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歩き方





あれから数日、着付けを死ぬ程頑張り、何とか様になった。
今日から着物で過ごしてやる、といきまいていたけど、朝食を食べに食堂に向かうのにも一苦労。



「なんで、こんなに歩きにくいの…」



まず歩幅が小さい。
いつもの2倍くらい時間がかかる。
通常の早さにするには小走りしなければならない。
でもそれも歩幅が狭いのでかなり大変だ。

躓きそうになりながらも、なんとか歩く。
いかに私がいつも男らしく歩いていたかが思い知らされて、気が滅入った。



「うお、誰かと思ったぜ!」
「慣れない格好するからですよ」
「じゃ、先に行ってるぜー」



我先にと朝食に向かうクルーは、他人事と軽く声をかけてにやにやしながら横を通り過ぎるだけ。
もうホント冷やかしはやめろっ!
お腹は空くし、身体は締め付けられるし、早く歩けないし、食堂は遠いしで、私のイライラは募るばかり。でもそれでも笑顔で対応出来ている私は、少しは古き良きが身に付いて来ていると言う事なのだろうか。



いつもより遅い時間で食堂に入る。
やっとの事で辿り着いて、ふうと息を吐こうとしたら、いつもの席にイゾウさんが見えてすぐにイライラも吹っ飛ぶ。
いつもは私の方が早く食堂に来ているから、なんか変な感じだ。



「サッチ、おはよう」
「お、今日は遅かったな」



この数日間で敬語も時と場合によると学んだ私は、サッチに若干砕けた挨拶をする。
要は、丁寧に話せばいいのだ。



「へぇ、着物?」
「うん。似合うかな?」
「いいんじゃね?でも、メシこぼすなよ。折角綺麗なんだから」
「うん、…えへへ、ありがとう」



サッチから綺麗って言われる日が来るなんて思わなくてむず痒くなる。サッチの事だからきっと私じゃなくて着物が綺麗って意味だろうけど。


朝食を受け取ると「ほら、イゾウが待ってるぞ」とサッチに言われて、その言葉につられて振り返る。
イゾウさんもこっちを見ていてかちりとふたりの視線が合わさった。ふたりで微笑み合うなんて、うひひ、朝から幸せだ。


そのままイゾウさんの元へ歩き出したけど、まだサッチにお礼を言っていない事を思い出して足を止めた。
そのまま振り返って、サッチに今日のありがとうを伝える。



「サッチ、今日もご飯ありがとう!」
「……おう。」



サッチは視線を斜め下に落とし、頬をぽりぽりかきながら私のありがとうにこたえる。
そんなサッチに満足して、私は今度こそイゾウさんの元へ歩き出した。



古き良きを始めてから、学んだことがある。
知ってたつもりだったけど、感謝の気持ちを伝えるのはすごく大切だ。
いつも心でありがとう、おいしいよって思うのと、ちゃんと言葉にして相手に伝えるのでは、ぜんぜん違う。そういうことに、最近気づいた。
始めは怪訝そうな表情だったサッチも、素直に嬉しいのか、最近は照れたように応答してくれる。サッチだけじゃなくて、他のコックも、 隊員たちも、ちょっとしたことでも感謝の気持ちを言うたびにいい歳したおっさん共が照れて嬉しそうにする。
海賊が感謝されることなんて滅多にないから、面と向かって言われると、嬉しいんだろうな。私も誰かからありがとうって言われると嬉しくなるし。

それともう一つ。言葉遣い。
魔法かと思うくらいに、私の周りが変わってきた。
以前は皆無だった私への女扱いが、ほんの少しだけ変わってきた気がするのだ。結局はイゾウさんが一番なのだが、他の隊員からの少しの気遣いが、今までなかったものだからくすぐったい。
そして、丁寧な言葉遣いを心がけるようになって、心に余裕も出来た。大概のことなら笑顔でかわせるようになったし、普段だったら怒っていたようなことも、一拍おいて冷静に考えられるようになった。もちろんまだ襤褸はでるけど。



「イゾウさん、おはようございます」
「ああ、おはよう」



前の席に座って挨拶をする。



「今日は着物なんだな」
「はい!少し時間がかかっちゃったけど、うまく着れました」
「似合ってるぜ。もちろん化粧も」
「!」



気づいてくれた。
今日はほんの少しだけ、薄いメイクをしている。気付かないような、主張しすぎないような。
着物が綺麗だから、メイクでもしないと服に着られてる感が否めなかった。だから、ちょっとだけ悪足掻きをしてみたのだ。
まさか気付いてくれるなんて思わなかったけど、。



「あ、ありがとう!」



誰が気付かなくても、イゾウさんに気付いてもらえると無条件で嬉しくなる。

少しだけ浸っていたかったが、イゾウさんを待たせてはいけないので、着物が汚れないようにゆっくりと食べ始めた。
イゾウさんと話すことは前とほとんど変わらない。
色気のない隊の話しとか。鍛錬の内容とか。だけど、イゾウさんとだったらどんな話でも楽しい。相変わらず、喋るのはイゾウさんよりも私だったけど、それでもいいと最近思えるようになってきた。沈黙はまだ苦手だけど、イゾウさんがあまり喋らないのは別に私と喋りたくないからとかではない。私が話してる時はちゃんと聞いてくれるし、笑顔だって見せてくれる。それで、十分私は幸せになれるのだ。


気付くと、イゾウさんは食べ終わっていて、慌てて自分の分を終わらせる。



「すみません、時間かかっちゃいましたね」
「気にしてねぇよ」



トレーを片付けてから、食堂をふたりで出る時に、そう声をかけると、イゾウさんらしい言葉が返って来た。

優しいなぁ。
ふふ、と笑みが漏れる。



「外にでも行くか」



不意にかけられた言葉に、ドキ、と胸が鳴る。

え、これは、ミニデート!?

いつもそのまま部屋直行だから、今日もそうかと思ってたのに。
予想外のお誘いにどきどきとしてしまう。

小さく「はい」と答えて、イゾウさんの後をついていく。
だけど着物を着ているから、いつもよりゆっくりになってしまうのはどうしようもなくて、居たたまれない気持ちになる。



「あの、ごめんなさい。いつもみたいに早く歩けなくって…」
「……こうして見てると、本当に女みてぇだな」
「え…」
「いや、そういう意味じゃねぇよ。守ってやりたくなるって意味だ。もちろん、ミアが強ぇことは十分承知だがな」



褒め言葉だぞ、とイゾウさんはそういって私に手を差し出す。
私はというと、慣れない言葉に鼓動は早くなり顔はこれでもかと言うくらい熱くなる。

おずおずと骨張った手を取ると、イゾウさんはにこりと優しく笑う。





どきどきどきどき。
どうしよう。
私がイゾウさんのことをもっと好きになって、どうするの、。



だけど、ゆっくり引いてくれる手とか、合わせてくれる歩調とか、今まで以上に“女扱い”してくれるイゾウさんに、私はどうしていいかわからなくて、自分の事を考えるだけで精一杯だった。







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