シーツに零れた涙の理由
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海賊のくせに、マルコはいつも多忙だ。
朝から晩まで、何かしらやる事がある。
だから、朝も比較的早い。(おっさんだからだとは、思いたくない)
だけど私はまあ若い部類に入るし、面倒くさがりだから朝はなるべく遅くまで寝ていたい派。
だからマルコはいつも先に起きて、私をベッドに残していく。そして私はマルコがベッドからいなくなると、いつも寒くなって起きてしまう。
正直マルコの仕事がないとこの船が回らない所もあるから、仕方ないとは思う。でも、時々は、一緒に朝を迎えてくれてもいいじゃない。
マルコがいなくなった後、寒くて一人で起きるのは本当はすごく嫌い。
だから、珍しくもマルコより先に目が覚めてしまった今日、少しだけ、我侭を言ってみる事にした。
隣で眠るマルコに擦り寄る。2人分の熱が心地よい。
たぶん、もうすぐマルコが起きる時間。私はもう一度目を瞑る。
温かさに少しだけうとうとしてしまうけど、先程絡めたマルコの手をぎゅっと握ってやり過ごす。
しばらくして、シーツの掠れる音とともにマルコが身じろぎをした。
ドキドキとしながら、寝たふりを続ける。
隣で身体を起こす気配。
さらりと私の前髪が額の横へとのけられた。
マルコ、今私の事、見てるのかな。
寝たふりだとバレないよう細心の注意を払う。
急に、ふっと空気が柔らかくなって、額にキスをされた。
ばくり、と心臓が跳ねる。
マルコ、いつもこんな事してたの?
あ。ダメかも。きっともう、寝たふりは続けられない。
どきどきとなる心音を隠しながら、ゆっくりと目を開ける。
すると、目の前には驚いた顔のマルコ。
「…おはようマルコ」
「…起こしちまったかい」
「ううん、大丈夫」
「まだ起きるには早いだろい」
「マルコもでしょ」
「俺はする事があるんだよい」
「うん、知ってる」
もう一回寝な、と大きな手で頭を撫でられて、またあの気持ちよさが襲ってくる。
このまま寝てしまいたい衝動に駆られるけど、そうしたらまた私一人の朝になっちゃうんでしょ?
おとなしく頭を撫でられていると、マルコはもう一度私の額にキスを落とし、支度をするためにベッドから降りる。
「……ミア」
「なあに」
「手、離してくれねぇと着替えらんねぇんだが…」
マルコは、さっきしっかりと絡めておいた私の手とマルコの手に視線を送る。
だって、行ってほしくないから繋いだんだもん。離すわけ、ないじゃん。
「えへ、くっついちゃった」
「………ガキかよい」
「、ですよねー」
冗談っぽく笑って言ったら、呆れたように溜息を吐かれて、思わず手を離してしまった。
さっきまで今日はもう少しだけ絶対一緒にいてもらうって息巻いてたのに、なんて小心者なの、私。
でも、だって、溜息なんて反則だよ。嫌われたくないもん、。
「冗談だよー。今日もお仕事頑張ってくださーい。私はもう少し寝ます。おやすみ!」
なんか、やりきれない気持ちになって、そう言いながら反対側を向き布団の中に潜る。
マルコのバーカ。
どうせ、ガキですよ。
大人な彼氏に構ってほしいって思って、何が悪いのよ。
布団の中でむくれてたら、少しして背中越しにマルコが部屋を出て行く音が聞こえた。
閉まったドアの音が私の中で切なく響いて、じわりと目頭が熱くなる。
どうせ、マルコにとって私なんてそんなもんなんだ。
マルコは人前でもそうでなくてもあまりベタベタしない。そういうとこ、大人だなぁって思うし、そんなマルコの負担にならないように出来るだけ我侭は言わないようにしてきた。
だからきっと、魔が差してしまったんだ。
何であんなこと言ってしまったんだろう。
いつもみたいに、我慢すればよかったのに。
怒っちゃったかな。呆れちゃったかな。面倒くさい女だって、…嫌われちゃったかな、。
マルコの溜息が頭から離れなくて、ぽろりと涙が零れ落ちシーツに染みを作る。
どんどんと悪い考えになってしまって、次々と零れ落ちるそれを止める事が出来ない。
格好悪い。
嫌われたくないから我慢してたのに。
たった一言で面倒くさい女になってしまった。
あとでマルコに会った時に謝らないと、。
不安でぐるぐると悪い方向にばかり考えてしまう。
すると急にガチャリと部屋のドアが開く。
涙も止まるくらい、びっくりしてしまった。
ノックもなしに入ってくるなんて、この部屋の主本人しかいない。
「……もう寝ちまったかい?」
「………」
「んなわけねぇよな」
どくんどくんと身体が脈打つ。
どうしよう、私の顔、きっとぐしゃぐしゃだ。こんな姿見せられない。
ぎしりとベッドがなり、マルコが私の後ろに腰掛けたのが伝わる。
お願い、今はそっとしておいて…!
