小説 | ナノ

青年ひとりとオス三頭 3


 

芳樹(よしき)
清孝(きよたか)
晴万(はるま)
咲々(ささ)





 清孝にはネクタイと塊肉、晴万には香水とパジャマ、咲々には服と財布。
 愛しのオスへのバレンタイン、チョコレートは皆好かないから物にしよう、と決めて二週間、仕事を終えてからあらゆる店へ足を運びデパートの売り場を回り、迷いに迷って今日だけでも店を三軒ハシゴした。
 ようやく買い物を終えたのは、普段の帰宅時間よりずっと遅い時間。
 慌てて帰り、ドアを開ける。居間に上がるとすぐ咲々が飛びついてきた。虎柄の耳と尻尾が出ている。


「お帰り、芳樹。ご飯作ったよ」
「ただいま。ありがとうな、助かるー」


 撫で回されて喜色に染まるかわいい顔。しかし何かに気づいたらしく、ふんふん鼻を鳴らしてあちこちを嗅ぎ回りはじめた。次第に険しくなる表情に芳樹は首を傾げる。


「……女の匂い。女といたの」


 一転して冷ややかな声、眼差し。変化に肩を震わせた芳樹を見下ろした咲々は忌々しげに目を細めた。


「バレンタインだから? どういうこと」
「咲々、待って」
「遅くなったのも女と会ってたから?」


 手首を掴まれ、持っていた三つの紙袋が落ちる。


「俺たちのだよ、芳樹は。離れられないんだからね」


 瞳が縦長になり、首や頬など皮膚にうっすら虎の模様が浮き出てきている。
 咲々はもともと癇癪を起こしやすい。まだ若いが何度も捨てられ拾われを繰り返し、根本的に愛情を疑っていて不安定なのだ。掴まれていない方の手で耳を撫で、宥めるべく静かな声で落ち着けと繰り返した。


「どこの女? 食ってもいいよね」
「落ち着けって。今日はちょっと出掛けてきたから、匂いがついてるだけだ。ほら、いろんな匂いがするだろ?」
「そんなのわかんない。嫌だ、芳樹、捨てないで」
「捨てないよ。捨てるわけ無いだろ」


 そうしていたら背後からがらがら引き戸が開く音がした。


「ただいま……って、何してんだ小僧コラてめぇ」


 がっしりした腕で芳樹の腰を抱き、手首を掴んでいる咲々の手を捻り上げる。歯をむき出し威嚇するように唸りを上げ、吠えた。耳を伏せた咲々が遠くへ飛び退る。
 舌打ちをしながらそれを見、心配そうに芳樹を見下ろす。


「大丈夫か、ヨシ。手首に痣ぁできてるじゃねぇか。くそったれ小僧が」


 ヒトのものより厚い舌が、赤く手痕のついた手首を舐める。次第に赤みとじわじわした痛みが消えてゆき、そうしながら自分から匂いがしたから咲々が怒ったと清孝に話す。
 芳樹の手首を完全に治すと清孝は咲々を獅子の目で睨み付けた。次第にその身体が変形する。清孝は咲々に食らいつき、徹底的に仕置きをするつもりだ。
 獣人のオスが番を傷つけるなどあってはならない。清孝は常々そう口にしているし、常識だ。怯えさせるなどもってのほか。

 しかし当の芳樹がしがみつき、獣化を止める。


「叱らないであげて」
「あのバカ甘やかしてたらつけあがるぞ」
「咲々はもうわかってる」


 目を向けると、虎の姿になった咲々がぺったり伏せてびくびくこちらを伺っていた。清孝に凄まれたことで頭から血が引き、冷静になったらしい。
 あまりに芳樹が頼むので、牙を引っ込めヒトに戻る。それから首に顔を埋めてくんくん。


