お友だち(偽) | ナノ

33


 佐々木の葬儀の日は、驚くほど天気が良かった。

 会場は、教会。鬼島が十代の頃から佐々木を伴って訪れていた、ある意味思い出の場所。通っていた中学校のほど近くで、小ぢんまりとしている。年を取った牧師と、喪服を身に着けた有澤と、いつもの格好をしている鬼島。たった三人だけの葬儀。
 棺に入れられた佐々木はひまわりに囲まれている。似合うような似合わないようなその様子を、傍らに立った鬼島はただ静かに見下ろしていた。有澤も前で手を組み、牧師が話すことに黙って耳を傾けている。


「では、墓地へ移りましょう」


 法で認められていない土葬。しかし鬼島が大金を払い、了承させたのだ。
 棺を運ぶ役目の黒い服を着た男たちが入ってくる。蓋をして、隅をそれぞれ釘で留めた。


「佐々木も人だったんだねえ。生まれたからには死ぬんだ」


 鬼島が感慨深げに呟く。まるで今、初めて気づいたかのように。


「鬼島先輩もそうですよ」
「お前は死ななそうだね」
「鬼島先輩は殺されそうですね」
「今の状況じゃ笑えないねえ。でも次やられるんだったらあーりんだと思うよ。カラスはどうやら俺の周りじわじわやってくのがお好みらしいから」


 抱えあげられた棺に連なり、表に出る。暑いくらいの快晴は、まるで佐々木に似合わない。じとじとと雨が降っているような天気がお似合いだ。と鬼島は思うが、そういえば佐々木と一緒に出掛けるとき、雨が降ったためしはないように思った。いつも、いつでも。思い出せる限りの記憶のうちで悪天候は一度もない。
 あんなじめっとした性格のくせに晴れ男だったのか、それとも異常なまでの気持ちが晴れさせたのか。まあありがたかったにはありがたかった。特にナツたちも一緒に出掛けるときには。
 ナツ、満和、シノを呼ぶのは後日の別れの会にした。シノはひどく落ち込んでいるし、ナツ満和は相当参っている。特にシノには、伝えることが躊躇われた。あれだけ好きであった人がいなくなることには耐えられないだろう。伝えるタイミングを誤ればシノの人生も変わってしまうような気がした。過去のナツを見るようで居た堪れない。


「鬼島先輩にも人を思いやる気持ちとかあるんですね」
「ナツくんに重なっちゃったからね。さすがに優しい気持ちになるよ」
「鬼島先輩が優しいって言った……気持ち悪い……」
「あーりん」


 埋葬場所は結局、教会裏手の墓地。最初は景色のいい場所に葬ってやろうと鬼島は思っていたのだが、あんまり遠くなるとシノが会いに行きにくいと思った。
 すでにその場所は土が掘ってある。こんな穴に佐々木は収まるのかと、有澤は思う。茶色と黒と中間色のような色合いの土が草の上に山盛りにされていて、こんな冷たい場所で佐々木はひとりで耐えられるのだろうか。一応友人、長い付き合いの知り合いである相手が埋まるというのはなんとも言い難い。決して寂しくはないのだが。

 穴の傍らに一度置かれた棺を見る。


「……お前、さんざん人に迷惑かけてきたくせに自分は安らかに葬られるって幸せだぞ。噛み締めろよ」
「確かに。佐々木が普通に、手足残ったままでいるとは思わなかった」


 傍らで聞いている牧師が苦い顔をしている。こほ、と、場を改めるように咳をして、有澤と鬼島にそれぞれスコップを手渡した。


「では、棺の上に土を掛けていただきます。棺が地中に置かれましたら、両脇からお掛けください」
「はい」
「はーい」


 黒い縄でうまく底に入れられた棺。有澤と鬼島が左右に立ち、土を掛けていく。有澤は少しずつ、鬼島は適当にがさがさと。有澤は目に涙を浮かべていた。向かいにいる鬼島はいつもと同じ淡々とした表情。


