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コーヒーショップのお兄さん




カラン、と通いなれたお店のドアを通る。
店内に香るコーヒーの匂いが肺に入ってきて、今日も気分よく1日をはじめる。
朝少し早く起きて、このお店でテイクアウトのコーヒーを買い仕事に向かうのが私の日課なのだ。



「お、いらっしゃーい」
「おはようございます」



出迎えてくれたのは既に顔なじみとなったリーゼントがちょっと気になる店員さん。
早朝で人もまばらだから、よく話しかけてくる明るい人なのだ。



「いつもの?」
「はい。お願いします」
「420円になりまーす」
「はーい」
「あ、そういえばお客さんさ、よかったら名前教えてよ」



お財布から小銭出し、手渡しながらなんて答えようと、店員さんを見つめる。



「いやだってさ、毎日来てもらって顔も合わせてるのに、名前知らないとか寂しくねぇ?」



お金を受け取りながら、へらりとした人懐っこい笑顔で理由を述べる。
知らない人に名前なんて、と思ったが、休みの日以外本当に毎日通っているし、知らない仲でもないので、素直に名前を教える。



「ミアです」
「ミアちゃんね。俺はサッチってんだ。自己紹介も今更って感じだけど」
「ふふ、本当にそうですよね」



サッチさんは慣れた手つきでお会計を済ませ、すばやく手を洗って私のオーダーしたコーヒーを淹れる。何かこだわりがあるのか、サッチさんの淹れるコーヒーは他のところより美味しい。ふわりと香ってくるいつもの匂いに自然と頬が緩む。



「サッチさんのコーヒーの隠し味って何ですか?」



何か変なことを聞いただろうか。手際よく動いていた手を止め目を丸くして
サッチさんはこちらを見た。



「あ、あの、他の所よりも美味しいから…」
「あー、うん。ごめん、名前呼ばれたからびっくりした」
「え、」
「嫌じゃねーよ。うれしかったの。」



照れたように笑いながら、テイクアウト用のカップの蓋を閉める。
熱くないようにカップを二重にしてくれて、受け取りやすいようにそれを私の目の前まで持ってきた。



「隠し味は秘密。教えたら来なくなるだろ」



教えてくれても毎日来るのに、という言葉は飲み込み、ありがとうとお礼を言ってコーヒーを受け取る。
一日はこれから始まるのに、サッチさんとの今日はこれで終わってしまうと思うとチクリと胸が痛んだ。
そんな気持ちも押し込み、また明日、と手を振ってドアを開け外へと一歩を踏み出す。



「ミアちゃん忘れ物!」



ドアがしまる瞬間に聞こえてきた声に振り向くと、わざわざカウンターから追いかけてきてくれたサッチさんの手に持たれていたのは茶色の小さな紙袋。
忘れ物した覚えはなかったので首を傾けていると、はい、とそれを渡される。



「いつも仕事がんばってるでしょ。サービス」
「えっ!」
「今日もがんばってな!」



それだけ言って店内へと帰っていくサッチさんを呆然と見つめ、はっと我に返る。
紙袋の中を確認すると、そこにはカラフルなマカロンがいくつか入っていた。ピンクや黄色などの可愛いそれに、心の中も虹色になる。

もう一度店内に行ってお礼をとも思ったが、サッチさんのお仕事の邪魔をするのも気が引けて、そのまま足を仕事場へと向ける。
サッチさんの美味しいコーヒーとマカロンのおかげで、今日はいつもよりいい日になりそうだ。




黄色いマカロンを一つ口に抛るとふんわりした甘さが口いっぱいに広がった。






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