お友だち(偽) | ナノ

31


 

痛い辛い苦しいが苦手な方
佐々木一々が好きな方
お戻りいただけたほうが幸せかもしれません。





「俺は何にも知らないよ」


 呼び出された鬼島は、山奥にある虎谷邸で上弦と向かい合っていた。上座に正座している上弦、下座にあぐらをかいている鬼島。先に口を開いたのは鬼島で、上弦はただ、じっと見つめている。


「カラスが急に動き出した理由も見当つかないし、どこにいるかも」
「お前にしては後手後手だね」
「なんでもわかるわけじゃないもんで」
「まああの子はそういう子だったけどね。昔から慎重で、姿を隠すのが異常に上手かった」
「あんた、あいつ好きだったよね」
「うん。賢くて可愛かったから」


 端正な顔に浮かぶ柔らかな笑み。


「でも、子どもに手を出されたらそうも言っていられなくなる。父親としては」
「……で? 俺を呼んだ理由は何」


 上弦は同じ笑顔のまま、続ける。美しく静かな低音で。


「あの子を捕まえたら連れて来て。出来る限り生きて意識がある状態で」
「バラバラに近くてもいいの?」
「構わない」
「……約束はできないけど」
「必ず。連れてきてくれるよね?」


 圧力を感じた。
 言い方はお願い。しかし命令のようだ。肩を竦めた鬼島は頷きもせず立ち上がり、廊下へ。
 ぶーん、と、ジャケットの内ポケットで携帯電話が震えた。その後に着信音が鳴る。「鬼島さーん電話ですよー」とクリアなナツの声が着信音だ。ちなみにメッセージが来ると「鬼島さんっ」と可愛らしく呼んでくれる。来るたびに少し幸せになれる仕組みだ。たとえ電話の相手が誰であっても、一瞬は。


「あーりん? どうかした?」
「鬼島先輩」


 有澤が『先輩』と呼ぶときはかなり切羽詰っているか、腹を立てているか、酔っているか。とにかく強い感情の変化があるときのこと。


「何かあった? 満和くんと喧嘩でもしたの」
「……カズイチと連絡が取れないんです。何回鳴らしても出ないし、家に帰った形跡もありませんでした」


 きん、と、頭の中で嫌な音がした。この状況で連絡がつかない、となると嫌な方向にしか考えられない。
 鬼島は壁に背中を預け、息を吐く。


「どっかふらついてんじゃない」
「ふらついてても必ず電話には出ます。あいつが出ないなんてこと、有り得ません」
「……ちょっと一回切るよ?」


 有澤との通話を切り、着信履歴に異常なほど多い佐々木の名前をタップして繋げた。呼出音は鳴る。しかし、いつまで経っても出ない。佐々木が鬼島の電話に出ないなどということは今までなかった。
 佐々木の言葉が蘇る。聞き流して、適当に返事をした言葉。あれはいつだったろうか。そんなことすら覚えていない。


「俺が優志朗先輩の電話に出ないとき、なんていうのがもしも来るとしたらそのときは――」


 再び有澤に電話を繋いだ。電源が入っているらしい佐々木の携帯電話、位置を特定して向かうよう言う。いくつかのことを短く伝えながら、玄関で靴に足を入れて車へ乗った。
 切れた電話を持ったままでハンドルへ両手を乗せ、甲に額をつけながら考える。
 カラスのことだ。
 佐々木と自分とカラス、三人に共通する何か、場所。頭の中を猛スピードで駆け巡る記憶。掘り出したのはただひとつ。
 エンジンを入れ、急発進した。不安定な山道を、来るときの倍の速度で下る。

 佐々木にだけ相対しなかったカラス。談のときも北山のときもシノのときも自ら出向いているというのに、三人のときだけは人をやった。本気ではなかった、ということだったのかもしれない。
 走りながらハンドルを殴りつける。
 読み切れなかった。甘すぎた。

 公道に出ても鬼島の車は速度を上げる一方。メーターはすでに違反の範囲。その速さで夜道をただ走る。ぽつぽつとあった街灯がなくなり、真っ暗の、再び山道へと入って行った。
 進むごとに不気味な霧が出てきて、ヘッドライトの中にのみ存在していた視界が白く染まる。

