小説 | ナノ

性行為恐怖の男の子 4


 

名沖 悟志(なおき さとし)
七尾 圭(ななお けい)





 ソファへ横になっている名沖。微熱があり、身体がだるいのである。いつもならば自分の身体の弱さをのろい、空が晴れていればますます嫌になったりして休日を過ごす。しかし今日はまったく気にならない。なぜなら、大好きな七尾の家にいるからだ。しかも手をわざわざ伸ばさなくても、ほんの少し動かせば触れられる場所にいる。
 ふふふとこっそり笑った。すぐそこにいてくれるだけでこんなに嬉しい。
 七尾の太い首やしっかり張った肩を眺める。名沖が横になっているソファに寄りかかって真面目な医学関係の本を開いている姿は、やはり見た目にそぐわない。色の強い肌に優しげな濃い顔立ち、あちこちが太くてがっちりしていて、きっと誰も医者だとは思わないだろう。


「せんせい」
「なに?」
「今度、熱がないときに一緒にライオンに会いに行こ」
「いいよ。普通のと白いのと、どっちがいい?」
「どっちも」
「わかった。じゃあどっちもが暮らしてるところに行こうね」


 振り返って笑いかけてくれる。七尾の笑顔はいつだってとても優しく穏やかで大好きだ。安心する。でも、どきどきもしてしまって落ち着かない気持ちにもなる。腕の中のきりんをぎゅうと抱きしめ、もじもじ。
 わかりやすい様子を七尾は微笑ましく見つめる。


「名沖くんは本当にかわいい」


 本を床へ置き、身体を反転させてソファへ肘を突いて身体を乗り出したあとにちゅっと口づけ。名沖が耐えられるスキンシップは、手をつなぐこと抱きしめること、口付けること、だけ。このほかはだめだ。
 何回か触れて顔を上げると、名沖は目元を赤くしてぼんやり七尾を見上げてくる。腕に抱かれたきりんを退場させて本の番をさせるかのように床へ置き、手を取って頬に添わせた。


「ちょっと熱いね、まだ」


 手のひらにぴったりくっついた褐色じみた頬は少し硬く、温かい。この温もりにもっとたくさん触れてみたい。そう思うとじりじり焦ってしまう。大好きな人に触れられず触れてもらえない状況の不安に焦がされる。しかし七尾は柔らかく笑んで「ずっと傍にいるんだから、焦らないでいいよ」と言う。その一言で、風や水のようにさっぱりと不安を消してくれる。
 言葉にできない思いがある。七尾が愛しくて、大切で、感謝のようで謝罪のようで、苦しくとも優しい気持ち。


「せんせい」


 思いをこめて呼ぶと、七尾はいつも頭を撫でて額にキスをしてくれる。わかっているのかいないのか、けれどいつも、いいタイミング。ほっとしたように笑ってしまうのが自分でもわかる。
 手を身体にかけられたタオルケットの中へいれた七尾は、大きな厚い手のひらでゆっくり名沖の髪を撫でた。


「ベッドで寝る?」
「ううん、先生がいつも近くにいてくれるからここがいい」
「わかった。寝るなら寝ても良いよ。安心して」


 くるりと、再び背中が向けられる。寂しさなど感じない。離れているほうがずっと寂しいから、背中でも見られている、体温がすぐそこにあるだけで幸せ。
 七尾は思い出したようにきりんを名沖のところへ戻した。ぎゅっと抱きしめ、褐色の横顔を見つめる。

 七尾が次に振り返ったとき、名沖はきりんの頭に顔を埋めて眠っていた。触れてみると、いくらか熱は下がったように感じられる。晩御飯は何にしようか、考えながら立ち上がりかけ、やはりやめて元通り腰を下ろす。

 名沖が目を覚ましてから作っても遅くはない。
 何を食べようか思案しつつ、閉じた本を再び開いた。




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