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NOT a last kiss


「船戻すぞ」


気紛れな船長が、前の島に引き返すと言ったのは数時間前。


「引き返すって、なんか忘れ物っすか?」
「そんなところだ。ベポ、引き返せそうか?」
「まだそんなに離れてないと思うし、問題ないと思うけど…」


俺たちの優秀な航海士はとりあえず今の距離なら引き返す事も可能とのことで、現在前の島に向かってグランドラインを逆走中だ。
全く、何を考えているのか、ローの頭の中は誰にも分からない。


自室で暇を持て余していた俺は、ひらりと一枚の紙を取り出し机の上に置いた。
“駿足のミア 懸賞金3500万ベリー”
険しい顔をしている写真の中の彼女に最後に会ったのはいつだったか。

同じ航路を辿っているらしい別の海賊団に所属しているミアに出会ったのは、本当に偶然。
たまには海賊と思われずにゆっくり街でも散策をと出かけたとある島で、同じ事を考えていたのか街娘の格好をしたミアに出会った。そして、また別の街でもその偶然が続き、次第に俺達は惹かれていった。
それはミアが海賊だと分かった後も変わらず、そしてミアも同じ気持ちでいてくれていたようだった。
それから偶然会うたびに、密会のような逢瀬を繰り返して。俺達以外誰もしらない、秘密の関係。この広い海で、偶然にもこれだけの回数会えるのだ。柄ではないが、運命でなくして何と呼べるだろうか。


だか、ここ数ヶ月ミアには会っていない。もともと同じ航路上で偶然会っていただけなので、会えるという保証は全くなかった。死んでしまったのだろうか。賞金首だから、海軍にやられてしまったのなら、すぐに情報は回ってくるはずだ。


島に着いたぞー!というクルーの雄叫びを聞いて、ふうと溜息を零し、手配書を引き出しに入れる。
部屋を出て甲板に向かうと、日が落ちた薄暗い中、既にクルーの皆が集まっていた。



「遅かったな、ペンギン」
「悪いな」
「いや、いい。」



にやりと不適な笑みを向けた船長はそのまま他のクルー達を見る。



「お前ら、ペンギンが帰って来次第出航するから、船から一歩も出るなよ」
「は?」



ええー!?というクルーのブーイングを一蹴し、ローはこちらへ向き直る。



「…お前の忘れ物のために戻ってきたんじゃなかったのか?」
「ああ、この船の忘れ物だ」
「意味がわからんな。何故俺なんだ」
「お前しか取って来れないからだ」
「お前の気紛れは今に始まったことじゃないが…」
「東の港。明日の朝までに帰ってこい。持って来れなければ諦めろ」
「“忘れ物”は?」
「行けばわかる」



それだけ言うと船長室へとローは戻っていった。
すかさずシャチが口を尖らせて俺に話しかけて来る。



「なんだよ忘れ物って」
「わからん」
「船長時々意味わかんねーよな」
「とりあえず、俺は行くしか無いが…」
「暇だから早く帰ってこいよー」



ひらひらと手を振って、船から下りる。特に何を持っていく必要も無いだろう。
そのまま東の林の中へと足を進める。
20分も歩けば、東の港にはつけるはずだ。









「…なるほどな」



東の港に停泊している海賊船もとい海賊旗を見て合点がいく。
いつのまに気付いていたのか。うちの船長は見た目に合わずお節介焼きのようだ。
それにしても、俺でもこの海賊団がどこにいるかまでは分からなかったというのに、いつのまにローはそんな情報を手に入れていたのだろうか。
ふ、と口元が緩む。



「さて、どうするかな」



タイムリミットは明日の朝。
きっと、この機会を逃したら、 二度とチャンスは巡ってこないだろう。ローが言うのだ、間違いは無い。
“持って来れなければ諦めろ”とはそういうことなのだ。言うなれば、これはローの俺に対する最後の優しさ、か。


島に到着した当日というところか、宴をしているのだろう、わいわいと陽気な声が聞こえて来る甲板へ向けてジャンプする。
すとん、と船の淵に着地した瞬間、ぴりり、と空気が変わった。



「宴会中失礼」
「だれだてめぇ!?」
「野郎共やっちまえ!」



誰かの怒声を皮切りにして次々と銃声や刀が俺を襲う。それを容易に避け、端々に目を向けながらミアを探した。
途端、鋭い風が横から来る。間一髪で右手でガードをした。



「っ、やっぱりな」



思った通りの人物が蹴りをお見舞いしてくれている一方で、目当ての人物に会えた事に笑みがこぼれる。ピリと痛んだ右腕に、懸賞金も伊達じゃないとご自慢の“駿足”を見る。だが、迷いがあればそれは命取りになるだけだ。



