定期泥棒
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「もう帰るね」
「泊まっていかないのか?」
「うん、明日も休みだけど、仕事溜まってるから。今日は帰る」
「そうか、気をつけて帰れよ」
玄関まで見送りに来てくれたペンギンは私にバッグを手渡す。
「ありがと」
「次ぎ会えるのは再来週か?」
「うん、再来週の土日」
「着いたら電話しろよ」
「はーい」
またねと手を振ってペンギンのマンションを後にする。
お互い仕事で忙しくてなかなか会えていない。今日も二週間ぶりに会った。
駅への道をとぼとぼと歩きながら、涼しい表情で私を送り出したペンギンを思い出し口を尖らせる。
「ペンギン聞き分けよすぎだっつーの…」
別に明日中にしなきゃいけない仕事なんてなかった。
ただ、ペンギンが「もっと一緒にいたい」って言ってくれるのを、ほんの少しだけ期待していた。
けど、ああもすっきりと送り出されたら、帰るしかないじゃないか。
ペンギンは寂しくないのかな。
私はいつも会えなくて寂しいのにな。
じゃあ素直になって一緒にいたい、って言えばいいだけなんだけど。大人になるとそれもなかなかに難しい。
ペンギンのマンションから徒歩5分の最寄り駅に到着して バッグの中から定期を探す。ペンギンが私の最寄り駅と職場との路線上に引っ越した時に「これからはもっと一緒にいれるね」なんて言っていたのが懐かしい。結局は仕事に忙殺されて今までとほとんど変わっていない。
「あれ?定期ない…」
来る時に使ったし、ペンギンの家では出してないから、バッグの中に入っているはずだ。
変だな、ともう一度バッグの中を探すけど、目当ての物が見つからない。
おかしいな、どこかで落としたかな。
念のため、携帯を取り出してペンギンにかけてみる。
数コールで出たペンギンは、至極落ち着いた様子で私の定期を持っていると言った。
それを聞いて、なくしていなかった事にほっと安心し、でも同時に5分なんだから持って来てくれてもいいのに、と思う。
とりあえず、今から行くね、と電話を切り、また先程と同じ道を歩きだした。
「ペンギン入るよー?」
さっき電話した時に、鍵開けとくから勝手に入って来てと言われていたので、静かに玄関のドアを開ける。
靴を脱いできちんと並べてから、勝手知ったる部屋に入ると、ソファに横向きに座ってテレビを見ているペンギン。
「ミアおかえり」
「…ただいま、」
あまりにもリラックスした姿に気が抜ける。
手招きしたペンギンに引き寄せられるように、ソファへ近付いた。
「定期、どこにあったの?」
「内緒。こっち来て」
「?」
ぱふぱふと膝の間を叩くペンギンに首を傾けながらも言う通りにする。
向かい合って座ると、「そっちじゃない」と腕を引っ張られておでこにキスをされてから、くるりと体を反転させられる。そのままペンギンに背中を預けるようにして、ぎゅっと抱きしめられた。
「、ペンギンどうしたの?」
「別に?」
「定期は?」
「ここ」
私の髪に顔を埋めたペンギンが、体をずらしてポケットから私の定期を出す。
「不思議。どこにあったの?」
「さあ、どこだろうな」
「なにそれ」
くすくすと笑って定期を受け取る。
二度手間になってしまったけど、でもまたペンギンに会えたからいいか。
今度は落としてしまわないように、しっかりと定期を握りしめる。
「邪魔してごめんね。もう帰るから」
「そうか。気をつけてな」
「うん。…ペンギン?」
「なんだ?」
「帰れないんだけど…」
相変わらず私の体に手を回すペンギンは力を緩めてくれなくて、立ちたくても立ち上がれない。
「別に力を入れているつもりはないが」
「うそ。動けないんだけど」
「帰りたければ、ご自由に」
「…」
私の首筋に唇を当てながら、くすりと笑う。
ペンギンの手を振り払ってまで帰りたいなんて思うはずがない。
「…あーあ。ペンギンが離してくれないから、帰れなくなっちゃった」
「素直じゃないな」
「ペンギンこそ」
きゅっとペンギンの手に力が入る。
「本当の事、知りたいか?」
「なに?」
「本当は、ミアを帰したくない」
「わ、たしも、…帰りたくない」
そっと首を傾けてペンギンを見上げると、珍しく照れた顔のペンギンと目が合った。
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