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26 不幸のカラス


 その呪いは、ナツの手によって鬼島のもとに届けられた。
 学校から鬼島邸へ帰ってきたナツ。制服姿の彼の手に、古めかしい宝石箱のようなものがあった。


「おかえりなさい、ナツさん。なんですかそれ」
「ただいまです。あの、今そこで宅配便の人に渡されて」


 無造作に、箱のふたに貼り付けられた送り状。談はその文字を覗き込む。『カラス急便』と、見たことのない運輸会社。そして文字は手書きではなく、印刷だ。わざとにじませたような文字で「鬼島優志朗さま」と書かれている。


「お預かりします。社長にお渡ししますね」
「あ、はい。お願いします」


 談の、いつもと変わらない笑顔にナツは何の疑いも持たなかった。手渡し、意外とずっしりした感触に談はますます疑いを深める。着替えに行きます、というナツを廊下で見送り、片手に持ったままでスマートフォンを取り出す。


「あ、談です」
「談? どうかした?」
「はい……ちょっと、変なものが届いたので」


 手元の箱に目を落としながら、談は言う。電話の向こうの鬼島の声は変わらないまま、どういうもの、とたずねてきた。


「古い……宝石箱みたいなものです。日に焼けたような黒っぽい茶色で、銀の蔦のような細工がしてあって、鍵がついています」
「ふぅん」
「それと、送り状がおかしいんです。見たことのない会社で」
「そうなんだ。お名前なぁに」
「カラス急便、です」
「……へえ」


 それは、ほんのわずかな声の違い。鬼島のそばにいる談にやっとわかるようなもの。


「鬼島社長、どうしましょうか」
「うーん、そうだねぇ……どうしようかな。とりあえず北山さんに渡して」
「北山さん、ですか」
「うん。北山さん」
「なぜ」
「談は知らなくてもいいよ。ただ、ナツくんのこと、見守ってくれれば」
「……」
「わかった?」
「はい」


 鬼島が、知る必要がない、というのならばそうなのだろう。頷いた談は、ナツに声をかけてから庭へ出た。木戸をくぐればすぐ有澤の敷地に入る。そしてそこから居間の縁側まですぐだ。
 いつもなら押し開けられる木戸。
 しかしその日はどうしたことか、押しても動かなかった。
 箱を地面へ置き、両手で押してみる。すると、わずかに動いた。どうやら蝶番の不具合らしく、ぎこぎこ嫌な音がする。整備不良とは珍しい、と心の中で呟きながら、ぐっと力をこめる。


 その音は、家の中にいたナツにもはっきり聞こえた。家に響き、反応してあちこちから若衆が走っていくのをガラス越しに見ていた。


「……何?」


 爆発音、というものを聞いたことがなかったナツはただ不安になった。
 しかし表では騒がしい声がしている。様子を見に行こうと庭へ下りかけ、目の前に現れた北山に目を丸くする。


「ナツさん、中にいてください」
「え……でも」
「大丈夫です」


 北山の顔は厳しいものだった。普段柔らかな表情を浮かべていることが多く、ナツが見るのは初めてだ。ナツがいる場所からは見えないけれど、煙が上がっているのが見える。人の気配もあって、ざわついている。


「……何があったんですか」
「ちょっとした、事故が」
「談さんは?」
「……家に」
「本当ですか」
「ええ」


 お隣りへ行ってきます、と言って、わりにすぐではなかっただろうか。
 もしも、談だったら。
 ナツの顔から血の気が引く。身体が動きかけたのを、肩をつかんで押しとどめられた。


「談さんと会わせてください」
「今は、」
「どうして」
「大丈夫です。だから落ち着いてください」
「いやです。談さんに何かあったんでしょう」
「大丈夫です」


 北山が、ナツの肩を押す。強い力で、抗えるものではなかった。真っ白な顔で廊下に座り込んだナツを、今度は北山の腕が抱く。ナツの頭を、さまざまな想像が駆け抜けた。手が、身体が震える。何が起きたのか、よくわからない。わからないのが余計怖かった。


 北山は、鬼島から電話を受けた。
 端的に、たった一言で切れた電話。


「カラスが動き出したみたいです」


 その一言で十分だった。体調を崩して寝ている満和の周りに人を増やし、有澤へ連絡を取った。その最中だった。爆発音が聞こえたのは。庭から走ってきた若衆のひとりが「談さんが」と言った。すでにその身は病院へ送っている。たまたま満和の往診でやってきた医者がいたおかげで、自家用車で早急に運ぶことができたのである。
 ナツに声をかけながら、北山は舌打ちをしたい気持ちでいた。
 あの男らしいやり方だ。鬼島本人ではなく、周りから手を出していく。ちっとも変っていない。


「ナツさん、大丈夫です」


 その言葉は、様々な意味で嘘だった。



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