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別邸にて大晦日を迎える


 
Twitterでの喧嘩の話(/////)のあとのこと。





「凄く、静かですね」
「森の中だからな」


 普段過ごしている有澤の本宅とは異なり、部屋は三室ほどしかない小ぢんまりした別宅へとやってきた。 木に囲まれた湖のほとりにあり、文豪か政治家の別荘かという趣である。
 昼間、着いてすぐに有澤と家の周りを散歩したが、歩いて回るとすぐだった。丁寧に整えられた柴垣の向こうに見える白壁と茅葺の小さなお家。室内は意外とモダンで、フローリングだったり暖炉に似せた暖房器具があったり、赤レンガでできたカウンターがあったりとなかなか面白い。満和は興味津津で動きまわり、屋根裏があると聞いて行きたがったけれど、埃が多いからと有澤に止められて行くことができなかった。
 家では何もせずにどっしりと座っているか書斎にいるか、仕事で出ていることの多い有澤が買い物してきた食料品や品物を冷蔵庫や棚に収めたりしている横で、満和はじいっと動きを見つめる。スーツではなく、赤のダウンジャケット、グレーに小さな白いドットのあるデニムシャツ、黒いパンツとラフな格好。身体ががっしりしているのでよく似合う。満和も同じような緑のダウンジャケットを着てきたが今は脱いでいて、グレーにドットのデニムシャツ、黒いパンツ姿。


「満和くん、これ、そこに置いてくれ」


 こっくり頷き、渡された醤油を白いタイルの貼られた流しの下へ収める。極選天竺醤油と書いてあり、そういえばナツがおいしいと言っていたな、と思い出した。
 昼ご飯は、有澤が作ってくれたふわふわパンケーキ三段。フルーツがたくさんのっていて、甘さが控えられた手作りのクリームがとてもおいしい。満和がもくもく食べているのを有澤はとても嬉しそうに見ていて、なんだか恥ずかしくなりつつ、おいしいです、と言ったら頭を撫でられる。

 誰も周りにいないのは、有澤の家に来てから初めてかもしれなかった。若いお兄さんがいる有澤の家では常に人の気配を感じるし、北山がいたりする。離れにいても時折外を人が動くのを感じた。こうして有澤とふたりきり、気配も何もないでただ静かに過ごすのは、覚えている限りでは、なかった。


 日が暮れると、ぼうっとしたランプの灯りが有澤の手であちこちに点けられた。強い光が苦手な満和にとっては薄暗い程度の方が安心する。少々曇った紅茶色のランプが珍しく、背の高いそれを見上げていたら有澤が抱っこして見せてくれた。丸みを帯びたガラスは意外と厚く、ちょんと触ってみるとじんわり熱が伝わった。

 いつまでもランプを見ている満和をキッチンから見つつ、鳥ハムやだし巻き卵、魚の焼き物やえび、豆、きんとんなどを詰めた重箱を開ける。有澤が家で作って来た大みそか用のおせち料理だ。満和があまり食べないのですべて小さめ少なめにした。それからお米を炊いて味噌汁の雑煮を作って、満和が好きな煮物を追加で煮た。さといもとたけのことにんじん、大根を煮た甘めの煮物。


「満和くん」


 暖房の前に座り、ぼうっと壁のランプを見上げている満和に声を掛ける。
 ゆっくり有澤を見た満和。はっとして、何も手伝わなくてすみません、と言った。気付けば部屋の中にはいい香りが漂っていて、後ろのテーブルには料理も取り皿もすでに用意されている。


「いや、そんなにやることもなかったから。そんなにあれが気に入ったか」
「はい。きれいだなって思います」
「そうか。気に入ってもらえてよかった」


 有澤と横ならびでラグの上へ座り、手を合わせて食事を始める。
 ちょこちょこもぐもぐする満和の様子を少し見てから有澤も箸を伸ばした。


「有澤さん」
「なんだ」
「今年は、どんな一年でしたか」
「今年は……悪くなかったな。仕事に大きなこともなく、平常に過ぎた。最後の最後で、その、満和くんと全然触れ合えない時期もあったが」
「自業自得です」
「そうだな……何も言うことはございません……満和くんは、どんな一年だった?」
「ぼくのほうは、変化もなく。あ、でも今年は去年に比べて出席率が高かったと思います」
「そうか。それはよかった」
「あと、動物園行ったり遊んだりもたくさんしたので楽しかったです」
「うん」
「有澤さんにまた今年も、いっぱいお世話になりました」
「こちらこそ」
「ありがとうございました」
「いえいえ。こちらこそありがとうございました」
「煮物おいしいです」
「食べられる程度に食べてな」
「はい」


 お雑煮を食べ、おせちを食べ、煮物を食べ。歳取りの魚ということでめざしをいやいやかじり、満和は食事を終えた。有澤が食べているのを見る。有澤は静かに箸を動かし、豪快に食べるので自分と全然違う食事方法だな、といつも思う。全然違う存在の有澤。いつも傍にいてくれる。ありがたいなあと思うと同時に、ぽわんと浮かぶ言葉。


「……有澤さん」
「ん?」
「有澤さん、好きです」


 変な音がした。ごっふ、のような、ぶっふぉ、のような。口から吹きださなかったのは大人のふんばりだろうか。口元を手で覆い、満和を見る。


「急にどう、どうした」
「いえ、なんとなく」
「……満和くん」
「はい」
「……なんでもない……」
「そこは言うところじゃないんですか」
「言うところじゃない……俺にとっては」
「そうですか、残念です。今年最後に聞きたかったんですけど」
「この近さは無理だ」


 ひょいと有澤の膝に座る満和。見上げられて有澤、顔を逸らす。不自然に天井を見上げるその角度、満和は少し考えてから、有澤の頬にちゅうと唇を触れさせた。


「満和くん」
「お風呂の準備してきます」


 立ち上がり、てこてこ隣の部屋へ。ひとり真っ赤になった有澤が取り残される。もう食事どころではない。荷物が置いてある隣の部屋はベッドルームで、そこに満和がいるという最高の状況ではあるが、大みそか、一年も終わりの日であることを考えると、そうそう肉欲に浸るのもはばかられる。まだ蕎麦も食べていない。


「……来てくれないんですね」


 ちらり、ドアから顔をのぞかせる満和に、大人の態度、と言い聞かせてぷるぷるしつつ使用済みの皿を重ねる。満和の身体のことを考えると、そうそう喰らいついてばかりはいられない。変わらねば。
 満和は着替えをラグの端っこへ置き、テーブルの上をきれいにするのを手伝った。洗い物は有澤がする。腕まくりをしつつ「先にお風呂どうぞ」と言う。


「一緒に入りませんか」


 昼間、見たお風呂はふたりで入るには十分だった。


「俺は、まだ、洗い物が」
「待ってます」
「いや、でも」
「待ってます」


 ちょこんと座って見上げてくる。小動物のような様子に可愛らしさと欲とを感じつつ、ぐっと我慢。あと数時間で歳が明けるので、今年最後の煩悩を打ち消そうと必死だ。有澤のそんな様子を興味深く見る満和。有澤の頭の中では、仏教の経文とクリスマスに聞いた牧師の説教とが入り混じって流れている。一心不乱に食器を洗い、水を止めると、待っていたかのように満和がぴとり、背中へ抱きついてきた。


「……みわ、く」
「一緒にお風呂入りましょう」
「……はい」


 さて、深夜。除夜の鐘と教会の鐘が、どこからともなくベッドまで鳴り聞こえた。
 ふにゃふにゃ眠る満和の横で、目を閉じながら聞くのはもう何度目だろう。変わらない小さな身体を抱きしめ、息を吐いた。
 結局煩悩にまみれたまま、まったく進歩しない自分でも愛してくれる人というのはありがたい。これからもなんとか喪わないようにいられたら、と思う。

 歳が明けた。



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