「……まあ確かに女の匂いはすらぁな。ひとりじゃねぇみてぇだが」
「店員さんだよ。選ぶの手伝ってもらったから」
「店員?」
「うん」


 下に落ちた紙袋をひとつ選び、中を確認して清孝に差し出す。


「はい、清孝さん。いつもありがとう。ハッピーバレンタイン」


 二重の目尻がタレ気味の目を細め、にこにこ可愛らしい笑みで渡されたら芳樹ラブの清孝はたまらない。


「……ヨシ……可愛いなぁ、お前」


 食っちまいてぇ、と言いながら受け取り、太い腕で抱きしめて熱烈なキスを送る。ちゅ、ちゅく、と甘やかな音をたてて食らうようなそれ。
 がっちり抱かれた芳樹の腰へ甘えるように擦りついた咲々。うるうるした目で芳樹を見上げ、伸ばされた手を懸命に舐める。許して欲しい、と訴えてくるくる鳴いた。


「……あらやだ、何?」


 ぶっちゅぶちゅ口付ける清孝、受けつつ咲々に手を舐められている芳樹、哀れっぽく鳴いている虎の咲々。
 忙しいバレンタイン商戦を終えて疲労困憊帰宅した晴万は目を丸くして、小さく玄関で呟いた。

 咲々が作ってくれていたシチューを食べ食べ咲々はもう一度清孝に叱られ、帰宅が遅かった晴万は芳樹の隣に座ってご機嫌だ。


「芳樹からのプレゼント、とっても素敵。明日からパジャマ、使うわね」
「ピアスもいいかなって思ったんだけど晴万もうたくさん持ってるし、新しいパジャマ欲しいって言ってたから」
「そうなの。しかも欲しいと思ってたのと同じ。さすが芳樹だわ」


 ごろごろ、喉を鳴らして肩に寄りかかる。それだけで疲れが抜けていくような気がする晴万、ピアスが光る口元を笑みの形にして満足げ。


「咲々、次はねぇからな」


 清孝からの小言が終わり、すっかりしょげた咲々。ここで話しかけたら清孝に「甘やかすな」と言われてしまうのであえて無視する。
 が、あとでこっそりプレゼントをして撫で回してやろうと決めた。甘やかしてしまいたくなるのは可愛いから仕方がない。


「ヨシ、咲々に甘い顔すんなよ」
「……はぁい」


 ため息をついた清孝はわかっている。そう思いながらいたずらっぽく笑い「清孝さん、パパみたい」と言ったら軽く叱られた。


「……芳樹、怒ってる?」


 その夜、部屋にやってきた咲々は芳樹のベッドに座ってこわごわ話しかけた。今にも泣きそうに歪んだ顔を見て、長めの黒髪をそっと梳く。


「ちょっと怒ってる、かも」
「ごめんなさい」
「なんで怒ってるか、わかるか」
「……話も聞かないで痛いこと、したから?」
「違う、そっちじゃなくて、捨てるって言葉」
「だって、怖いんだもん」


 ひくひく、喉を震わせて涙を零す。


「芳樹に捨てられたら悲しくって生きていけない。今までも苦しかったけどもっとやだ」
「番は一生ものなんだろ。捨てたりするわけない」
「……わかんない。みんな一生大事にするって言って捨てたもん」
「……そっか。じゃあ何も言えないな」
「芳樹、俺のこと、すき?」
「好きだよ。可愛い咲々」


 虎の姿になった咲々は甘えるように芳樹へ鼻面を擦りつけた。それを撫で、口付け、腹を枕に横になる。


「芳樹、わたしも一緒に寝ていい?」
「いいよ晴万。おいで」


 ヒト型のままでベッドに潜り込んできた晴万は、芳樹の手に手を滑り込ませて安心したように目を閉じた。こうなればもうひとりも来るな、と予想したら見事的中。
 のっそり入ってきた獅子の清孝は何も言わずに芳樹の背後に悠々寝そべる。
 獣に囲まれた芳樹は、ベッドをロータイプに変えてよかった、といつも思うのだった。

 静かにすぎるバレンタインの夜。
 朝目覚めると枕元に三者三様のプレゼントが用意されているとは、微睡みの中の芳樹はまだ知らない。

 




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