小説 | ナノ

青年ひとりとオス三頭 5


清孝(きよたか)
芳樹(よしき)


ふたりの出会いの話。





 誰と寝ても何をやっても一向に満たされなかった。いつも身体の半分が空洞のような心もとなさを抱え、街を徘徊する野良猫。獅子だから強い雄の匂いがする。それに本能的に惹かれてやってきた奴らを片っ端から喰い漁って、一瞬の満足感を得ていた。


「それは番がいないからじゃないかなあ」


 高校時代、通っていた獣人の医療機関で言われた言葉。喧嘩と無闇なセックスを繰り返すオレを心配した医師が心理士に相談して、その面談を受けている最中に出た「番」という単語。


「センセイ、番ってなんすか」


 その日、心理士は一冊の文献を貸してくれた。それを読むと番とは、獣人特有の感覚が引き合わせる相手のことらしい。

 獣人は名前通り獣とヒト、両方の姿を持つ生物のこと。以前は多く存在し、自分たちに見合うような食事をとり行動を取っていた。しかしいつからか純粋純潔のヒトが台頭、追いかけ回されて追放される。そうなると当然食べるもの住む場所、全ての環境が変わることになる。現代社会もヒト中心の生活だ。
 そうなると獣人本来の生活リズムや食生活からかけ離れる。
 更に獣人は自分の中に獣とヒト両方の性を持つため、それが生み出す歪がストレスとなり、身体を蝕む。獣型でいるほうが楽な獣人の場合はなおさら。
 さまざまな疲れや自分にそぐわない生活により掛かる負荷。それは獣人の血液や肉体を蝕み腐らせ、やがては死に至る。

 幼少期はそういうことがなく、始まるのは個体差ありだが十八歳前後。負荷を感じると本能が危険を感じ、生き延びようと自らに合う匂いを選び取り、その体液を貰うことで浄化を図ろうとする。
 腐った血液を元に戻せるのは、自らに合った者の体液のみ。中でも番と呼ばれる対象の体液は素晴らしく、浄化作用が比べ物にならないほど強い。

 番からは特有の香りがする。他の者には感じない極上の匂い。大抵の番とは恋仲になり、一生を添い遂げる例が多数。番は古来「失った半身」「運命の相手」などとも形容されてきた。


「……運命の相手」


 そんな奴がオレにもいるのだろうか。この世界のどこかに?
 もし出会えたらこの、追い立てられるような焦燥感も不安感も消えるのだろうか――。


 成人し、大学を卒業し、就職してからもオレはあらゆる場所であらゆる者を喰う生活をしていた。夜な夜な相手を物色し、体液を摂取して生き延びる。相手もオレの体液を貰うのだからメリットあっての関係なのだが、どうしても埋まらない隙間が寒い。

 番などというのは、本当はいないのではないか。
 そんな風に思い始めた頃、オレはその匂いを感じた。

 会社帰り、駅で電車を待っていた。
 あれは忘れもしない、秋なのに大雨の日で、湿った空気の鬱陶しさに眉をしかめていたように思う。そろそろ車を買うか、などと考えていたとき、隣になんとも言えない匂いがやってきた。甘くて優しくて、ずっと嗅いでいたいようなオレの匂いを擦りつけてやりたいような、欲情にも近い感覚が呼び起こされる。
 隣を見るとそこには、制服姿の男子中学生が立っていた。小柄で、すっきり伸びた姿勢が好ましいいかにも純粋そうな横顔の男の子。短い前髪から覗く丸い額や鼻、大きな目が可愛らしい。細くてまだこれから発達するのだと思うと、その過程まで愛でたくなる。
 そんな風に思う自分に愕然とした。
 今までこんな子どもにそんな風に思ったことはなかったし、こんなぐらぐらするほどいい匂いを嗅いだのも初めてだ。しかし確かにその中学生から発せられている。間違いない。

