小説 | ナノ

性行為恐怖の男の子 3*


 

名沖 悟志(なおき さとし)
七尾 圭(ななお けい)

※若干の性暴力表現注意





 幼い頃から身体が弱い名沖は、ちょっとしたことで風邪を引く。だから外出には気を遣うし、室内でもなるべく身体を冷やさないようにするとか様々な配慮が必要だ。

 名沖自身も体調を崩すと酷い目に遭うというのはわかっているので、普段からしっかり気をつけている。今日も、お風呂上りの身体を冷やさないうちにとベッドに入り、三十センチほどのステゴサウルスのぬいぐるみを抱えて七尾を待つ。適度に暖められた寝室の中には空気清浄機の風の音が微かにするだけ。
 オレンジ色の電気の下でステゴサウルスの頭をなでなでしつつ、名沖は今日を振り返る。七尾にたくさん構ってもらえて、半日一緒にいて、思う存分逞しい身体にくっついて話したり映画を見たりした。
 本当は外出する予定もあったが、天気が怪しいのと名沖がときおり咳をするので中止になった。代わりに室内でごろごろ。
 出かけられなくて残念だったが、七尾にさんざん甘えられたのでよかった。

 心地よい部屋で名沖はステゴサウルスの羽に顔をうずめ、一足お先にすやすやと寝息を立て始めた。 

 お風呂上りの七尾は上半身裸で下は寝間着の黒いスウェット地のズボン。リビングの大きなソファへ座り、太い首を逸らして水を飲む。
 周りには名沖の所有物である大小さまざまなぬいぐるみ。プリッとした尻が可愛いウサギ、デフォルメされたツキノワグマ、アシカ、小さなチンパンジー、硬めの感触のブラキオサウルスに実物大の燕、ふかふかの蛇、ワニ、妙にリアルなダイオウイカはソファへ長々てろんと横たわる。

 名沖がこれほどまでにものに囲まれたがるのは、物心ついた時から入院生活をしていたのと、ひとりの時間が長かったせいだろう。と、七尾は思っている。
 寂しいときにいつもそばにいた、というぬいぐるみはくったりとした顔の丸い茶色のウサギだった。彼は名沖の家のベッドが棲家で、ここにはいない。
 暇があるとぬいぐるみを抱えて本を読んだり一緒にごろごろしたり。当たり前で欠かせない存在なのだ。
 でも今日はどちらかといえば七尾の身体にくっついていた。太い二の腕に頬を寄せ、幸せそうなその表情が可愛くてたまらない。思い出してもにやにやする。

 ただひとつ心配なのは、咳。
 いまはまだ大丈夫なようだが、熱が出てきたら少しまずい。様子を見ながら良く休ませなければ。
 恋人かつ医者の顔で心配半分責任半分考える。明日も外出せずに室内で過ごすことになりそうだ。きっと残念がるが、自分の状態をわかっているから大人しくするだろう。
 手近なツキノワグマの頭を撫でながら溜息をつく。そうやって我慢ばかりしてきているから、聞き分けのいい良い子ちゃんになってしまった。幼い頃から入退院を繰り返している人によく見られる性格とも言え、そこにつけ込んだ誰かに何かをされて、いま性行為恐怖に陥っている。

 可愛い名沖。一生懸命求めてくれるが、身体が追いついていない。震え出し、冷えてゆくのを感じるとただ、悲しくなる。
 どうにかならないかと思うが、こういう類はままならない。気長に待つしかないのだろう。しょんぼりする名沖を見るのは心が痛いが、それ以上に怖がる姿が痛々しい。なるべくさせないように成就させてやりたいが、難題。

 むちむちの上半身に薄手の黒い長袖Tシャツを着る。立ち上がって軽くストレッチをして、さて寝るかと思った頃にぱたぱた、小さな足音。
 照明を薄暗くしたリビングに眠そうな名沖がやってきた。片手には恐竜をぶら下げている。


「どうしたの、名沖くん」
「んー……」


 ぎゅっと、七尾のがっちりした腰に腕を回して胸筋にぐりぐり顔を押し付ける。大切な友だちは床にころんと転がった。頭を撫でる。熱はないみたいだから、ただ寝ぼけているだけのようだ。


「せんせぇ」
「もう寝るよ? 一緒にベッド行こうね」


 恐竜を拾って華奢な名沖を抱き上げ、灯りを消す。寝室に入ってベッドに寝かせて枕元にきちんとステゴサウルスを座らせた。自分も隣へ身体を滑り込ませる。
 すると名沖はすぐに七尾の肩へ顔を寄せ、腰へ腕を回してきた。
 その腕を撫で、手に触れて重ねる。温かな体温に、発熱の兆しはない。


「……せんせい、ゆめをみたよ」


 ふわふわした口調は、起きていない証拠だろうか。聞き逃してしまいそうな危うい口調に耳を傾ける。


「夢? どんな?」
「せんせいが、すきだよ、かわいいね、っておれをはだかにしてしゃしんとる」
「俺が?」
「ななおせんせいじゃない」
「じゃあ鞠宮さんかな」
「ううん、」


 名沖が口にしたのは、全く関係ない小児科の医師の名前。この子を担当したことはないと記憶している。
 誠実な態度が評判の、少年のような笑顔を見せる医師。


「なんで知ってるの」
「せんせい、まいにちくる。さとしくんかわいい、いいこだね、きもちいいよ、って……おれ、いたい、やだっていったのにせんせい、」
「先生、何するの? 名沖くんに」
「おしり、やなのに」


 ふつり、声が途切れた。
 見ればもう眠りに落ちたよう。しかし七尾は寝ることができなかった。
 毎日来る、ということは入院中に違いない。そのとき、その医師になにかされていたのか。ただの寝言にしては内容が――名沖に恐怖を植えつけたのは、もしかして。
 寝顔を見た。何も心配事などなさそうに眠っている。起きたらきっと何も覚えていないだろう。
 しかし七尾の心には、静かな暗い感情がふつふつと沸き上がっていた。


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