小説 | ナノ

青年ひとりとオス三頭 8


 

晴万(はるま)
芳樹(よしき)
清孝(きよたか)
咲々(ささ)


性的な暴行を匂わせる表現などを含みます。お気をつけて。





 光が当たると天使の輪がいくつもできる艶やかな黒髪、しなやかな身体に、いつもよく似合うモノトーンの服を身に着けている。細身を強調するようなタイトな服、ウイメンズラインの服でも簡単に着こなしてしまう素材の良さとセンスは全店舗合わせてもトップクラスだ。うちのブランドの旗艦店で一スタッフとして働いているが、その中性的な美貌と提案の正しさで抱えている顧客が多い。中には芸能人もいて、彼でなければ、とスタイリングを頼まれることもよくある。そのくせ、管理職には就きたくない、給料が上がるよりも今のように店舗で人と接しているほうがいい、と、昇格を打診するたびに同じ答えを返してくる。


「晴万さん」
「あ、来てくださったんですねー」


 本日四人目の、晴万の客。個人接客用のソファがあるブースで来期春夏の新作ブックを出してきて、会話をしている。それを二階から眺めながら、つくづくきれいな人だと思う。

 晴万の勤務時間が終わるころ、バックヤードを覗くとちょうどコートを着ているところだった。甘いピンク色のチェスターコートはサンプル品で、商品化しようかどうしようかと考えていたら晴万に似合うような気がして着せ、結局そのまましなかった。彼にしか似合わない。


「晴万」
「あ、まだいらっしゃったんですか。もうお帰りになったのかと」


 弧を描く唇、小さなシルバーのピアスが右上にきらりと光る。穏やかな笑みに思わず見とれていると、ところで何か、と怪訝そうに言った。


「あ、もし良かったら、このあと、食事でも」
「すみません。今日は予定があるんです。また今度誘っていただけますか」


 困ったような笑みに変わり、それじゃ、と横をすり抜ける、褐色の肌を持った細い身体。
 晴万はすでに大切な人がいると他のスタッフから聞いたことがある。それを知ってもなかなかやめられない。我ながら気持ちが悪いとは思ったけれど、その横顔があまりに嬉しそうに見えたから、後について行くことにした。

 駅に向かい、電車に乗るのかと思えば駅前広場で足を止めた。ポケットから取り出した携帯電話を見て、辺りを見て、顔が輝く。そちらから来たのはスーツ姿の背が高い男性。背筋が伸びていていかにも健康そうで、晴万を見てやはり愛しげに笑う。整っている顔立ちだが可愛らしい印象で、目が印象的だ。優しさを持った二重の目元。晴万はその男性の肩に触れ、少し背伸びをして頬へ口づけ。すると男性もお返しなのか、目の辺りへキスをした。
 幸せそうな様子に、少し悲しくなった。けれどあんなに優しそうな人と仲良く過ごしているなら、俺が入る余地はなさそうだ。





「晴万、今日はふたりだけだね」


 にこにこ笑う芳樹に先程からきゅんきゅんしっぱなしの晴万。芳樹の腕に抱きつき、嬉しそうに肩へ頬を擦り寄せる。


「どうする? どこか行く?」
「ううん、芳樹とお家にいたいわ。せっかくふたりっきりなんだもの。のんびりしたい」
「そう? じゃ、帰ろうなー」


 黒髪を撫で、顎をくすぐる。ふにゃんとした口でぐるぐる喉を鳴らし、目を細めた晴万。ふたり仲良く買い物をして家へ帰り、玄関へ入るなり晴万が芳樹の首へ腕を絡ませた。引き寄せられるままに顔を近付け、何度も口づけ。舌を絡ませ、晴万が満足するまでキスをした。