 あまりに見ていたからだろうか、中学生がオレを見上げた。それから――微笑いかけてきたのだ。


「電車、来ませんね」
「ああ、そうだな……」


 声変わりしたかしないか、少々高めの少年らしい響き。それを耳にしただけでどくんどくんやかましいほど心臓が鳴る。オレは一体どうしてしまったんだ。


「申し訳ありません、本日大雨のため、一時運転を見合わせております。再開のめどは立っておりません」


 駅員が拡声器を持ち、そんなことを言っている。いつ運転が再開するかわからないということは、ここから帰ることもできないかもしれないと言うことだ。


「どうしよう」


 眉を寄せ、困った顔をする子ども。それを見ると妙になんとかしてやりたくなり、とりあえず一緒に飯でも食うか、などと誘ってしまった。


「おじさん」
「清孝だ」
「きよたかさん?」
「ああ。お前は?」
「ぼく、芳樹です!」
「ヨシな」


 こんなに警戒心がなくて大丈夫かと思うほどあっさりついてきて、とりあえず近場の定食屋に入った。混雑する前に動いて良かったと思う。仕事帰りのサラリーマンらしき人間でいっぱいの店内で、子どもと差し向かいに座る。隣では酒を飲んでおっさんが騒いでいた。そんな中でもヨシは平然と何を食べようかとメニューを見ている。
 テレビではこの時期にしては珍しい雨で、未明まで降り続くと言っている。交通機関が各地でマヒしているのだそうだ。


「ヨシ、お前親に連絡入れたか」
「親、海外です」
「……そうか。今晩どうするんだ」
「わかりません。とりあえず駅に戻って一晩過ごすかも」
「それはあぶねえからダメだ」


 ぼくは男の子ですよ、と首を傾げる。確かにどこからどう見ても男だが、大きめの私立中学の詰襟といいきらきらした目といい肌といい、どことなく美味そうな感じがある。手を出そうと思う奴がいてもおかしくない。

 先に注文して、改めてヨシを見た。


「……オレと一緒に、会社来るか」


 オレも十分怪しいかもしれないが、ヨシを放っておけないと強く思っていた。守らなければ、という思いにさえ、なっている。ヨシはぱちぱち瞬きをして、にこにこ笑った。


「きよたかさん、いい人だね」


 その言葉はくすぐったいようなむずむずした思いをもたらす。どんな顔をしたらいいのかわからないのをごまかすように水を飲んだ。



「……清孝さん、おれが清孝さんのこと怖がってついていかなかったらどうするつもりだったの、あの時」


 立派な風呂場に、ヨシの声が響く。
元民宿なだけあり、だだっ広い風呂。獣姿でも洗い場に入れてのんびりできるというところが決め手でこの家を買ったのだ。
 オレの胸に寄りかかり、肩まで湯に浸かっているヨシはもうすっかりおとなになった。のびきったしなやかな手足、幼さが抜けて精悍になった顔立ち。


「そういうのは一切思わなかったな」
「ふぅん……それも番特有なのかな」


 後頭部を寄りかからせ、わざと胸筋を押してくる。ぷにょぷにょ! と楽しげなのは構わないが、髪が乳首に擦れて妙な気分になりそうだ。いや、もうなっている。


「……清孝さんの野獣部分が当たってるなあー」
「ヨシのせいだからな」


 我ながら太いと思う腕で抱きしめ、腕の中で身体を反転させてキスをする。今日はオレだけのだから、一晩隅から隅までヨシを好きにできる。貪るように口づけ、離れるととろんとした目の芳樹がを見上げて、笑った。


「好きだよ、清孝さん」
「オレもだ」


 芳樹と出会ったあの日から、もう隙間を感じることや満たされないと思うことは無くなった。可愛くて愛しくて、大切な番の存在は確かに獣人にとって必要不可欠なようだ。


「……清孝、ずるい」
「うるせえぞ若造」


 細く開いた風呂場のサッシからじっとり見つめてくる若い虎の前で、これでもかというほど芳樹にキスをかましてやった。
 オレの番だと、見せつけるように。





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