「あーりん、泣いてる?」
「すみません、なんかこみあげてくるものが……こいつには迷惑しかかけられたことないんですけど、なんでですかね……」
「憎まれっ子なんとやら、でしょ。ハンカチ貸そうか」
「あるんで平気です……」


 涙を流す有澤。こぼれたものが棺の上に滴る。
 佐々木が見たら何と言うだろうか。鼻で笑いそうな気もするし、一生ネタにする、と高らかに笑いそうだ。一生はもう終わったのだが。
 二人は同じことを考えながら、穴を埋めていた。


「……遅いね」


 そんな声がした。
 有澤の背中にぶつかる、棺を運ぶ役のひとり。有澤の手が、止まった。
 何が起きたかわからなかった。土の上へ倒れる後輩を向かいからただ眺める鬼島。有澤の背後で手に大振りな刃物を持って笑ったのは紛れもないカラス。ひび割れた唇、目の下の隈、かわいらしいような顔立ちだが、雰囲気の陰が強すぎて印象が薄れてしまう。ただ、黒いわだかまりのようだ。


「鬼島優志朗、久しぶり」
「久しぶりだね、カラスちゃん」


 にこぉ、と笑う。無邪気にさえ見えるようなカラスの笑い方。


「今日は気合い入れておっきいやつ持ってきた。何が何でも、有澤譲一朗仕留めてやる、って思ったから」
「そうなんだ。確かに、ものすごい大きいね」
「うん。ねえ、鬼島優志朗、佐々木一々が死んでどういう気持ち?」
「不思議な気持ち、かな。なんか自分の近しい人がいなくなるって、あんまりイメージしてない部分あったからさ」
「カラス、にくい?」
「……さあ、どうかな」


 カラスの顔が、歪む。


「優志朗、昔からそうだよね。よくわかんない。声にしてくれない」
「察して」
「むり。言ってよ。おれ、にくい?」
「黙秘」


 カラスが足で土を蹴る。佐々木の上に落ちる。


「……おれは、嫌い。優志朗、大嫌い。おれの居場所、なくして」
「自業自得でしょ。お前が薬にも売春にも手ぇ出して、虎谷にばれて追い出されて。今まで何やってたの。売春?」
「あっちこっちでいろいろしてた……どこも、長くいられなかったけど」
「結局ひとりなんだ」
「なんで優志朗はひとりになんないんだろ……それがふしぎでしょうがないんだ」
「お前と違って、締めるとこ締めてますんで。カラスはかぁかぁ言ってるだけで、全然その場所にいようとしないでしょ。だからじゃないの」
「いみがわかんない」
「わかんないから、ひとりなんだと思うよ」
「……やっぱり、鬼島優志朗がひとりになるには、周りをみんな殺しちゃうしかないんだ」
「そうかもね。なんだかんだ言って俺、だれにでも好かれちゃうから。にじみ出る魅力があって困っちゃうな」


 カラスが爪を噛む。がり、がり。


「……みんないなくなったのに、なんで優志朗はそんな元気なの?」
「だってみんないるもん」
「は?」
「らぶらぶだいすきナツくん無事だし、可愛い友だちの満和くんも無事だし、談と北山さんは病院送りだけど普通に生きてるし、そこのあーりんだってぴんぴんしてるし」


 その言葉に応えるように、カラスの足首を鷲掴みにする厚みある手。かと思えば膝の関節へ拳を叩きつける。石が当たったかのような硬い感触に飛び退るカラス。深々刺されたはずの有澤がゆらり、立ち上がった。


「てめぇがいきなり刺してきたせいで一張羅が台無しになったじゃねぇかよ……」


 ちくしょう、と言いながら土を手で払う。


「手応え、あったのに……」
「舐めんな。来るってわかってたらさすがに対策立てるわ」


 有澤が背中の辺りから取り出した、妙に分厚い大学ノート。何冊か貼り合わせてあるらしい。


「あーりん、何それ?」
「満和くんが家に来た初日からつけてるらぶらぶ満和くんマル秘ノート初期編です。最近データ化したので、今回防刃用に入れてきました」
「気持ち悪……」
「結果的に助かったんだからいいじゃないですか」


