お友だち(偽) | ナノ

佐々木は薄着


「おじちゃん、すっごくおいしい!」
「おいしい? 良かったねー」
「うんっ」


 ネイビーのハイネック、黒いジャケットに、細身のグランチェックのパンツ、革靴。相変わらず白い髪で毛先を赤く染めた佐々木の表情は冷やかで、けれどその、変わった色の目は常に腕にくっついているシノに注がれている。
 佐々木の腕を抱いて嬉しそうにホットチョコレートを飲むシノ。ふわふわしたベレー帽に黒いケープ、ネイビーの膝上ワンピースに、チェックのタイツ、ストラップシューズ。手には帽子と同じ色のミトンをはめている。


「おじちゃん、珍しいね、夜歩こうなんて」
「イルミネーション、見たいって言ってたでしょ」
「うん。覚えててくれて嬉しい。ありがとう」


 保温性に優れたステンレスのマグを受け取り、蓋をしてシノの鞄へしまう佐々木。白々とした手はいかにも寒そうで、シノがもふんと手で挟むと、笑った。


「寒くないから大丈夫だよ」
「でもおじちゃん、薄着だよ。シノいっぱい着てるし、あったかい下着とかも穿いてるのに」
「大丈夫」


 シノの片手を取り、歩き始める。辺りは一面電飾で飾り付けられ、色とりどりの光がどこまでも続いている。あっちもこっちもきれいできょろきょろしながら歩くシノに合わせ、ゆっくり足を進める佐々木。この国で最大だというこのイルミネーション、佐々木の目から見るとそれこそ金が光りまくっていて勿体ない、という箸にも棒にもかからない感想しか出ない。けれどシノはとても嬉しそうなので良しとした。金が普通に回るよりもシノが喜ぶ方向に回ってもらえる方がずっとありがたい。


「おじちゃん、シノとお出かけするの、久しぶりだよね」
「そう、だね」
「シノずーっと待ってたよ」


 にこにこするシノ。それを見ていると佐々木の冷ややかな胸中にもささやかながら罪悪感が生まれる。仕事であっちへこっちへ忙しくしていたのだけれど、その間連絡だけでシノと出掛けることはほとんどなかった。考えてみれば今年はほとんど出掛けていない。合った場面も、他の人もいる状況ばかりで、ふたりきりなどいつのことだったか、いまいち思い出せないほど。
 その時間も含めて「ずっと待っていた」と言うならそれは申し訳ないことをしたと思う。
 きゅっと手を握ると、シノの手も微力ながら握り返してきた。


「シノと会ってくれなきゃ、その間におっきくなっちゃうんだからね」
「浮気とかじゃなくて?」
「シノも成長途中ですからー。すぐおっきくなっちゃうよ」


 そう言う割に、シノの背が伸びたようにもどこかが成長したようにも見えない。


「そうだね。無駄にはできないね」
「そうだよぅ。ちょっと時間ができたら会ってほしーです」
「わかりましたー善処します」


 つまりはそれが言いたかったのだろう。
 隙間を詰めてぎゅうっと抱きついてきたシノ。足を止め、見る。大きな目がじいと見上げてきた。柔らかな頬を撫でる。辺りに人はたくさんいる。けれど佐々木は特に気にする様子もなく、身を屈めて口付けた。


「……ちょっと大きくなってくれた方がキスもしやすいけどね」


 シノは色づいた頬をむっと膨らませた。


「次は高い高いヒール履いてくるっ」
「疲れるよ?」
「じゃあおじちゃんが縮んで」


 ジャケットの襟辺りを引っ張るシノ。佐々木は、帽子から伸びる髪を撫でた。寒いからか毛先にウェーブのかかった栗色のウイッグを被っている。体温のない、けれどきちんと人毛なのだろう手触りの髪。とても自然でよく似合っている。
 ぐいぐいしてくるシノの手の上から手のひらを重ね、再びキスをすると大人しくなった。


「ほらほら、お金が光ってるの見て回ろうね」
「お金が光ってる……」
「おっと心の声が」
「なんか楽しめなくなっちゃう」
「噴水がきらきらしてるよ」
「わー、きれい!」


 すぐに目をキラキラさせるシノのそういうところが可愛い。手をつなぎ直して、広場のようになっているところのあちこちで吹きあげる噴水に近付いた。まるで光の筋が吹きだしているようでとても美しい。

 シノは、ちらりと隣に立つ佐々木を見た。
 光に照らされる横顔、今日は半分の髪を流しているので顔がよく見える。くすみのない、まるでCGのように完璧な造形の顔。光の中ではなおさら。こんなに白くて冬は寒いだろうと聞いたら笑われたことがある。


「おじちゃん、来年も一緒に来てね」
「うん、暇だったらね」
「このイルミネーション、かなり長い時間やってるよ」
「じゃあそのどこかでお休み取ってあげる」
「シノ、楽しみにしてるから」
「わかりました」


 佐々木が、シノを見下ろした。目が合う。きれいな佐々木のきれいな目が、シノを映した。


「シノちゃん、来年も俺と遊んでね」
「いいよ」
「好きだよ、シノちゃん。まだまだ一緒にいてね」


 佐々木の腕が、シノを抱き寄せる。
 胸の辺りへ顔を埋めて、離れがたいかのようにきつく腕を回す。こうして抱きしめられるのも久しぶりだ。佐々木は年々忙しくなっているような気がする。それとも自分が寂しさを強く感じないようになっただけか、会えない時間が増えて、でも我慢できるようになった。前に比べれば。
 しかし、ぎゅっとされると、我慢していた時間が勿体なく感じる。もっと会いたい会いたいと主張して、一分一秒でも多くこの腕の中にいればよかったと思うのだ。

 光の中、同じ色合いの服を着たふたりはしばらく抱き合っていた。


「……立ち止まると寒い」
「おじちゃん、やっぱり薄着だから」
「シノちゃんみたいにちょっとお肉つけようかな」
「あ、シノ痩せたんだよ!」
「……痩せたの?」
「なんで怒るのっ」
「痩せないでよーむしろあと十キロぐらい太ってもいいよ」
「ええ」


 手を繋いで早足の佐々木、とことこついていくシノ。
 楽しげに話すふたりはお互いを見てばかり、おかげで天から降る柔らかな白に気付くことは当分なかった。



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