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北山をお父さんとする


 

北山をお父さんと呼びたい満和。





 天気の良い日、その日は満和さんの体調もよく、有澤さんがいなかったのでふたりで近場を散歩した。電車に乗りたいと言うので、人が少ない車両を選んで一駅だけ利用してみた。

 次の駅で降り、さてどうしようかと話していたところ、ふと顔を逸らした満和さんが、ぽつんと呟いた。


「おとうさん」


 視線の先には男性がいた。子ども連れのその人が、似ていたのか、それとも本人だったのか。
 満和さんの両親がどんな人だったのかは、少しだけ知っている。親の責任というものがあったとして、それの一切を放棄していた存在。どんなに酷いことだったか、家に来たばかりの満和さんの状態が如実に語っていた。


「……お父さんが、恋しいですか」


 虐待された子でも、親を求めることはままあることだと学んだことがある。はっとしたように俺を見上げた満和さんは否定も肯定もしなかった。ただ、困ったように俯いて。


「すみません」


 変な質問をしてしまいました、と言うと、首を横に振る。


「ただ、言ってみたかっただけです」
「そうでしたか」


 駅をぐるりと回り、反対側のホームへ。
 電車を待っている間に、満和さんの手が俺の手をそっと掴んだ。


「……もし北山さんがお父さんだったら、きっとぼくはお父さんだいすきだったと思います」
「それは、ありがとうございます」
「お父さん、って呼んでもいいですか。今日だけ。短い間で、いいので」


 もちろんです、と頷いた。
 満和さんの心はまだ幼い。本当なら、親を必要とすることもあるだろう。口に出さないだけで考えることはよくあるはずだ。


「お父さん」


 ぎゅ、と腕に抱きついてきた満和さんは、普段よりもずっと弱く儚く見えた。心細そうな姿。有澤さんには見せにくいのかもしれない。一生懸命気を遣い構って、愛してくれる相手には、申し訳なくて。
 黒髪を撫でると柔らかく、温かかった。つるつるさらさら。

 来た電車に乗り、座席に座るとぴったりくっつき、肩に頭を預けてきた。


「お父さん」
「はい」
「呼びたかっただけ、です」


 返事をしただけで頬を染める。たまに読めないようなお人形じみた顔が、明らかに嬉しそうな表情を浮かべる。可愛らしかった。でも少し、悲しい。


「駅でなにか買って帰りましょうか」
「いえ」
「父親には甘えるものですよ」
「……お饅頭がいいです。粒餡の、ふかふかしたおっきい、やつ」
「わかりました」


 手を繋いで駅を歩き、出入り口のところにある饅頭屋に寄って粒餡とクリーム餡、こし餡のそれぞれ大小をひとつずつ購入した。「持つ」と言ったので紙袋は満和さんにお願いした。


「食べたいな……」
「小さいの、半分にして食べますか」
「歩きながらだと大変かもしれない、です」


 すぐに咽てしまうことを気にしているらしい。家まで我慢します、と、少し早足になった満和さん。それでもゆっくりなのだけど、せかせかと足を動かす姿が小動物のようで愛らしい。


「お父さん」
「はい」
「……」
「疲れましたか」


 まもなく家。
 しかし満和さんは顔色が少し悪くなっていた。どうしようか、考えて抱き上げる。小さくて軽い。満和さんは顔を真っ赤にして、でも肩へと頬をつけた。


「お父さんは力強いですね」
「愛でしょうか」
「あい」
「ええ。大切な人を守りたいと思えば、どこからともなく出てきますよ」


 嬉しいです。
 小さな声に微笑んで、残りの道はゆっくり歩いた。
 少し休んで、おやつに粒餡の小饅頭を半分に割り、少し齧って幸せそうな満和さん。唇の端についたやつを取ってやる。


「……今日はお隣にいてくれるんですね」


 普段離れて見ていることが多いのに、隣に座った俺を不思議そうに見上げる。ビー玉みたいに透き通った目に映る自分の顔は随分良い人そうに見えた。


「お父さんですからね」
「……はい」


 中途半端に空いていた距離をじりじりと詰め、触れて、また見上げてくる。


「お父さんに、あげます」
「いいんですか」
「はい」


 どうぞ、と差し出してくれたのを一口貰う。


「旨いですね」
「はい」
「幸せ」
「すごく」


 お茶を飲みながら、ゆっくりゆっくり咀嚼して飲み込む満和さん。途中で少し咳をしたので背を撫でて、最後の欠片が飲み下されて薬を飲むまで真横で見守った。
 肩を抱き、無言のまま、過ぎる時間。ゆったりしていて、庭の木々の葉擦れだけがたまに聞こえる。
 薬を飲んだ満和さんは、効いてきたのかうとうとし始める。膝を貸し、若いのに声を掛けて持ってこさせたタオルケットを肩から身体まで。


「……お父さん」
「はい」
「……内緒にしてくれますか」
「何をでしょう」
「ぼくが、たまに、寂しくなること」
「内緒、ですね」
「有澤さんがいてくれて、北山さんがいてくれて、鬼島さんやナツもいるしお兄さんたちもいるのに、たまに、不思議な気持ちになるんです。ずうっとひとりぼっちみたいな……人が、たくさん、いてくれるのに」
「そうですか」
「お父さん」
「はい」
「……ありがとう、ございます」


 満和さんは泣いていたかもしれないけれど、俺はそれを見なかった。ただ、頭を撫でて庭を見つめていた。明日は雨だ。草木にとっては恵みの雨。
 眠ってからしばらくして有澤さんが帰ってきた。若いのに聞いたのかもしれない、と思うような静かな足音とともに。


「……満和くん、なんだか様子が違うな」


 寝顔を見ただけでわかるような人。
 だから、却って、言い難いのだろう。満和さんはとても優しいから。


「何かあったのか」
「そうですね……少し」
「話せ」
「満和さんと内緒だと約束したので」
「何?」
「子どもとの約束を破るわけにはいきません」
「北山」
「今はあなたより満和さんが大事です」
「北山……っ」


 ちなみに、目を覚ました満和さんがしきりに俺にくっついてくるのを見て有澤さんが見せたのは明らかな嫉妬。
 夜も満和さんと一緒に寝て、障子の向こうからずっと気配がしていたのは気にしないことにさせてもらった。



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