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夏空とレモンティ



青空に雲がゆっくり流れる午後。



「おいキャスお前ばかだろー!」
「はは、お前に言われたくねーよ」
「どっちもどっちだろうがてめぇら」
「ちょ、キャスこっち来いって!これ見てみろ!」
「ぎゃはは、なんだそれ?!」



久しぶりの快晴に、男共は甲板で馬鹿騒ぎ中。
皆の笑い声を聞きながら、私はコックが作ってくれたレモンティを口に含む。夏島の気候海域に入った最近は、甲板の端に出来た影に入って壁にもたれかかりながらゆっくりとした時間を過ごすのが私のお気に入りだ。




私がハートの船に乗ってしばらく経つ。
初めてこの船に来た時、キャスケット帽の男に言われた。



「オレ、シャチ。よろしくな!」



人懐っこく笑う彼に、海賊のイメージもがらりと変わった。
彼はその第一印象通り、船に乗ってからも、頼んでもいないのに世話を焼いてくれたりしょっちゅう構ってくれる。
そして私もそんな彼を、心地よく思っている。


でも、最近気付いてしまった。
シャチって呼んでるの、私だけなんだよね。



「……キャス、」



皆が呼んでいる彼の愛称を呟く。
自分自身でも聞き取れないくらい小さな音で紡がれたそれに、何となく気恥ずかしくなって、誰も聞いていなかったよね、と周りを確認する。



別に、「シャチ」って彼の名前を呼ぶのが嫌なわけじゃないけど、この船の皆がキャスって呼ぶから、なんか仲間はずれになったみたいで少しだけつまらない。



「なーに飲んでんだ?」



いつの間に移動したのか、目の前には今まさに頭の中で考えていた人。



「シャチ…。レモンティだよ。飲む?」
「ひとくち!」
「ん」



グラスを渡すとシャチは大きな“ひとくち”を口に含みながら、私の隣に座った。



「うめー。うい、あんがと」
「どういたしまして」
「なんか考え事?」



目敏い。
シャチは時々こういうことを、ストレートに聞く。



「ちょっとねー」
「そっか」



シャチはどう思ってるのかな。私だけ呼び方が違うの。
少しだけ、気になる。



「ねぇシャチ」
「んー?」



やる気のない間延びした返事に、少しだけあった私の緊張も解ける。



「私もキャスって呼んでいい?」
「は?」



ぱちくりと目を開けて聞き返したシャチに思わず吹き出してしまった。



「ごめん。だって皆シャチのことキャスって呼んでるんだもん」
「あー、何かいつの間にかそうなってたなー」
「気付いたら私だけシャチって呼んでたからなんか疎外感」
「んなことねぇって。キャプテンとかペンギンだって名前で呼ぶときあるぞ」
「うそ。聞いた事ない」
「ホントだって。怒った時とか。すげぇ怖ぇ」
「あはは、確かに怒った時だけ呼び方変えられると怖いわ」



くすくすと笑い、一気にレモンティを飲み干す。
横からシャチの視線を感じてグラスを片手にそちらを見ると、少しずれたサングラスから覗く目。少しだけ跳ねる心臓。



「オレはシャチって呼ばれてもキャスって呼ばれても、どっちでもいいし。ミアも好きな方で呼べばいいと思う」
「うん」
「けど、ミアだけオレのこと名前で呼んでたのは、なんつーか、ちょっと特別な感じがしてたんだけどな」
「……」



それって、どういう意味?


おかしいな、
さっき水分を補給したはずなのに、もう喉がからからになっている。
人懐っこく笑うシャチに、胸がどきんどきんと鳴ってグラスを持つ手にきゅと力が入る。

あれ、私なんかヤバい、かも、。




汗をかいたグラスの中で、カランと氷の鳴る音が聞こえた。






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