 車を停めた。
 降りると、ひんやり、じっとりした空気が張り付く。前髪の下にある眉間へ皺を寄せたままの鬼島は、ゆっくり足を進めた。じゃり、足元で鳴る、砂。
 もう何年放置されているのか、朽ちかけたその工場。最後に来たとき、佐々木とカラスが一緒だった。カラスがやっていたことを知った佐々木が鬼島に話し、その後呼び出して真偽の程を直接問い質したのである。そのまま東道会には黙っていよう、と思った。しかし佐々木にわかることを上弦が知らないはずもなく、それは間もなくして知れるところとなった。
 続いて全国に回った絶縁状。総長・虎谷上弦自身の手で書かれたそれにより、東道会全体がカラスを拒絶する。今に至るまで。

 鬼島の足は、入り口の前まで来た。
 厚い鉄板の扉。隙間なく閉ざされている。手を掛ける。冷たい。とても。
 細く開けた。
 霧が吸い込まれる。
 もう少し開く。錆びついた、嫌な音。
 更に、鼻をつく嫌な臭いがした。鬼島の顔は無表情のまま。しかし、その臭いを、鬼島はよく知っている。埃とかびとオイル、血、それから。
 暗い中を進む。一番向こうに灯りが点いている。ゆらゆら揺れる灯り。
 機械が据えられており、視界は定かではない。誰かが飛び出してきてもおかしくないような場所だが、鬼島は速度を緩めない。間をすり抜け、奥へやってきた。

 揺れていたのは大きな懐中電灯だった。二階の手摺あたりからぶらさげられているようで、破れた窓からの風で右に左に光がふらふら。
 その中に、姿があった。横向きに、腕を投げ出している。
 白い髪にこびりついた黒いもの。こちらを向いている端正な顔は眠っているかのよう。肩から右上腕にかけてが変色している。嫌な臭いもそこからだった。よく見なくてもわかる火傷。


「……同じ場所に似たような刺青入れたりするから、無駄に痛い思いするはめになって」


 思わず呟きながら身体を検める。
 あちらこちらが、血に濡れている。
 佐々木が顔を歪めたりしたのだったら見てみたかった。長い付き合いになるが、苦痛に悶える姿など見たことがない。
 背中に突き立てられた二本の刃物が、揺れる光にきらきら光る。佐々木が見たら喜びそうな、切れ味鋭い銀色だ。
 膝を突いた鬼島は、ゆっくりと髪を撫でた。冷たい、作りもののような髪。
 似合う、と一度言ったら欠かさず染めていた。生え際までいつも白く、色を入れろと言えば毛先を染めて。スーツはあんまり、と言うと、着なくなった。ある意味一途。不気味なほど。
 出会って、付き合いを重ねて、鬱陶しいくらいに付き纏う。心地よくも悪くもあった。佐々木の視線が自分に向かってくるとき、真っ直ぐすぎてたまらない。重すぎて、熱すぎた。
 最近はそれが年下の恋人に向きがちになり、ようやく人並みになったかと思ったところ。

 ただの興味本位で、死にたそうなところに手を入れただけだったのに。
 もしかしたら、その時終わらせていたほうが楽だったかもしれないのに。


「今もまだ、お前は俺が好きだって言うのかな」


 いつだって、どんな小さな言葉にだって返ってきた無駄にいい声。なのに今日は鬼島のひとりごとが寂しく闇に溶けるだけだった。

 腕が交差する場所に、何かがあることに気づいた。
 それは鮮やかな青色のスマートフォン。僅かについた血を無造作に拭う。
 いつだったか、佐々木の恋人であるシノが嬉しそうにナツに見せていた。


「青はおじちゃんの色なんだよ。だからシノ、青がすきなの」


 特別に作らせたカラーで、世界に二台だけだと言っていた。持ち上げて、返してみる。背面の下の方に銀色で、シノの名前が書かれていた。
 佐々木はこれで呼び出されたのだろう。
 恋人のためにこんな場所にひとりで来るとは、人間になったようだ。鬼島は小さく笑う。佐々木一々は、人が言うような悪魔ではなかった。そして、それをずっとわかっていた。多分。あの目に見つめられている時間が長かったから。


 有澤と幾人かが来たので、スマートフォンを持ったまますれ違うように工場跡を出た。漏らした呟きは、有澤にしか聞こえなかった。思わず背中を見る。
 鬼島の黒い姿は、まもなく霧に包まれていった――。



お友だち(偽)TOPへ戻る

-----
よかったボタン
誤字報告所



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -