小説 | ナノ

ピアスが好きな彼らの話 3


 
テウ
才知(さいち)





 才知は耳も身体も、おれがあけたピアスと描いた刺青とで飾られている。出会った頃はまだ未成年で未成熟だった才知。けれどそのときのかわいらしさをそのままに、大人になってとてもきれいな青年になった。


「あーかんわいい」


 隣に座る才知の肩を抱き、もう片方の手で頭を抱えて撫でまわす。急なおれの行動にもすっかり動じなくなった才知は、はいはい、と言いながら背中を撫でた。薄い手のひらはTシャツの生地越しでもわかるくらい温かい。抱きしめている身体も。出会った頃から体温が高く、きめ細かな肌をしていて、すっかり魅せられた。この温もりの中に刺青をいれたらさぞきれいだろう、ピアスをしたら美しいだろう。そんな具合に。
 才知を見ていると次々とやりたいことが思い浮かぶ。幸せだ。


「テウさん」


 腕の中で才知がこちらを見上げてくる。大きな目、横幅が広く、上瞼の二重の曲線が美しい。左の目じりにはシルバーの小さな星がきらり。両手で頬を包めば収まってしまいそうなほどに顔が小さい。


「なんでしょうか」
「今日、何する? 午後からお休みでしょ?」
「何しましょうねー。才知は? 何したい?」
「えーと、お風呂いきたい」
「お風呂かー。平日だし空いてるかな」
「行こ!」
「参りましょう、王子様」


 住居である二階のドアを才知が、一階のスタジオのドアをおれがそれぞれ施錠し、赤い大型車の助手席のドアを開けて才知を先に乗らせる。そのあと運転席に乗り込み、銀杏の木の前を通過して、門から公道へ。狭い道で、前から車が来たらすれ違うことはできない。たいてい、車は来ないのだが。そばにバスとモノレールの駅があり、周辺住民はほとんどそれを利用するのだ。才知は大学へ行くときはそちらを使い、おれも近場なら車は使わない。けれどふたりで出かけるときは別。ふたりきりでいられる車が好きだ。

 車で三十分、大きなショッピングモールの隣に建つ、黒く大きい、瀟洒な建物。一階二階部分は会員制のジム、三階はサウナ、四階五階にお風呂や岩盤浴など。ジムにもサウナと入浴施設があるらしく、四階五階部分に人は少ない。まあ、ほかの理由もあるようだが。
 エレベーターで上がり、受付で会員証を提示する。刺青があっても入れるここは、そちらの世界の人もよく来る。ロッカーで施設着に着替えているときにもちらほら見かけた。
 才知は肩にかかる黒髪を右耳の後ろでくくる。ピアスはほとんど外して、トップスを脱いだ。程よい肉付きの身体、首にも鎖骨にも腕にも胸にも、へそにもピアス。それらも取ってロッカーの中のトレイへ置く。うなじから背中を彩る鮮やかな緑のリボンは、おれが解いた。


「なんかえっち」


 笑う才知。確かにおれもそう思う。すれる音がして、解けて、手のひらに落ちるリボン。何だか妙に性的だ。
 首から背中のピアスはそのままに、藍色の上着を羽織る。長い丈か短い丈か選べるズボン、才知は短いのを選んだ。膝丈。


「才知はひざ下が長いね」
「そうかな」
「きれいな足してる」
「ありがと。でもテウさんくらい身長があればな」
「仕方ないね」
「まあね」


 そんな会話で、廊下を歩く。五階の天井はガラスで覆われ、今は青い空が広がっている。窓の外を見ると川沿いに桜が咲いていた。まだ六分咲き、という感じ。


「帰りに桜見て帰ろう」
「うん」
「お酒買ってく?」


 才知が頷く。おれの手を取り、幾つかあるお風呂への分かれ道で立ち止まった。入口は衝立の向こう。


「どうしようかな……」
「どこから行こうか」
「うーん……迷う」
「おれは、あっち行くけど」


 指で示した先、溶岩風呂。温度も少々熱めで、風呂釜のそこはでこぼことしていて足つぼ刺激になる。才知が苦手なやつだ。背中がぞわぞわするらしい。


「ぼく、立ち湯に行く」
「ぬるいから長く浸かってられるな。溶岩から出たらそっち行く」
「うん」


 手を放し、別れる。
 とことこと歩いていった才知が衝立の奥へ行ったのを見てから、溶岩風呂のほうへ。
 がらんとしていて、ほぼ貸し切り。服を脱いで浴室に入ると岩陰に男がひとりいた。坊主で首が太く、いかにもいい体格。皮膚がぴんと張っていて、あの肌に針を刺したらいい線が得られそうだ。横顔は凛々しく、なんとなく胸像を思い浮かべた。為政者のそれに重なる。

 身体を洗ってから湯へ足を入れる。底へつくと凹凸に足裏を刺激されるが、そこまで痛くはない。でもこの前才知が入って、ろくに立てないほどに痛がっていた。最終的にはしがみついてきてぷるぷると小鹿ちゃん状態に。


「テウさん、足が!」
「出たらいいのに」
「動けない!」
「連れて行ってさしあげましょう」
「テウさんの足の裏は鉄板かなにか……?」
「そうかもー。かわいいバンビちゃんを守れるようにね」


 才知は今頃ホワンとした顔で立ち湯にいるだろう。温度はぬるめ、人も少ないから落ち着くに違いない。それに景色もいい。こちらみたいに薄暗くなく、明るいのだ。
 そわそわと才知のことを考えていたら、溶岩風呂どころではなくなってきた。
 おれは本当に才知がいないといられないらしい。


 湯の面から出ている肩。浴槽の縁へ腕をのせ、景色を見ている。


「世界はきれい」
「君のほうがきれいだよ」


 才知が笑う。


「テウさんが言うとほんとっぽい」
「ほんとに思ってるもん」
「そうなんだ」
「うん」


 隣に立つ。
 才知が見ていたのは、緑が豊かになりつつある丘だった。教会と神社が隣り合う土地。


「もう春だね」
「そうだね」
「今年もよろしくお願いします」
「こちらこそ」


 周りには誰もいない。静かなものだ。
 額にキスをすると、少し恥ずかしそうに笑う。


「……テウさんは、ピアス取らないんだね」
「顔と耳は取ってきたよ?」
「その他のやつ」
「めんどくさくて」


 主に腰から下を見ながら、なるほど、と呟く。才知の頭を撫でると、顔を上げておれの頬にちゅっと可愛く鳴らす。


「帰りは、桜だね」
「うん」
「テウさんは飲まないの?」
「運転があるから」
「じゃいただきます」
「どうぞどうぞ」
「先に上がるよ」
「うん」


 手すりを掴み、低い段を上がる。その腰のあたりに色鮮やかに飛ぶ蝶々、右の内腿に雨宿りをする蝶々。肌によく映え、我ながら素晴らしいと思う。

 急に、才知が振り返った。


「テウさん」
「ん?」
「蝶々に見惚れてたでしょー」
「ばれたかー」
「新しく飛ばす?」
「考えまーす」
「お願いしまーす」


 ぺったぺったと遠ざかる足音。
 あーかわいい。





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