お友だち(偽) | ナノ

32


引き続き、辛い悲しいです。





 鬼島と有澤の前にいる佐々木はやはり、眠っているようだった。普段うつ伏せばかりなのでこんな風に仰向けで横になっているのは新鮮だ。


「きれいになってよかったな」


 有澤が言う。
 答える声はもちろんなく、しん、とした部屋の中。鬼島はいつものように胡座をかいて、読めない表情で冷たい佐々木の横顔を見ていた。


「葬儀は、どうしましょうか」


 有澤が言う。


「ペンで黒く囲ったはがきでも出しとけば。葬式とか嫌だって言ってたし」
「会社経営に携わってましたからね。そうもいかないのでは」
「面倒だねぇ。密葬とか?」
「密葬にしても関係の方には来てもらわないと」
「俺はいいよ。見送るとか、がらじゃないし」
「……鬼島先輩」
「そういうの嫌いなんだよね。墓参りはちゃんとするから」
「そういうことでは」
「もう行くね」


 有澤の知り合いの病院。静まり返った病棟の廊下へ出る。青い服を着た清掃員が床を掃除しているだけで、他に人の出入りも気配もない。
 壁に凭れて息を吐く。
 上を見る。
 白の中にまだらな黒が散らばる、昔ながらの病院の天井。ぼんやり見ていたら、視線を感じた。
 くり、と、後頭部を壁にこすりつけながら左を見る。誰もいなかった。しかし、その視線には覚えがあった。
 しっかり立って、足を進める。
 先ほどまで道具を積んだワゴンを傍らに掃除をしていた小柄な清掃員は姿を消していた。代わりのように、床にぽつんと置かれた木箱。蹴ってみる。蓋が開いて紙が飛び出し、流れ出した音楽。寂しげなオルゴールの音に鬼島は眉をひそめた。紙を摘む。


「佐々木一々が死んで悲しいね」


 黒いペンで書きなぐられた細い文字。
 片手で握り潰し、ワゴンに放り込む。淡々とした表情で辺りを見回した。誰もいない。


「お帰りなさい、鬼島さん」


 家に帰り、出迎えてくれたのはナツだった。談がいなくて落ち込んでいるようだが、鬼島の前では精一杯笑う。疲れた顔のまま、腕を伸ばして抱きしめた。


「ただいま」
「……どうしたんですか」


 言うか、言わないか。
 迷ったのは一瞬で、ただ「なんでもない」と告げる。今のところナツも、お隣の満和も無事だ。だが、それもいつまでかわからない。
 鬼島の両手がナツの頬を包む。


「ナツくん、今から白豚ちゃんちに行こう」
「シノくん、ち?」
「うん。あそこなら何も心配いらないから」
「でも」
「満和くんも一緒に。話は有澤がつけた。今は安全が一番」


