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不安定な満和


 満和くん、と声がして、顔を上げた。丸い頬は涙に濡れている。有澤は少し困ったように笑い、ただいま、と言った。


「おか、えりなさい」


 静かに泣いていたのに気づかれてしまった。
 熱が上がったり下がったりを繰り返し、とても不安定だったのでここ数日は泣いてばかりいた。出張でいない有澤に電話を掛けようかとも思ったけれど、話ながら絶対に泣いてしまうとわかっていたから、心配をかけまいとしくしく、毎晩ひとりで泣いていた。
 ひく、と小さくしゃくりあげた満和の傍らに腰を下ろす。まだ着替えてもない、スーツ姿のまま。


「辛いのか。熱が、繰り返し出ていると聞いたが」


 不安定な天候に振り回されているとは、経験でわかる。突然寒くなり、雨が続き、身体が寒暖差についていけていないのだ。部屋にはすでに暖房機能のある空気清浄機が持ち込まれ、適度な加湿と温度を与えている。これだけ環境を整えてもらってなお、体調が整わないというあたりの不甲斐なさもある。


「つらい、です」


 きっと有澤が訪ねてきている辛さとは異なる。
 知っていながら、本音を漏らした。そうか、と静かに答えた有澤は、もう少し布団に近づいて、そっと満和の濡れた頬に触れる。
 体温を感じた途端、どっと涙が溢れた。
 自分でもどうしてこんなに泣いてしまうかわからないほどだ。混乱する頭。しかしそこだけは素直に、有澤に腕を伸ばした。抱きしめてもらい、スーツが、と思いながら泣くのを止められない。


 いつになく不安定なのは、顔を見てすぐにわかった。
 ゆらゆらと揺れる黒い眼差し、いつもはあまり変わらないお人形のような顔が歪み、悲しそうに苦しそうに、なっていた。満和はそういうところを隠すのがとてもうまいから、これだけ顔に出してしまうのはそれだけ辛いということなのだろう。本人が零すのだから相当だ。
 身体の負担も、心の負担も、変わってやりたいと思うことがある。到底無理だとわかっていながら、半分でも体調の悪さを背負ってやりたいと思う。愛しい子が苦しんでいる姿を見るのはとても辛い。特に、離れているときに報告を貰うと余計に。

 ずっと小さな身体を抱きしめ、髪を撫でて艶のあるそこへ口付ける。
 有澤の大きな、厚い手のひらの感触は心を撫でるように満和の不安な部分を包んだ。不安が安定に変わり、安心になる。どうやっても抑えられなかったものを有澤が抑えてくれる。


「ありさわ、さん」
「ん?」
「ありさわさん……」
「なんだ」


 答えてくれるだけで、いい。有澤も、何か言葉を求めているわけではなさそうだった。わかってくれているというのも、不安を和らげる。ふぇ、と声が漏れると、そのたびに唇が髪に触れた。


 落ち着いたのはずいぶん経ってからだった。
 顔を寄せていた部分はかなり濡れてしまっている。ああ、と小さく呟いた満和の目元を指で摩りながら「問題ない」と言って笑う。顔が怖いと言われがちだが、微笑む表情はとても優しく柔らかく、穏やかに見える。


「……ぼく、あの、ごめんなさい」
「どうして謝るんだ。こっちの方だろう」
「いえ、有澤さん、何も悪くないので」


 処理できないのは自分だ。
 そういったことを口に出すと、首を横に振る。


「満和くんはよく頑張っていると思う。傍にいて支えてやれないのが申し訳ない」
「有澤さん、そんなこと……なくも、ないです、けど」
「そうだろう。これからますます不安な日が続くかもしれないからな。できる限り調整するつもりだ」
「無理はしないでくださいね」
「わかっている」


 すっかり赤くなってしまった目。
 瞼の辺りへ口付け。


「北山、タオル」
「はい」


 すぐに障子が開いて渡された。枕へ頭を乗せ、ぬるいそれを目の辺りへ載せてもらう。


「……有澤さん、しばらくいてくれるって聞きました」
「当分は何もないからな。普通に帰ってくるぞ」
「安心、です」
「俺もだ」


 額をさらりと撫でられて心地いい。もう少し抱きしめてもらいたくなったが、まずは目元の熱を取りたかったのでじりじりと横になっている満和だった。




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