「あっ!」
「捕まえた」



ガードした右腕をそのまま押切り、体勢を崩したミアを甲板に押さえつける。捉えられたミアに周りも手が出せない。



「攻撃するなら迷いは捨てろ」
「ぺ、ペンギン…どうしてっ!?」
「お前を奪いにきた」
「!!」



耳元で囁いた俺の言葉を聞き息を呑むミアの表情に俺は満足し、周りを見渡す。



「武器を下ろせ。別に、戦いに来たわけじゃない」



これで素直に下ろすわけは無いと思うが、ミアの大事な仲間を傷つけるのは極力避けたい。



「はっはっはっは、いいじゃねぇか。てめぇら、武器下ろせ。」



奥から船長らしき男が出て来て、周りの男共に指示を出す。
こんなに簡単に退くとは、目の前の男の意図が読みきれず、数秒間相手の目を見る。が、とりあえず戦意は感じられなかったため、周りが武器を置いたのを確認したあとミアを解放した。



「で、人の船にいきなり乗り込んで来て、戦う意思がないたァ、一体何しに来たんだい」
「コイツを貰いに。」



隣に座り込んでいるミアを指差す。
目を丸くした船長は豪快に笑うと、酒を煽った。



「馬鹿いっちゃァいけねぇよ。そいつは俺のクルーだ」
「知っている。だから断りを入れているだろう」
「はははは、一人で海賊船に乗り込んで、威勢がいいのは認めるが、ちょっと無理矢理やァしすぎないかい」
「まぁ、無理矢理奪っていく気で来たからな」



にやりと笑みを浮かべ目の前の男を見上げる。
隙なんてこの船に乗り込んでから一瞬も見せていない。



「ちょ、ちょっと待って!」



一発触発という雰囲気の中、間の抜けたミアの声が響く。



「わ、私、ペンギンと行くなんて、言ってない!」
「奪っていくと言っただろう」
「いやよ、私、この船にいたい」



すがるように俺の服をつかむミアに、俺はこれからの航海を思い、伝える。



「なら、これが俺とミアの最後だ」
「…、どういう、こと?」
「俺たちも船も、もう立ち止まらないし、立ち止まれない。もし次会う事があれば、敵と見なす」
「……、」



するりとミアの手が俺から離れた。
何とも言えない空気が、船を包む。



「こりゃァ…、わけありみてぇだなァ」



ぽつりと溢れた船長の一言に、周りも戸惑いを隠せていない。
だが俺は事実を言ったまで。俯くミアに痛む心が無いわけではなかったが、こちらだって最後のチャンスなのだ。逃す気はない。



「お前らは、つまり、恋仲ってことかい」
「まぁ、そんなとこだな」



俺の言葉に、今度は船長がはぁと深い息を出した。



「おいミア」
「……」
「コイツと一緒に行きてぇのか?」
「わ、私、…この船にいたい」
「コイツのこたァ忘れるんだな?」
「………っ」
「…お前がこの船に残るんなら俺達ァ嬉しいが、その煮え切れねぇ態度じゃあなァ。」
「そんな、わたしはっ、」
「…理由が気になるな」
「理由…?」
「まさか俺がお前を拾ってやったから、義理立ててるとかじゃあねぇよなァ?」
「……、」
「あきれたぜ…。俺は恩売るためにお前を拾ったわけじゃねぇよ。だが、」



船長はこちらを見て、再び口を開く。



「…そのマークにつなぎ、死の外科医のとこのだろう」
「まあな」
「戦ってでも奪っていく気か」
「そのつもりだ」
「たとえ、この一海賊団対お前で今戦って、俺らが勝ったとしても、お前のトコの海賊団が黙っちゃいねぇだろうなぁ」
「これは俺の問題だ。あいつらは手出ししない。それ以前に、俺は負ける気はしないが」
「はっはっは、元気のいいこった」



またミアに向き直った船長は、ごくりと喉に酒を流し込んだ。



「よぉミア。お前がこっちに残りてぇなら、俺達ァ大歓迎だ。ルーキーだって返り討ちにしてやらぁ」
「……、」
「だがな、お前がどういう決断をしようと、俺達ァお前が幸せならそれでいいんだよ」
「…ッ、せん、ちょう…」
「もう一度聞くぞ。お前はどうしたい?」
「わたし、は……、………」
「…………決まりみてぇだな」




俯くミアに、優しくそう告げた船長は、豪快に笑いながら酒を傾け船室へと消えていった。
周りの奴らはこの空気をなんとかしようと、引きつった笑いで宴の残り酒を取り「ミアのお別れパーティに変更だ!」とグラスを鳴らす。相変わらす騒がしくも、少し悲しげな雰囲気を帯びたそれに俺は若干の後ろめたさを覚えた。