ぎゅっと目を瞑って祈った私の心とは裏腹に、マルコは私を覆っている布団を強引に剥ぎ取った。
「あっ、…だめ、」
取られた布団を取り返そうと手が宙を追う。
と同時にマルコにその手を押さえられた。ギリと手の力を強めたマルコは少しだけいつもと違う雰囲気のようだったけど、とにかく私はこの顔を見られたくなくてもう片方の手で布団を取り上げ顔を隠す。
とっさの事で少しだけ息がきれた。膝を抱えて布団に顔を埋めてみたけど、きっと見られてしまった。弱まる事のないマルコの力が私の右腕を少しだけ痛ませる。
「…泣いてんのかよい」
「………泣いてない」
「泣いてんだろい」
「気のせいだよ」
「…なんかあったのか」
「何もないよ」
そう。何もない。
ただ今日はいつもよりちょっとだけ我侭になってしまっただけ。
いつもより、もう少しだけマルコと朝の時間を楽しみたかっただけ。
「何もないわけねぇだろ」
マルコは私の腕を解放すると、再び私の布団を奪い取った。
けど今度は私にそれを追う間を与えず、両手で私の頬を挟む。
顔の動きを奪われた私は、目の前にある真剣な目をしたマルコから目を逸らせない。
「やっぱり、泣いてんじゃねぇかい」
「……、」
「なにがあった?」
「こ、こわい夢見た、」
「嘘」
「ほ、ほんとだよ」
「……どんな?」
「えと、………」
上手い言い訳が見つからなくて、言い淀んでしまう。
未だ頬を両手で包まれていて、顔を動かす事が出来ない。
真剣なマルコの目が、私をより臆病にさせる。
しばらく私を見つめたマルコは、少しだけ目を逸らして溜息を吐いた。
それが引き金になるように、私の目からぽろりと涙が落ちる。
私のばか。
我慢しろ、。
「…泣くなよい」
そう言ってマルコは困ったような顔で私の涙を拭った。
ダメだよ。マルコがそんな顔しちゃ、。
「マルコ、仕事は?」
「指示して来たから、しばらくは俺がいなくても問題ないよい」
「でも、行った方がいいんじゃない?」
「……そんなに行ってほしいのかい」
そんなわけない。
行ってほしくない。
マルコがこの部屋を出て行ったら、きっと大泣きしてしまう。
でも、じゃあ、何で私は今マルコに笑いかけてるのかな。
「マルコがいないと仕事進まないんじゃない?皆、マルコが必要なんだよ」
「…ミアは?」
「え?」
「……ミアは俺が必要じゃねぇのかい」
「必要、だよ…!」
あ、。
言うつもり、なかったのに。言葉に出てしまった。
こんな事言ったら、マルコが仕事に行けなくなってしまう。
さっきは仕事に行かないように我侭を言っていたのに、今は必死で仕事に行かせようとする。私は本当に矛盾だらけで面倒くさい女だ。
「じゃあ、問題ないねい」
にっと笑って頬から手を離し、マルコは私の頭を撫でた。
その優しさが、じんわりと心に響いて鼻の頭がツンとする。
「よけりゃあミアが泣いてた理由、聞かせてくれよい」
格好悪いし、面倒くさい女にはなりたくないし、本当は言いたくないけど。
でも頭に乗せられたマルコの手が優しいから、ぽつりぽつりと言葉が出てきてしまった。
「朝、一人で起きるの嫌なの…」
「マルコと一緒に寝てるのに、朝マルコがいなくなってるのが嫌」
「だから、今日はちょっとだけ、一緒にいてほしくて、……あんなこと言って、ごめん…」
何も言ってくれないマルコに不安になって、きゅっと自分の手を握る。
嫌われた、かな、
「…本当に、ごめん。……もう、我侭言わないから、その、…嫌いになら、」
「馬鹿だよい」
「え、」
「ばーか」
「あ、あの、マルコ?」
もう一度私の事を馬鹿と呼んだマルコは、人差し指で私の額を弾いた。
「痛ッ、」
「我慢してたのかい」
「……え、と」
「思ってる事はちゃんと言えよい」
「でも、」
「でもじゃねぇ。何のために俺がいるんだよい」
「…、」
ぐいっと身体を引っ張られ、抱きしめられる。
そのままベッドに横に倒れて、マルコはさっき剥ぎ取った布団を被せた。
「寝るよい」
「えっ」
「異議は認めねぇ」
「……」
ぎゅっと抱きしめられる。
それが無性に嬉しくて、マルコの胸に擦り寄る。
「…、マルコ。」
「なんだい」
「面倒じゃない?」
「なにが」
「私」
「全然」
「嫌いじゃない?」
「好きだよい」
「…わたしもマルコ好き」
もう一度ぽろりと落ちた涙は、さっきとは違って、私の心をとても温かくした。
(……ん、)
(よく寝てたねい)
(わ、!マ、マルコ…!!(ドキドキ))
(一人じゃねぇだろい)
(…うん、(でもちょっと恥ずかしい、かな))
(もっとちゃんと我侭言えよい)
(大丈夫。今凄く幸せだから。(えへへ))
(…そうかい)
(あ、マルコ。明日から私も一緒に起きる。だからマルコが起きる時に一緒に起こしてね)
(それはいいが…。ミアはそんなに早く起きてもすることねぇだろい)
(でも一緒に起きたら一人にならないし、マルコも困らないでしょ?)
(…。ミアは本当に可愛いよい)
(え、!)
((顔真っ赤…))
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