嘘を吐く[2/3]



ため息をしたら妙に間延びした声で呼ばれた。私以外いないんだ、先輩だけでもわかる。
振り向いたら一年生の…、名前なんだ?
顔に体調大丈夫ですかと言いたくなるような縦線が十数本はいった一年生がいた。

えいっ!と掛け声高らかに手裏剣を投げられた。
いきなり危ないじゃないか。

なにをするんだ。
咎めるように問えばにこりと微笑んでいやに怖い返答をされた。


「雅先輩がぼくのものって印をつけるんですよぉ。
やっとお話しできてぼく嬉しいんです。」


できれば普通に話しかけてほしかった。
えいっ!とまたしても手裏剣をな…、これ手裏剣じゃない、虫だよ虫。
毒虫投げてきたよこの子。
末恐ろしいねほんと。

そうか。じゃあ今度ゆっくりお話しようか。
とにかく早く部屋に帰りたい一心で嘘を吐いた。


本当にろくなことがない。
はやく、はやくはやく部屋に戻ろう。

足をせかせかと動かしくのたま長屋を目指す。
目の前には青い装束。二年生か。

雅先輩、おれの名前知ってます?

突然の問い掛けに声を詰まらせる。
えぇと…誰だっけ?
ていうかなに委員会だ?
私、委員長のいるところしかわからないんだけど。
この子きっと五年が代理してる委員会だよね、きっと。

ぐだぐだ考え込んでいたらぼろぼろと彼の目から涙がこぼれ始めた。
どこからともなく取り出した苦無を自身の手首にあてがっている。
ちょ、なにやらかそうとしてんの。

彼の腕を掴もうとした私の手は空を切っただけだった。


「おれなんてどうせいらないんですね。
雅先輩に気づいてもらえないおれはもういらないんです。」


消えそうな声は震えていて、これはどうしたものかと考えていた。
刹那、赤い液体をまとった苦無が目の端にちらついた。

あ…。
だらりと力なく垂れる片腕からは血が滴っている。

医務室に行かないと。
一日で二回もお世話になったのは今日が初めてだ。

心配してくれるんですね、嬉しい…。
頬を染める様は可愛らしいが自分の腕をみてごらんよ。
大惨事だよ。普通こんなに血がどばどば流れてたら心配するから。

これ以上自虐行為をされても面倒だと思い、君の存在にはちゃんと気づいたつもりだと笑いかける。
また、嘘を吐いたんだ。


今日はなにかが狂っていた。

なぜ?
私が嘘を吐いたから?
あの子達に名前で、雅先輩と呼ばれて鼓動が速くなったから?


昼に聞いた後輩たちの声が脳裏に響いている。

雅先輩、先輩先輩先輩雅先輩雅先輩先輩雅先輩せんぱいせんぱい、雅せんぱい、せんぱい、先輩、せんぱい。

あぁぁああ、うるさい。
それでも今度はちゃんと話がしたいと望む私はおかしいの?
もっと好かれたいと思うのはおかしいの?

知り合いに聞き回って教えてもらって名前もちゃんと覚えたんだ。

今福彦四郎、上ノ島一平、伊賀崎孫兵、初島孫次郎、池田三郎次。
次は名前を呼ぼう。
好きに理由なんて要らないもの。


――嗚呼、なんて滑稽な恋だこと。


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