着付け教室
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あれから1週間。
どうやら敬語は正解だったようで、言葉遣いはなかなか順調だ。
いくつかの例外を除いては、だけど。
以前から普通に話していたサッチとかマルコは失礼極まりなくどん引きしてるし、隊員に至っては「おれなんか気に障る事しましたか?」とかビクつきながらいらん心配をしている。まあ、そんなこと全然気にしないけど!
それよりも、今いちばんの問題は、これ。
「イゾウさんいますか?ミアです」
控えめにイゾウさんの部屋のドアを叩く。
1週間がんばったけど、無理だった。
読んで理解はしてても、どうしても上手く着れないのだ。
本末転倒だけどイゾウさんに聞くしかない。
だって、これが出来ないと次に進めないんだもん。(形から入ると気合が違うんだよ!)
中から「おう、入れ」と声をかけられてがちゃりとドアを開ける。
部屋に入るなり、イゾウさんは目を丸くして私を見つめた。
そりゃそうか。綺麗に畳んで持ってくるなんて出来なくて、買った着物一式をそのまま両手で掴んで持って来たのだから。
「そりゃ、着物じゃねぇか。どうしたんだ?」
「うん、着たいんだけど、着方がわからなくって…」
えへへと笑ってイゾウさんに近付く。
「もしかして、この間買ってたのってこれだったのかい?」
「う、うん…。」
「欲しかったんならそれくらい言やァ買ってやったのに。」
不満そうに目を細めておでこを弾かれたけど、いいんだ。
自分で欲しいって思ったし、イゾウさんに買ってもらったら意味がない。
「自分で買いたかったから、いいの」
「まァ、次からは俺に言えよ。」
「えへへ、はい。」
イゾウさんに優しい言葉をかけてもらえた事が嬉しくて、自然と笑顔になる。
「で、着方がわからないんだったか?」
「そうなんです。一週間くらい頑張ったんだけど、お手上げで…」
「かしてみろ。」
「はい」
「じゃあ、脱げ」
「は!?いいいいやいやいやこの上からでいいです。練習なんで!」
「クク、冗談だ」
嫌な冗談だ全く。
少し紅潮した私の頬なんて構う事なく、イゾウさんはTシャツの上から着物をかけてくれて、早速着付け教室の開始となった。
悪戦苦闘、って言葉がぴったり合うくらい難しいそれに、イゾウさんは呆れる事なく丁寧に教えてくれる。
何回も繰り返しているうちにコツが少しずつわかってきて、今は一人で実践中だ。
イゾウさんはそんな私を横で見ながら、「そういや、」と話しかけて来た。
「お前さん、最近面白ぇことやってんだってな」
「面白い事?」
「俺をもっと好きにさせたいんだろ?」
ぐ、と一瞬言葉を飲み込む。
止まった手を再度動かしながら、熱くなった頬を見られないように少しだけ背を向けて答えた。
「………誰に聞いたんですか」
「みんな言ってらぁ」
「………」
「それで着物着てんのかい?」
「まぁ、そんなとこです」
「イイ線いってんなァ。着物は、嫌いじゃないぜ」
「本当ですか!?」
振り返って、ぱあっと明るい笑顔で詰め寄った私に、イゾウさんはクツリと笑う。
「ああ、脱がせると色っぽいからな」
「…だめですよ。着るの大変なんだから」
少し的外れな回答にさっきの嬉しさがしゅんと縮む。
でも、早速古き良き作戦大成功な感じ!
イゾウさんにわからないように、うきうきと心を躍らせる。
ぎゅ、と最後に帯を締める。
ちょっとよれよれだけど、こんなもんかな、。
「こんな感じですか?」
「まぁまぁじゃねぇか」
そう言って私の横に立つと、よれている所を少し直してくれる。
着物は結構締め付けられるのが難点だけど、華やかで着ていて気持ちが上がる。特にイゾウさんとお揃いってのがポイントだ。(イゾウさんのは随分ラフな感じだけど)
綺麗に直してもらって、イゾウさんの前でくるりと回ってみる。
「どうですか?」
「悪くねェ」
にっと笑ったイゾウさんに、「やったー!」と万歳をしてお礼を言う。
どうしよう、凄く嬉しい!
まだまだいっぱい練習して、一人でもしっかり着こなせるように頑張らなきゃ!
ほくほくとした表情で「脱ぐのもったいないなぁ」ともう一度自分の着ている着物を見ていると、ふと目の前に影が出来る。
あれ、イゾウさん、何か近い…?
「じゃあ、着方も覚えたことだし、脱がすの手伝ってやるよ」
「え、いや、え?さっきのマジだったんですか?」
じりじりと後退りをしてイゾウさんから離れる。
まさかこういう事態になるとは、思っていなかった、。
「いいじゃねぇか。お前さんの作戦は成功、ってことだろう?」
にやりと口角を上げ、さっききつく結んでおいた帯に手をかける。
1本の帯とはいえ、形を作るためにあんなに複雑に結んでおいたのに、イゾウさんの手に触れた瞬間パサリとあっけなく解かれ床に落ちる。
「あっ…」
なんで、こんなに簡単に取れちゃうの?
あんなに、時間かかったのに、
頭はぐるぐると余計な事ばっかり考えていて、焦りながらも前を閉じ着物を押さえる。
けどその手も難なくイゾウさんに捕まり、両手を拘束された状態で後ろに押し倒される。
ばふん、と私の身体はイゾウさんの香りがするおふとんの中へ。
ぎゅっと目を瞑ったけど、倒される瞬間にイゾウさんの手が私の背中に回ってクッションを作ってくれる。
痛くないように。そんな少しの気遣いが、私をもっとドキドキさせる。
「…中に服着てんのはいただけねぇな、」
ぽつりとイゾウさんがそう呟いたけど、服の中に入ってくる少し冷たい手に気を取られて、それ以上は何も言葉を紡げなかった。
*
折角の着物も、私の服も、床でぐちゃぐちゃになっている。
あーあ、全部イゾウさんのせいだ。と思った所でさっきまでのイゾウさんを思い出してまた頬を染めた。
「イゾウさんは反対ですか?」
ごろりとおふとんにくるまって、イゾウさんを見上げる。
私が変わろうとしてる事、イゾウさんはどう思ってるんだろう。
「ミアが今しようとしてることかい?」
「うん。」
「いいんじゃねぇか?俺は構わねぇが」
「本当?」
「だがまあ、急だし、理由は気になるな」
「理由ですか。…うーん、イゾウさんの聞いたとおり、イゾウさんにもっと私のこと好きになってもらいたいっていうのはあるけど、」
「けど?」
「たぶん、本当は、イゾウさんに似合う女性になりたいんだと思います」
「今のミアじゃ駄目なのかい」
「だめなんです。私って、その辺の女の子と比べて口悪いし、うるさいし、…副隊長だったらそれでいいんですけど、その、彼女、だし……。周りにもお似合いだね、って言われたいです。イゾウさんにとっても、自慢の彼女になりたいです。まぁ私のわがままなんですが…」
「俺にとっては、自慢の彼女なんだがねェ」
「………イゾウさんがやめて欲しいなら、しません。嫌いになる前にちゃんと言ってくださいね」
「いや、今のお前さんも好きだが、ミアがそうしたいってんなら止めねぇよ。」
「ふふ、がんばる」
「楽しみにしといてやらぁ」
隣で寝るイゾウさんの腕にぎゅっと抱きつくと、優しく髪をといてそっと額にキスをしてくれた。
イゾウさん。
私、いっぱい頑張るんで、もっと私のこと好きになってくださいね!
あれ、やっぱりこっちが本音だったのかな?
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