お友だち(偽) | ナノ

28


少しでも痛いのはいやだ……
という方はお戻りください。





 佐々木一々は、昼間の町中を歩いていた。
 春先で、寒の戻りが激しく冷え込んでいる日中。鮮やかな青のカーディガンに灰色のシャツ、黒いパンツにキャンバス地のスニーカーといった出で立ち。真っ白の髪の途中から毛先に向かって赤いメッシュを入れている佐々木の姿は相変わらずオフィス街で浮いている。長い足を動かし、人とすれ違いながら歩く。

 そのうち、ひとりのサラリーマンが向こうからやってきた。黒縁眼鏡にそこそこの上背、すっきり伸びた姿勢に爽やかな顔立ち。

 すれ違う。

 と、思いきや、どちらの足も止まった。肩を触れ合わせるようにして。周りの通行人は気にしながらも流れてゆく。


「……なに? 刃物の営業でもやってるの?」


 雑踏の中、いやにくっきり聞こえた冷淡な声に、サラリーマンは驚いたような顔で手元を見る。確かに刃先を腹へ埋めたはず。しかしそれは、佐々木が咄嗟に腹の前に出した革の鞄に深々と刺さっていた。


「営業ならじっくり聞いてあげる。飛び込み大歓迎だから、うち」


 ね、と、冷たい声が囁いた。

 表情の硬い、若いサラリーマンと美しい男とが連れ立ってホテルへ入って行く。それはまるで密会か何かのようで。
 しかし、二人が出て来たのを見た人間は誰もいない。



「営業にしては、根性ないね」


 無造作にベッドの上へ投げられた青いカーディガンとグレーのジャケット、床には白いシャツ、グレーのスラックスなどが散らばっている。
 優雅に足を組み、椅子に座る佐々木の前。
 天井から垂れる拘束具によって両手を拘束され、項垂れるサラリーマンの姿があった。全裸、至るところから血が滲む。そうしたのは佐々木が先程から両手で、おもちゃのように弄んでいるナイフ。小型だが良い切れ味のそれは、先程腹を抉らんとした凶器だ。


「どっか、太い血管に突き立ててみる?」


 先が、太ももあたりから上へ肌を辿る。
 顔にも傷をつけられた男は怯えていた。顎のあたりから目の縁ぎりぎりまでまっすぐに刃を入れられたばかり。絶叫しても、外には聞こえていない。


「御社の刃物、よく切れるね。発注したいな」


 右の脇腹辺りで、わずかに力が入れられた。ひやりとした痛みに、新たな傷を知る。滲む血を見た佐々木は微笑う。優しげに。
 整った顔、その目に狂気を感じたサラリーマン。口を開きかけたのに、すかさず丸めたタオルが突っ込まれた。細い指が強引に、物凄い力で。


「もうちょっと頑張ろうよ。ね。やすやす鳴かれてもつまんない」


 気付いた。
 口を割らせる気はない。誰に指示されたか、別に聞きたくもないようだ、と。彼は、飛び込んできた小ねずみと、ただ遊びたいだけ。


「次は何しよっか」


 ナイフが、深々と右大腿部を突き刺す。
 獣のような叫び声。しかしその声も、廊下にさえ聞こえることはなかった。
 佐々木の笑い声も、だ。





 がり、がり
 消えているモニターの上の壁を見上げながら爪を噛む男。白い長袖から覗く手首は骨のように細く、生地と同じくらいに白い。
 ぎざぎざの爪は右手親指のもの。それをますます歪にする歯。薄っぺらな身体の後ろにあるのは、血塗れのナイフと細切れの肉片。
 男の目がじっとり、貼り付けられた写真を見ていた。二枚の写真の上に刺さる二本の、銀色をしたダーツ。一本は、相羽談の写真に。もう一本は佐々木一々の写真に。
 立ち上がり、億劫そうに腕を伸ばして佐々木の写真から引き抜く。そして床へ放り投げた。かつん、と、音。


「次は何しようか」


 くく、くく
 喉の奥から滲む笑声。



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