俯くミアの正面に座る。
片手で顔を上げると、右の目尻に涙が濡れていて、それを親指でぐいと拭き取る。



「俺は謝らない」
「…」
「海賊だからな。欲しい物は奪っていく。」
「……」
「だが…。たとえお前が泣きわめいて嫌がっても、お前を奪っていくと思っていたのに、女の涙ってのはすごい武器だな」
「…?」
「嫌なら、いい。」
「…ペンギン?」
「悩んでいるなら、長くはないが、時間をやる」
「え、?」
「幸せにしてやれる自信はある。だが無理強いはしたくない。」
「…」
「俺達は南の港で、明日の朝出航する。それまでに、決めてくれ。それまで、待ってる」
「わたしが、いかなかったら…」
「これが最後だ」



触れるだけのキスを落とす。
またぽろりと落ちたミアの涙に、ふっと苦笑する。
あまり、泣く顔は見たいものではないな。
自分のトレードマークとも言える帽子を取り、ミアの頭に乗せてやる。



「!、ペンギン、これ…」
「…俺と一緒にくるなら、後で返してくれ。来ないなら、返さなくていい」



目元が見えなくなったミアの頭をひと撫でする。



「泣き顔、見られたくないだろう。これは目元が隠れるから、便利だぞ」



本来なら相手に表情を読み取られないようにするそれが、ミアが身につけると意味が変わる。
そのまま、俺は何も言わずに、海賊船をあとにし、南の港へと歩き出した。







来ても、来なくても、俺はミアの答えを受け入れる。






「帰ったか。」
「ああ」
「手土産はなしか?」


船に戻ると早々にローに捕まる。


「朝まで待ってくれ」
「無理矢理にでも連れて来るかと思ったが、」
「事情が変わったんだ」
「そうか」
「…寝るのか?」


また自室へと帰っていくローに声をかける。


「ああ。俺が起きたら出航だ」
「…了解」




夜明けまで何時間だろうか。
部屋に帰る気にもなれず、俺はそのまま甲板に腰を下ろした。








東の空が明らみ始める。
タイムリミットか。
重い腰を上げ、東の林を見ようとした時、船の下から俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。
見慣れた帽子がひょっこりと見えて、自然と頬が緩む。



「そっち、行ってもいい?」
「大丈夫か?はしご下ろそうか」
「ううん、いい」



目元が隠れているミアは、とんっと地面を蹴ると俺の隣に着地した。
降り立つと同時に、腕の中へとしまい込む。


「ペンギン、苦しい」
「よかった。来てくれて」
「帽子、返さなきゃ、でしょ」
「それだけか?」
「…ううん。ペンギンと離れたくないから」



ぎゅうと俺の腰に手を回すミアが愛しくて仕方ない。
掠れたミアの声は、きっと、別れを惜しんで泣いて来たからだろう。
今日一日は、俺の帽子をかしてやろうか、なんて考えてみる。



「荷物、少ないな」
「うん。いいのこれで」
「そうか。」
「あ、ペンギンのでんでん虫借りれる?」
「今か?」
「ううん、いつでもいいの。…船長の番号持ってるから、」
「いつでも使え」
「ふふ、うん。ありがとう」



少しずつ昇っていく太陽に、目を細める。また新しい一日が始まる。同じようで違う俺達の一日が。



「ね、ペンギン」
「なんだ?」
「キスして」
「、いいぞ」
「最後じゃないキスがいい」
「…あたりまえだ」



両頬を押さえ、優しく口づける。
赤くなった鼻の頭にも、目尻にも、そして、もう一度愛しい唇に。



「お望みなら、毎日してやるが」
「…、ペンギンならいつでもいいよ」
「覚悟しとけよ」
「、うん」



染まった頬を撫でる。
さて、ローを起こしてこなければ。直出航だ。



「ローを連れて来る」
「トラファルガー・ロー…」
「怖いか?」
「ううん、ペンギンがいるから、大丈夫」
「いい子だ。少し待ってろ」




さて、ローを呼んだら皆に紹介だな。











(ぎゃーーー!手配書の女!!)
((びくっ))
(駿足のミアだー!なんで船にいんだ!??)
(あ、あの、わたし、)
(てきしゅーてきしゅー!!)
(えぇ!?皆さん、ちょっと(あれあれペンギンどこー!?))
(てめぇら朝からうるせぇよ。バラされてぇのか)
(あ!船長!だって賞金首が!)
((焦った顔のミアも可愛いな))
((あ、ペンギン!遅いよ!))
(コイツは今日から俺達の仲間だ。文句ある奴は?)
(文句はないけど、急すぎっすよ。あ、てか何でペンギンの帽子かぶってんの?)
(あ、これは、)
(俺の女だからだ。手出したら、魚の餌にするからよく覚えとけよ(にっこり))
((帽子ねぇからペンギンの笑顔が倍恐ぇぇぇ!!!))






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