仕草
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今日は珍しく白ひげ海賊団に奇襲をかけるという残念なルーキーがいて、ラッキーな担当の5番隊が蹴散らしていた。
遊び相手にもならないルーキーがけちょんけちょんにされていて、ちょっと可哀想になる。いつもなら手加減くらいするのに、きっと皆暴れたりないんだろう。
そんなこんなでもちろん夜は大宴会。
そして私は今日も着物着てます!この前とは違う色のやつ。髪も、いつも以上に綺麗に結い上げてみた。
だって今日は親父に見てもらうんだ!
るんるんとすでに始まっている宴会へと入っていく。
一際目立つ大きな体。親父だ。
周りでは各隊長たちが既に飲み始めている。
「親父っ」
「ミアか。グラララ、着物か。似合うじゃねぇか」
小走りで近づき声をかけると、嬉しい言葉が返ってきたので、調子に乗ってくるりと回ってみせる。
「親父に言われると嘘がなくてうれしい!」
「グラララ、他の奴らは言わねぇのか?」
「うん、熱あるのかとか気持ち悪いとか、肯定のときは棒読みとか。酷いでしょ?」
肩を落としてそう告げると、親父はいつものように豪快に笑い、素直じゃねぇやつらだ。許してやれ。と私の頭をなでてくれた。
いひひ、と親父に笑顔を向けて、親父の大好きな酒を大きなお皿(に私には見える)に注ぎ、隊長たちもといイゾウさんのもとへと向かう。
「おー、ミア!座れよ」
私に気付いたサッチが私を呼ぶ。イゾウさんの隣に座っているサッチは既に顔が赤くなっている。
残念ながらサッチの隣しか場所が空いていなかったので、ぐいぐいとサッチを押しのけてイゾウさんの隣に座った。
「お前な…」
「えへへ、だってイゾウさんの隣がいいんだもん」
ごめんなさいと言葉だけでサッチに謝り、イゾウさんに向き直る。
「イゾウさんも私が隣の方がいいですよね?」
「まァ野郎よりはいいな」
すでに何本かあけてしまっているイゾウさんは今日は酒の日みたいだ。一人酒の時はきつい酒が圧倒的だけど、みんなで宴会のときは、合わせてラムやビールを飲むことのほうが多い。
「イゾウさん今日はお酒なんですね」
「ああ」
「お酌します」
実は、お酌の仕方がバイブルに載っていたのだ。
実践したくてそわそわしていた私は、早速イゾウさんにそう申し出る。
すると、イゾウさんはちらりとこちらを見たあと、くいっと自分の持っている酒を飲み干し、こちらに杯を向けた。
よし、とわからないように意気込み、バイブルに載っていた通り、両手で酒を持ち、注ぐ。酒瓶は掴まないように、できるだけ指を伸ばして支えるように。意外と難しい。でも指を伸ばすと、綺麗に見えるらしいので、がんばる。
すっと注ぎ終わり、ちらとイゾウさんを見るとバチッと目が合った。
ビリリと体に電気が走ったみたいに緊張してばくばくと心臓が鳴る。
まわりはわいわいと酒盛りをしていてうるさいけど、イゾウさんの熱っぽい視線が私の聴覚を麻痺させる。みんなの騒ぎ声が遠くに聞こえ、ふたりだけの空間と錯覚する。
イゾウさんは無言でそのまま杯を口に運び、空になったそれをまた私に向ける。やはりじっと私の方を見てくるので、少し挙動不審になりながらも酒を注ぐ。それをまた口に運び、を数回繰り返して、やっと私も落ち着きを取り戻した。
それにしても、今日は飲むの早いなぁと何杯目か数え忘れた杯にまた酒を注ぐ。少し慣れてきて、余裕のある仕草で酒を注ぐのは、傍から見たら綺麗に見えているのだろうか。そうだと嬉しいなぁ、とふと口元を緩める。
「…なに笑ってんだい」
杯を口につけながら、ずっと黙っていたイゾウさんがついに口を開いた。
それもまた嬉しくて、今度はにこりと笑顔を向ける。
「イゾウさんにお酌できるのが嬉しかっただけです」
ふふ、と私の声が漏れると同時に、いつの間にか他の隊長達が静かになっている事に気付き、周りを見渡そうと首を回す。
けどそれよりも先に、イゾウさんの手で首の後ろを支えられ、ぐいと顔を近づけるように引っ張られた。
一瞬、何が起こったかわからなくて、反射的に手を前に持っていく。
持っていた酒瓶はゴロリと甲板に転がり、それを目で追うまもなく、私は唇に当たるやわらかい感触に混乱した。ふわりと香る酒とイゾウさんの匂い。
必死に胸を押し返そうとするけど、イゾウさんの体はびくともしなくて、押さえつけられている頭に、口付けはより深くなっていく。
「、ん…、ふ…」
混乱に重ねる混乱に、ぽろりと出したくもない涙がひとつ頬を伝ったとき、イゾウさんがペロリと私の唇を舐め、やっと私は解放された。
おそらく時間にして数秒。けど私には数時間に感じた時間。
にやりと私を見て口角を上げたイゾウさんは、その余裕の表情のまま今度は前を向いて言葉を発した。
「てめぇら俺の女に見惚れてんじゃねぇぞ」
“俺の女”
その言葉に歓喜するよりも早く、がばっと音がつきそうなくらいの勢いでイゾウさんが見た方を振り向く。
そうだ。ここは甲板で。宴会中で。
各隊長たちがずらりと並んでいて。
ぼぼぼっと熱が半端なく集まる。顔はもちろんのこと、体全体が火照るくらいに。
「……エース…。今すぐ私を焼き殺して……」
恥ずかしさのあまり、顔を覆って前方に座っていたエースに懇願する。
が、エースの反応は予想とは反していた。
「つーかよ、ミア。お前、…俺たちの酌もしろよ!」
にかっと太陽のような顔で笑っているであろう弟の楽しそうな声に、はてなマークで顔を上げる。
すると、ジョッキや杯など、それぞれ飲んでいたものを一気に空にして、それを前に突き出しながら、にぃっと笑っている隊長たちがいた。
まるで空の杯で今から乾杯でも始めそうな隊長たちに、ふっと心が軽くなる。てっきり思いっきりからかわれるのかと思った。
未だ火照る顔でちらりとイゾウさんの方に目を向けると、その前にもう一杯俺に注いで行け、と優しく杯を出してきたので、新しい酒瓶を取り、ゆっくりと注ぐ。
「おいおいミアちゃーん、イゾウはもういいんじゃね?」
ぐいぐいと肩をゆすられて、苦笑しながらイゾウさんにまた後でと告げて、サッチに向き直った。
「はい、サッチにはビールをどうぞ」
私がサッチに酌を始めると、隊長たちはそわそわとまた騒ぎ出した。
いつもは冷やかしたりからかったりするだけなのに、なんか今日は皆が温かくて私は一人一人にたっぷり時間をかけてお酒を注いであげた。
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