 言うなり、有澤が走る。瞬発力は佐々木を上回る有澤の足。カラスを後ろから羽交い締めにし、首を太い腕で容赦なく絞め上げた。


「カラスかぁかぁ、あーりんが穏健派だからって気ぃ抜きすぎだから。隙ありまくりじゃん」
「……っ……」


 カラスが肘を入れるが、有澤は離れない。それどころかますます強く絞め上げる。


「あーりんがなんで真ん中の仲裁役でいられると思う? それだけ強いからだよ。かぁかぁ、理解できますかぁ」
「……ぐ、」
「騙し討ちして致命的な一撃入れてからじゃないと、普通に敵わないんだよね。だから佐々木もいっつも闇討ち一撃両腕ぶち折ってからのタコ殴りだったから」
「ほんとあいつ腹立ちますよね……三回くらい折られてますから」
「カラスも、遠隔とか罠とか必要だよね。小柄だもん。今回も爆弾あったらどうしよう、って思ったんだけど、なんでそうしなかったの」


 赤黒い顔で手足をバタつかせるカラス。なにか言いたそうに目を動かしたが、結局一言も発しないままに落ちた。


「佐々木のときみたいに、満和くん襲われてたらどうする」


 とことこやってきてしゃがみこみ、どこから取り出したのか結束バンドで両手親指と足首とを拘束する鬼島。
 見上げられた有澤はネクタイを緩めながら、何回も聞かれている誕生日をまた聞かれた人のように不思議そうに答えた。


「廃工場で殺すに決まってますけど。満和くんに暴力的な目的で近付いたってだけで、俺の中では罪に値します」
「満和くんが殺されてたら」
「さぁ……想像がつきません。触れられただけで勘弁ならないのに、そんな事態で自分が何をするのか。あ、肉片になるまで虐待するかもしれませんね」
「……あーりんって、実は結構怖いよね」


 首を傾げる坊主頭。鬼島はカラスの身体を探り、武器の類をすべて取り出した。それらを棺の穴に放り込む。
 腰を抜かしている牧師や逃げ出した運び役を振り返り、口元に笑みを。


「すいません、ここ埋めてもらっていいですか、代わりに」


 何回も頷く牧師たち。有澤が肩へカラスを抱え上げ、のしのし歩く。鬼島はその後についていった。


「カラスは虎谷家の蔵ね。上弦とヤシロと姐さんが手ぐすね引いて待ってるから」
「だから総長を呼び捨てにするなと」
「あの三人なら、談やら北山さんやらの分もやってくれるでしょ。それこそめっためたに」
「鬼島先輩、いいんですか。さんざん迷惑かけられたのに」
「俺は、結果的にナツくんたちさえ無事なら別にいいから。あ、談はもうすぐ退院らしいよ」
「火傷の痕とか一切残らなくてよかったですね」
「北山さんは?」
「傷痕が身体のあちこちに残るらしいんですが、それも相まって男前度が上がってる気がしますね……休みができた、とか言って写経とかしちゃってましたよ」
「いいご身分ねぇ。あ、そうだあーりん、刺されてたらできたのにね。純粋えろナース満和くんと患者有澤さんごっこ」
「……ハッ!」
「惜しいことを」


 後日、鬼島邸有澤邸共に平和な日常が返ってきた。
 虎谷家から帰ったナツは鬼島邸の玄関で待っていた談に笑いかけられ、泣きながら抱きついて鬼島にもやもやを与えた。
 同じく満和は、お久しぶりです、と現れた北山にしくしく泣き、膝に抱っこされて慰められて有澤の嫉妬を煽った。

 平穏な日々は改めて尊いのだと、思ってみたりする鬼島と有澤。カラスがどうなったかはわからないが、ナツと満和が帰ってきたということは二度とカラスが現れることはないのだろう。
 もう、二度と。


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