小説 | ナノ

ピアスが好きな彼らの話 2


 

才知(さいち)
テウ





 才知は、長い黒髪を右耳の下で縛って一生懸命大根をおろしている。その隣にはすでにほっそりとしたにんじんがあったり水に晒された、やはりほっそりとしたじゃがいもがあったり。おれの好物である大根餅やじゃがいも餅を昼ご飯に作ってくれるつもりらしい。その様子をリビングの床にだらりと寝そべりながら眺める。
 才知の身体が動くたびに、左耳で揺れるピアス。耳には大小さまざまな穴があっていくつものシルバーが輝き、その中に他の色はほとんど存在しない。銀色がいいのだと、初めて出会ったときから一貫して変わらない主張。
 こちらに背を向けると、我ながら美しく形を作ることが出来たコルセットピアスが見えた。今日は臙脂色のリボンを通して結んである。灰色の緩やかな短めトップスといい色合い。しゃがむと腰が見え、そこには蝶々のタトゥーが鮮やかに飛んでいた。

 おれの手で丁寧に飾られてゆく白いきれいな身体。

 初めて会ったとき、その肌の柔らかさときれいさに強い欲を感じた。作品にしたい。身体をおれで埋め尽くしたい。欲は、おれの特別な恋心だった。


「さいちー、その蝶々きれいだねー」
「きれいでしょー。愛情で彫ってあるからねー」


 こちらを見下ろしてはつらつと笑う。かわいい。今すぐ抱きしめてキスをしたいけれど、こんなお休みで何にも無い日は、一度いちゃつきはじめたら止まれない。なんの時間的制約もないのだから。
 危ないので、座って本を読むことにした。本棚から積読本になっていた新書を取り出し、開いた。大根餅じゃがいも餅を待たねば。そんなむらむらしている場合ではないのだ。

 小説の中盤、男の子が正体不明の男によって調教されていた。幼い皮に食い込む黒い革の拘束具、手首で吊られて、鞭で打たれて、でも男の子は喜んでいる。おれたちも傍から見たらこのようなのだろうか。ピアスという拘束具で才知を拘束している、正体不明の男? ピアスや刺青の痛みで彼を縛り付けて思いのままにしている?

 近いような、遠いような。
 才知には言葉にできないものを感じる。愛しい、飾りたい、傍にいて欲しい、触っていたい。ピアスや刺青が映える『人形』で、でもとても大切な生身の『恋人』で。才知がいなくなってしまったらおれは生きる意味さえわからないような気がする。どちらかといえば、縛られているのはこちらのほう。
 ああ嬉しい。こうして生かしてくれる存在がある。

 いい香りがしてきて、物語の世界から現実に意識を引き戻した。
 顔を上げてキッチンのほうを見ると、才知がフライパンと戦っていた。いつの間にか結構な時間が経っていたようだ。油が跳ねて、あの白い肌が損なわれなければいい。
 そんな風に思っていたらいても立ってもいられなくなり、才知の後ろから優しくフライパンを奪う。


「あっ、ぼくがするぅ」
「ここまで来たら、愛の共同作業ってことで」
「え、もう、しかたないなー」


 ちょっと嬉しそうな顔をして退く。かわいい。頭を撫で、代わりに立った。ごま油と、小麦粉生地が焼ける匂い。様々な野菜も入っているので、にぎやかな香りがする。


「才知、上手にできたね」
「うん、がんばりました」
「よくできてますー」


 リビングの、おれが座っていた場所に座ってテレビを点ける。昼のニュースで伝わるのは傷害や強盗、殺人事件。あまり明るい話題は聞こえてこない。やがてサスペンスドラマの再放送が始まったららしい。才知はいつもこの時間の再放送を楽しみにしている。サスペンス好きなようだ。


「今日は何?」
「『豪華客船殺人事件〜殺人は磯の香り。美しいサンセットビーチで何かが起きる。マラッカ海峡に消えた女〜』」
「……磯って……」
「なんか急に生臭いっていうか、親近感わいちゃうよね」
「あんまり豪華! って感じではないねー」


 フライパンの底に押し付けながら焼いて、焼けたら順番に皿へ移す。大体足りるだろうという量を焼いたら生地もちょうどだった。本当に上手に作れるようになったと思う。片付けも、ボウルとフライパンと箸を洗えばいいだけで完璧。
 この家に出入りするようになった頃は何も出来ない子どもだったのに、いつのまにこんな大きくなったんだろう。皿を持ってリビングを見ると、のびやかな身体のかわいい青年が膝を抱えて熱心にテレビを見ていた。

 あの白い腕には、どんな刺青が映えるだろうか。それとも何かピアスで形を作るのもいいかもしれない。今よりもっともっと可愛くなって、おれのことを惹きつけて離さないでいてほしい。


「できたよー」
「はぁい。とうもろこし茶いれるね」


 ぴょこんと立ち上がった才知がこちらに来たので、片腕で抱きしめて髪にキス。
 すると才知はにっこり笑って、背伸びをして唇をくっつけてきた。


「あとでいっぱい仲良くしようね」
「はぁい。楽しみにしてますー」


 おいしいものを食べて、触れ合って。いいお休みになることは、もう間違いない。





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