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三つ指ついて主人を迎える



着物での生活にも大分慣れてきた頃。
そろそろバイブルに載っていることを実行するときがきたようだ。

古き良きの女性たちは、お仕事に行ったご主人を三つ指ついて迎えるらしい。
今日は隊長会議だし、イゾウさんには前もって部屋で待っときたいって伝えているし、イゾウさんが部屋に帰ってきたらこれを実行するつもりだ。


むっふふふ、早くびっくりした顔がみたい!


イゾウさんの部屋でそわそわしながら三つ指の練習をする。
他の人の部屋だと床だからごめんなさいしてるみたいになるけど、イゾウさんの部屋は和室っぽく作られているから、床に座ってても違和感ないし、問題ない。



52回目の三つ指練習をしていたら、部屋の外から足音が聞こえて来てハッと顔を上げる。
来る瞬間にどきどきとしながら、正座をして姿勢を正し背筋を伸ばす。


がちゃり、とドアが開く。
イゾウさんが入ってきた!


きちんと座っている私に一瞬驚いた顔をしたイゾウさんを見て、私はにっこりと微笑み、三つ指をついて練習したとおりにゆっくりと頭を下げる。



「イゾウさん、お帰りなさいませ。隊長会議、お疲れ様です」



たっぷりと間をおき、頭をあげ、控えめにイゾウさんを見上げる。
口角をあげ満足そうなイゾウさんに、心の中でよしっ!とガッツポーズ。
と、イゾウさんのことで頭がいっぱいだったから気づくのが遅れたが、イゾウさんの後ろに見覚えのあるフランスパンとバナナが見えた。



「あれ、サッチとマルコ。いらっしゃってたんですか」



三つ指大成功で気分の良い私は、そのままの調子で軽く頭を下げ、お茶でもいかがですか、と首を傾けた。
するとマルコとサッチは無言でどかどかと入ってきて和風のテーブルの周りにどかりと腰を下ろした。イゾウさんを押しのけるなんて、今招いたばかりだけど追い出したろうか…。
ふたりの態度にいけない事を考えるけど、イゾウさんに呼ばれてハッと我に返る。



「ミア」
「、はい!」



急いで立ち上がり、ドアを閉めているイゾウさんへと近寄る。
イゾウさんは隊長会議で使ったであろう書類を私に渡すと、茶、と一言言って、サッチたちの所へ行き自分の定位置に座ってしまった。



あれれ?
イゾウさんいつもだったら、茶淹れてくれとかちゃんとお願いするのに、一言って…。



まぁ気にするほどでもないか、と受け取った書類を仕事用の机へ持って行き、軽く内容を確認して各箇所に振り分けていく。これは副隊長としての仕事。
すると机の上に別の書類を見つけ、それが今日までの提出だったのを思い出す。



あ、もしかして、マルコはこれを取りにきたのかな。
あとで渡しておこう。



書類を片付けたら次はお茶の準備。
イゾウさんはお茶が好きなので、部屋でも淹れられるようにしてある。
湯飲みを4つ用意して、お湯と、急須を準備する。
かちゃかちゃとしていると、狭い部屋の中、隊長たちの会話も聞こえてくる。



「なぁイゾウ、なんなのあれ」
「何か気になることでもあんのかい」
「とぼけんじゃねーよい。ミア別人じゃねーか。この間の宴会といい、どうやって手懐けたんだよい」



手懐けたなんて、バナナのくせに失礼な!



「つーかあれいつもやってんのかよ」
「いや、今日が初めてだ…」
「今日のはちょっと羨ましかったよい。ミアで癒されるとか奇跡」
「その辺のメイド服の女の子よりいいんだけど。貸し出ししてる?」
「サッチてめぇ脳天打ち抜かれてーか?」
「冗談だっつーの。イゾウ怖!」



あれあれ?イゾウさんまんざらでもなさそうな顔してる…!
てゆうかメイド服とか相変わらずさっちきも!



全員分のお茶を淹れて、熱いから気をつけて、とみんなに渡す。
最後に自分の分を置き、空いている席へと座った。

と、さっきの書類を手に持っているのを思い出し、マルコへと差し出す。



「はい。これ、取りに来たんじゃないかと思ったんだけど…」



マルコはじとりと私を見て、ため息をつきながら書類を受け取った。
サッチもじとり目で私を見て、お茶をすすっている。
イゾウさんは面白そうにそれを見ていて。
あれなにこの雰囲気…。



「あれ?違ってたかな?…あ、もしかして、私お邪魔だった?」



もしかしたら隊長達だけで大事な話があったのかもしれない。
少しの沈黙がそれを肯定しているようで、席を立とうとすると、マルコが目をそらしてお茶を取る。



「いや、ミアの言う通りだよい。これを取りに来た」



あ、そう、とまた腰を落ち着かせる。
それにしても、何だろうこの雰囲気。
イゾウさんだけが楽しそう。

不意にサッチが深いため息を吐き出した。



「あああぁ、ミアがついに気遣いまでできる女になっちまいやがった」
「え!何サッチもう一回言って!」



いつも私を馬鹿にしてからかっていたサッチからの言葉が信じられなくて、言葉遣いも忘れて2回目を要求する。



「思った以上にねい…こんな気配りまで出来るようになりやがって」



私の2度目要求を遮って、今度はマルコが口を開く。
ぴらりと私が渡した書類を眺め、こちらもため息。

なんなのよ、ふたりして。
私が気遣い出来るようになっちゃ駄目なの?



「変?」
「「いや、いーんじゃねぇ?」」



今度はふたりそろっての返事。仲いいなぁ。
すると二人は一気にお茶を飲み席を立った。



「じゃあ俺は用も済んだし、帰るよい」
「俺も。イゾウに殺されねーうちにな」
「おー帰れ帰れ」



楽しそうに手をひらひらと振るイゾウさんがいつもと違ってなんだか新鮮だ。
やっとふたりきりの時間!と顔がにやける。でもばたんと部屋のドアが閉まる直前に、サッチが隙間から顔を覗かせた。



「あ、ミア、お茶ごちそーさん」



にっと笑って今度こそしっかりとドアが閉められる。



「なんか今日2人とも変だったね。」
「可愛い妹がどんどんいい女になっていくからなァ」
「…!」



イゾウさんは私の反応にクツリとのどを鳴らす。



「……、前よりもっと好きになった?」
「まァそうだな、女らしくなったことは否定できねェな」



イゾウさんは手強いな、。
でも今はそれで十分です。
まだまだ頑張るんで、ちゃんと覚悟しててくださいね!







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