「芳樹、もっとぎゅってして」


 とろりとした目。普段、強い清孝と我儘な咲々に挟まれてあまり甘えてこない晴万はふたりきりのときだけ、こうしてしてもらいたいことを口にする。細い身体は力を入れると折れてしまいそうなので、力を加減した。獣人はヒトよりよほど頑丈なのだけれど、晴万はそう思わせない儚さがある。


「芳樹、一緒にお風呂入りましょ」
「うん」


 初めて会ったときの晴万は今よりも痩せていた。そしてとても傷ついていた。その印象が残っているせいかもしれない。咲々と出会い、一緒に暮らし始めて約半年後。例年よりも多く雪が降った日なので、日付も正確に覚えている。


 学校帰り、雪が降って電車もバスも止まってしまい、清孝が迎えに来るのを高校の傍の小さな個人経営の本屋で待っていた。大学受験が終わったところで、おそらく合格するだろうという確信があったけれどまだまだ学びが待っている。知識を入れておくにこしたことはない。
 よく来るのですっかり馴染みになった店主と本を眺めていたら、店の外をふらりふらりと歩く人が視界の隅に入った。
 ガラスの外、雪が降り積もる道を頼りない足取りで進む痩せたひと。真冬だというのに半そでを着ていて、驚くほど細い腕にいくつもの痣や傷痕があった。顔色も悪い。


「あの子ねえ、よく見かけるよ」


 歳をとった店主が気遣わしげに言う。


「この先にある店で働いているみたいなんだけど、ガラの悪そうな男たちといて……みんな心配してるんだけど、そいつらが怖くて何もしてやれないんだ」
「近くに住んでるのかな……」
「見かけるからにはそうだろうね……あ、芳樹くん!」


 店を走り出て道に出る。ちょうど角を曲がるところで追いついた。
 腕を掴む。ひんやりとしていて、雪を掴んだかのような感触に驚いた。しかしもっと驚いたのは相手だったらしく、怯えたような顔で振り返る。長い黒髪がばさりと空を切る。


「……だれ……?」


 顔にも打たれたような形跡がある。男性とも女性とも思えるきれいな顔に痛々しい痣。


「あ……突然すみません。なんか、気になっちゃって」


 首にも擦れたような赤い痕がある。あちこち、酷い。
 とても暗い眼差しに、酷く悲しい気持ちになった。腕を掴んだまま立ちつくす。ひらひらと白い雪が舞う。先日、家族になった咲々もたくさんの傷を抱えていたけれど自然の物が多かった。が、この人は違う。明らかに人為的につけられた傷。悲しい。


「……あなた、いい匂いね。なんだかほっとするわ」


 微笑んだ顔は優しげで、余計に胸が痛くなる。


「わたしにあんまり近付かない方がいいわ。危ないから」
「危ないって……」
「気にしてくれてありがとう。嬉しかった」


 そう言って、冷たい手でそっと芳樹の手を外す。そして、すぐそこのアパートの階段を上がる。


「ヨシ、どうした」
「清孝さん」


 雪を踏みしめ、後ろから清孝がやってくる。自分が首に巻いていたマフラーを芳樹の首へ巻き、頬に触れた。


「急に出て行ったって本屋のおやじさん心配してたぞ。なんか、ガラの悪いのがどうのこうの言ってたが。絡まれでもしたか」


 清孝の目が細められ、いかにも気に入らない、という顔になる。芳樹が心配そうに見上げるアパートの二階を共に見上げた。そこに、黒い服を着た者がいる。鋭敏な嗅覚で獣人であることを嗅ぎ取り、ますます気に入らなさそうに目を眇めた。


「……あ」


 芳樹が小さく声を上げる。ふたりの視線の先で儚い身体が崩れ落ちたからだ。
 慌てて階段を駆け上がる芳樹のあとに、しぶしぶ続く。気を失っているのを抱き上げ、困ったように見上げる芳樹。小さく溜息をついた清孝は、骨と皮のような身体を軽々と抱き上げ、芳樹に鍵を開けるように言った。


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