、受付の前をすっと通り過ぎた。


「北山さん、いいんですか」


 少し後ろを振り返り、見上げて問いかける。北山は頷いた。


「俺は何度も来てますので、すっかり顔なじみなんですよ」
「そうですか」


 狭い廊下で誰とすれ違うこともなく、客室に出会うこともなく、おそらく最奥へ通された。
 部屋に入ると二間続きで、縁側がある。ぴかぴかに磨き上げられたサッシのガラスはまるで存在しないかのようにその向こうの緑が見えた。さらに木々の隙間からは、海が見える。山の中だとばかり思っていたが、どうやら海沿いに来ていたらしい。


「ここから見える夕日も朝焼けもとても美しいですよ」


 写真を撮る満和に言う。


「素敵な場所ですね」
「よかったです」


 にこにこ、満和の顔を見て満足な北山。
 部屋の中にも温泉、露天風呂とどちらもついている。


「ここの温泉の水質を調べて主治のお医者様にも見ていただきました。満和さんのお肌に害なく、利ありと言われたので」
「そんなことをしていただいていたとは……ありがとうございます」
「たまには、どこかでご旅行を楽しんでほしかったので」
「うれしいです!」
「こちらの食事もとてもおいしいんですよ。満和さんのお口に合うと思います」


 設えられた座椅子に座った満和。ふと、ようやく思いついたことを口にする。


「あのう、北山さん」
「はい」
「有澤さん、このことご存じなんでしょうか」
「もちろん内緒です」
「あ、そういう予感がしていました」
「予感的中ですね」


 お茶を淹れ、お茶請けのごぼうを満和に差し出しながら笑う。爽やかな笑みに、まあ有澤にはだれか若い人が知らせるかもしれないからいいか、と思って、さっそく温泉へ足を向けた。


「満和さん、ここにお水置いておきますね。あんまり長湯されないように」


 すりガラス越しに声を掛けられ、返事をしながら身体を洗う。それから磨き上げられてつるつるな石のタイル貼りの湯船に浸かった。さらっとした質感の湯で、ちっとも重たくない。肌に染みる感じもなく、滑らかな感触が心地よく感じた。冷えていたらしい足先や手の指先が温まっていく。
 はふ、と長く息を吐いた満和は、確かに温泉というものにあまり縁がなかったと思った。極端に肌が弱く、また身体も弱かったので、遠出する、ということがなかったのだ。しても年末年始を有澤の別邸で過ごすくらいのもので。こうした小旅行気分を味わうのは久しぶりである。
 タイルへ腕を乗せ、はふん、ともう一度息を吐く。有澤は、これを知ったら怒るだろうか。それとも楽しく過ごせたからと言ったら喜ぶだろうか。今度、もし来られるのならば有澤と来てみたいと思う。きっとまた異なる心持で来ることができるだろう。
 さて露天風呂に入ろうかどうしようか。
 迷った満和。しかし長く浸かりすぎないようにと言われたし、あとの楽しみにとっておくことにして、浴室を出る。北山が用意してくれたらしい満和私物のタオルと浴衣と帯、水の入った水筒。身体を拭いて浴衣を纏い、ごくごく水を飲んでから温泉らしい香りをまとい、ほかほかと温まった姿で出てくると、縁側に立っていたのは北山ではなかった。


「満和くん、よく温まったか」


 人を威嚇するような太い声、北山よりもはるかにがっしりした身体に、白いシャツとネクタイ、ベスト、スラックス姿。すっかり定着した丸刈りの頭、目元はやはり見る人によっては恐ろしく、顔も怖い。が、満和にとっては優しい恋人の顔である。
 なんでここにいるんだろう、とか、北山さんはどこに、とか。
 ぐるぐるしてしまって手から水もタオルもぼとりと落ちた。


「湯あたりでもしたのか。大丈夫か」


 どかどか大股で近づいてきて、身体を支える。いえ、平気です。と答えて、落ちてしまったものを拾う。促されて座椅子に座った。


「北山は他の部屋にいる。いい温泉を見つけたと知人から連絡を貰って、北山を数回来させて調査させた。満和くんの気に入ったなら何よりだ」
「……ということは」
「すべて俺の仕掛けだ。北山と二人で過ごす方がいいか」
「どちらも素晴らしいと思います」
「そこは、有澤さんと過ごす方がいいです、と言ってほしかったがな」
「有澤さんも北山さんも好きですから」


 ほこほこ満和を優しい眼差しで見ていた有澤だったが、ふと髪が濡れたままだったことに気付いて慌てて鞄からドライヤーを出してくる。後ろへ回ってぶおおお、とスイッチオン、太い指を差し入れて、さらさらと根元から丁寧に乾かしていく。


「寝そうです、有澤さん」
「寝てもいいぞ」


 まさか現れるはずがないと思っていた有澤が来てくれて、安心したような、北山がどこかへ行ってしまって少し寂しいような。そう思っていたら、北山が戻ってきた。


「あ、北山さん」
「……満和くん、俺が来たときは反応薄かったのに満和くん……北山にはずいぶん……」
「そうでしょうか」
「差があるぞ……俺の嫉妬じゃないぞ」
「そうでしょうか」
「満和くん」


 三人仲良く食事をして、有澤は満和と一緒に露天風呂に入って(狭かったので有澤の膝に乗って)、布団に包まる。満和にはぴったりでも有澤には狭く、結局二組の布団をくっつけて一緒に眠った。もちろん、眠っただけではないけれど。



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