 鬼島の、いつになく真剣な声と眼差し。ナツは不安そうな目で鬼島を見上げる。


「でも、鬼島さんは」
「鬼島さんは、まだやることがあるからね。大丈夫。心配しないで」
「おれ、鬼島さんと一緒にいたい、です」
「とっても嬉しい。ありがとう」


 額に口づけ。けれど、鬼島は首を横に振った。


「ナツくんに何かあったら蓮さんやみんなに怒られちゃうから。鬼島さんも行くから、満和くんと先に行っててほしいな」


 お願い。と言われ、ナツは仕方なさそうに頷いた。手に、手を重ねる。


「鬼島さん、後で来ますか。絶対?」
「うん。ナツくんのこと、お迎えに行くから安心して」
「……わかり、ました」


 満和を連れ、準備をして待っていたら虎谷が寄越した人間が迎えに来た。すらりとした美形。特徴的な髪型をしている。


「あらカワイイ。初めまして、夜山よ」
「夏輔です」
「満和、です」


 切れ長な眼が、満和を真っ直ぐ見る。とても強い、射るような眼差し。


「あなたがジョーちゃんの恋人ね」
「ジョー……ちゃん」
「ええ。有澤譲一朗。わたし、飲み仲間なの。会えて嬉しいわ。こちらは優志朗の恋人ちゃん? よろしく」


 ペコリ、頭を下げるふたりに微笑む。とても優しげな笑い方に、ナツは談を、満和は北山を思い出してじんわり、涙がこみ上げる。


「あらあらあら、泣かないで。大丈夫よ。わたしが、何があっても虎谷の家まで連れて行くわ」


 頭を撫で、背を撫でる大きな手。不安な未成年を強め、支えるにはちょうどいい。


「お預かりするわよ」
「よろしくお願いします」
「あなたも、気をつけなさいね。優志朗」
「はい。姐さん」


 ふたりを車に乗せた夜山が戻ってきて、鬼島の頭を撫で回した。北山と一緒によく構ってくれた兄弟分。鬼島は軽く頭を下げ、去って行く車を見送る。
 家へ入ると静かだった。
 誰もいないに等しい。何人かの若衆がいるのみで、親しく話してくれる人間はゼロ。ジャケットを放り、畳に寝そべった。なんだかいろいろあったような気がする。

 カラス。
 裏切ったのだと思ったままで、時折思い出したように仕掛けてくる。居場所を奪われ、ひとりになって寂しいのかもしれないし、却ってタガが外れ、元々潜んでいた凶暴性が剥き出しになっているのかもしれない。
 目を閉じると、ちょこちょこついてきた姿が浮かぶ。痩せていて小さくて、いつも黒い服を着ていた。腕まくりをすると骨みたいな腕が剥き出しになる。
 ずっと独りだった、そうつぶやいたカラス。
 虎谷家の敷地内にある若衆部屋で、眠る直前のこと。鬼島は「同じだ」と答えたのを朧気に覚えている。


「……なんで、」


 なんで、居場所を潰すような真似をしたのか。
 禁止だとわかっていたことをやったのはカラスだった。虎谷が、東道会が長く禁じてきたことをしたのは彼自身。あの廃工場で問い掛けたとき、カラスはなんと言ったのだったか。
 思い出せない。
 ただ、冷たいような漆黒の目だけが浮かぶ。
 そのときの俺はどうだっただろう。
 鬼島は目を閉じたまま、過去に思いを巡らせる。




「鬼島優志朗、元気なかった」


 くす、と、ひび割れた唇が笑う。
 真っ暗な部屋、明るいのは目の前の画面のみ。そこに映る不鮮明な映像。殴られても焼かれても表情ひとつ変えない男。ただ、手の中のスマートフォンを大事に大事に抱えている。
 刺されて動かなくなり、録画は途切れる。取り出したディスクをケースに入れ封筒にしまい、画面の横へ。
 たのしい。
 鬼島優志朗が悲しそう。病室での声も暗かった。いつも表情を表に出さないのに。
 おもしろい。変化があった。
 様々なものが散らばった机の上からリモコンを拾い、薄明かりを点ける。壁にあるコルクボードが照らし出された。
 佐々木の写真にだけ、異常に刺さる銀のダーツ。無傷の写真はあと少し。く、く。喉を震わせたカラスは、椅子から下りて写真を指でなぞる。
 鬼島優志朗。
 有澤譲一朗。
 あと少し、だ。

 陽気な音が部屋に流れた。

 メールの受信音。開いてみると、佐々木の葬儀の日程を知らせるはがきの写真が添付されていた。
 く、く。
 どうせなら、ふたりまとめて送ってもらおう。
 机の上から、フォークを掴む。それを力いっぱい突き刺した。東道会の若き仲裁役の写真に、銀色が深々と刺さる。


「有澤譲一朗がいなくなったら、鬼島優志朗は泣く、かな」


 く、く、く。
 ひび割れた唇に挟まれた爪。白い歯ががりがり、削る。目は昏く、無邪気な光を宿している。



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