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名前も知らない





用事を済ませての帰り道、ふと足を止めた。


駅前の時計塔の下。
少し高めのヒールを履いた女が立っている。
両手でバッグを持ち、俯いているせいで顔がはっきりとは見えない。


確か、2時間前にも同じ場所にいた。
男にでも捨てられたのだろうか。



「お前、2時間前もここにいたよな」



急ぎの用事もない。
なんとなく、俯く女に声をかけてみた。



「…ほっといてください」



女は俯いたまま、小さな声でこたえる。
返事をした事が予想外で、少しだけ眉を上げた。



「俺も暇だ。少し話し相手になれ」
「いやです」
「そう言うな」



一度も顔を上げない女に、少しだけ興味が沸く。
女の隣に立ち、時計台に背を預ける。



「待ち合わせか?」
「…そんなとこです」
「男か?」
「……そんなとこです」
「捨てられたのか」
「…ちがいます」



嫌だと言ったのに律儀に返事をしてくる。
無視すればいいのにひとつひとつ応えてくる女に、つい意地の悪い質問をしたくなる。別に、どこにでもいる女の一人だし、はじめから気を使う必要等もちろんないのだが。



「じゃあ、何で2時間も待ってんだよ」
「あなたに関係ないでしょ」
「そうだな、関係ない。」
「…」
「だがよく待つよな。そんなに好きなのか?」
「………好き」



その言葉だけ、色が変わったように紡がれる。
ああ、こいつはダメだ。
ガキくせぇ恋愛小説のような女。
きゅ、と強く握りしめられたバッグが揺れる。

こういう、“一途”な女が俺は嫌いだ。
好きなヤツと一緒にいたって自分が幸せじゃなきゃ意味ねぇだろ。



「馬鹿な女」
「…そうかもね」



小さな溜息とともに、また少し俯く。
身長差のせいで、もう頭のてっぺんしか見えねぇ。
少しして、今度は女から口を開いた。



「私、都合のいい女なの」
「だろうな」
「今日も、急に来いって言われたから急いで来たけど、結局何時間待っても来ないし」
「嫌ならやめろ」
「…嫌だけど、でも、好きだから、…どうしようもないんだもん」



女の態度にイラッとする。
ぐちぐちと暗い事を言う女は好きではない。
自分から話しかけたが、これ以上は時間の無駄だ。



「じゃあ、一生我慢してろ」



そう言い捨てて時計塔から背を離す。
駅に向かって歩き出す前に「じゃあな」と言うと、今まで一度も顔を上げなかった女が俺を見上げた気配がした。
最後にどんな面かだけ拝んでやろうと振り返って、後悔した。
出した右足はそのまま動きを止め、口元は引きつる。



「お前……」
「あ、あの、少しでもお話し出来て、よかっ、」
「おかしいだろ、」
「え、な、何がですか?」
「何がって、お前の化粧だ!」



ガンとショックを受けたような顔の女に“ショック受けたのはこっちだ”と頭を抑えた。



「そ、そんな、急に!酷いです!仮にも初対面の女の子に!」
「そりゃあお前だろ!ショック死させる気か!」
「何がそんなにダメなんですか!?」
「全部だ!」
「全否定!?」
「そうだ。色が合ってねぇし、濃すぎだ。化け物か!」
「ひ、ひどい……!!」



正直、こいつと似たような化粧をしている女は見た事あるし知っている。だが、それはもう少し年上の色気のある女だ。しかも似合っている。間違っても、目の前にいる女ではない。



「お前、だから捨てられたんじゃないのか?」
「ちがうよ!てかアイツがこういうのがいいって言ったからこういう化粧してるだけだもん」



ムキになればなるほど、滑稽にうつる。
思わす笑いそうになったが、流石にそれは飲み込んだ。



「じゃあお前の男がおかしいんだな」
「……うるさいです。」
「クク、まだ庇うのか?」
「…だって初めて可愛いって言ってくれたんだもん。」
「まさか、…そいつが初めての男とかじゃないよな?」



少しだけ頬を染めてこくんと頷く。
…なるほどな。
初めての男がダメな男とは、こいつも相当運がないのだろう。

帰ろうと足を出した所だったが、思った以上に笑わせてくれた礼でもしてやろうと考え直す。
ぐいと女の手を引き、駅前の通りを歩いていく。確か、この辺に前の女が通っていたサロンがあったはずだ。



「え、ちょっ!離してください!」
「付き合え。笑わせてくれた礼だ」
「いりません!ていうかあなた失礼ですよ!」



必死で抵抗しているようだが、あいにく俺はそんなに柔じゃない。
目当ての場所を見つけて、迷わずドアをくぐる。
前の女のおかげで、ここには顔馴染みが多い。すぐに知った店員が話しかけて来た。



「ローさん!お久しぶりです、今日はどうしたんですか?」
「頼みがある。こいつの化け物じみた化粧をとって、普通の人間にしてくれ」
「ちょっと!いくらなんでも、言い過ぎで、……!」



掴んでいた手をぐいっと前に引っ張って、俺の後ろに隠れていた女を店員の前に出す。
すると流石の店員も笑顔を固め口を引きつらせた。一瞬のそれだったが、この女には十分だったらしい。



「そんな…店員さんまで……」



がくんと項垂れて落ち込む女に、またフッと笑いが漏れる。
店員は慌てて言い訳をしながら、女を中へと連れて行く。

あとは、こいつらに任せたら大丈夫だろう。
見ず知らずの女に、何故ここまでしてしまうのか。
まあ、笑えたからいいか。いわば、今回のあれは、人助けだ。
またあの似合わねぇ化粧を思い出して、クツリと笑いが漏れた。



「ローさん、凄い子連れてきましたね」
「公害だろアレは」
「でも元は結構可愛いと思いますよ」
「だろうな」



さっきとは別の店員に話しかけられ、ついでに支払いを済ませる。



「見ていかないんですか?」
「いや。普通の人間に戻れりゃそれでいい」



そのまま背を向けて店を出ると「また来てくださいねー!」という店員の元気な声が聞こえた。









(ほら!全然違うでしょ?)
(ほ、ほんとだ…!魔法使いですか?)
(ふふ、元がいいんですよ。お客様はキツいお化粧よりもふんわりナチュラルな方がお似合いです。さっきのと、どっちが好きですか?)
(断然こっちです!)
(気に入って頂けて光栄です(にこにこ))
(ありがとうございます!本当に!あ、お会計、)
(既に頂いておりますので、ご安心ください)
(え、私まだ、)
(お連れ様がお支払いくださいましたよ)
(あ!そういえばアイツ!!、あれ?どこ行きました?)
(先にお帰りになりました)
(えっ!)
(ふふ、こちらをお客様にお渡しするようにと言付かっております)
(え…、メモ?)


((名前と、電話番号…、))
((ロー、さん、……))






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